第二話 後悔させてさしあげます
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
公爵家会議室。
公爵領の中枢を担う者たちが集まっていた。
アルフォード公爵。
家宰。
財務責任者。
騎士団長。
補給管理官。
行政長官。
誰もが神妙な顔をしている。
理由は簡単だった。
緊急招集だからだ。
そして。
議題が。
アメリア・フォン・アルフォードだからだ。
公爵が静かに口を開く。
「さて」
「説明を聞こう」
全員の視線が集まる。
アメリアは立ち上がった。
机の上に資料を並べる。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて机が埋まった。
財務責任者が思わず声を漏らす。
「これは……市場統計ですな」
「はい」
アメリアは頷いた。
「食料価格」
「鉄価格」
「薬草需要」
「輸送費」
「荷車稼働率」
「ここ数年分と過去資料です」
騎士団長が腕を組む。
「数字ばかりだな」
「戦の話ではないのか?」
アメリアは首を振った。
「戦争の話です」
会議室が静まった。
騎士団長は眉をひそめる。
「どこに戦争がある」
「ここにあります」
アメリアは帳簿を示した。
しかし。
誰も理解できない。
公爵だけが黙って聞いていた。
アメリアは説明を続ける。
「こちらをご覧ください」
指先が資料を移動する。
「食料価格が上昇しています」
次の資料へ。
「輸送費も増加しています」
さらに。
「鉄の需要も増加」
「薬草消費も増加」
「荷車不足も発生しています」
家宰が頷く。
「確かにそうだ」
「だが異常とまでは言えんだろう」
「一つ一つならばな」
「はい」
アメリアはあっさり認めた。
「その通りです」
即座の肯定に、逆に全員が驚いた。
否定しない。
断定もしない。
アメリアらしい。
だから皆続きを待った。
彼女は机の上にもう一つ資料を置く。
古びた帳簿だった。
「四十三年前の資料です」
公爵が目を細める。
「西部戦役か」
「はい」
アメリアは静かに頷いた。
「開戦前一年の記録です」
全員が身を乗り出した。
そして。
比較表を見る。
現在。
過去。
現在。
過去。
驚くほど似ていた。
財務責任者の顔色が変わる。
「まさか……」
補給管理官も言葉を失う。
食料。
鉄。
薬草。
輸送。
物流。
全ての動きが酷似している。
騎士団長が唸った。
「偶然ではないのか」
「可能性はあります」
アメリアは即答した。
「私も断定はできません」
公爵が口を開く。
「だが、あくまで可能性だろう?」
「はい」
アメリアは頷いた。
静かに。
真っ直ぐに。
「現時点で戦争が起きるとは断定できません」
何人かが安堵した。
だが。
アメリアの言葉は続く。
「ですが」
会議室の空気が変わる。
「戦争準備の痕跡は確認できます」
全員が息を呑んだ。
公爵が問う。
「違いがあるのか?」
「あります」
今度の返答は迷いがなかった。
アメリアは資料を並べる。
一枚。
また一枚。
さらに一枚。
「戦争はある日突然始まります」
静かな声。
だが全員が聞き入る。
「ですが」
「その準備は突然始まりません」
指先が資料を叩く。
「人が動きます」
次の資料。
「物が動きます」
さらに。
「金が動きます」
会議室が静まり返る。
誰も口を挟まない。
「そして」
「その痕跡は帳簿に残ります」
アメリアは全員を見渡した。
「私が見ているのは戦争ではありません」
一拍。
「戦争準備の痕跡です」
沈黙。
重い沈黙だった。
誰も反論できない。
帳簿は嘘をつかない。
数字は感情で動かない。
その数字が警告しているのだ。
公爵が腕を組む。
「仮に」
「その仮説が正しいとして」
「誰が仕掛ける」
その指摘は当然だった。
公爵領は国境領ではない。
西方国家が侵攻するなら、他領を通過しなければならない。
不自然だった。
アメリアは資料を閉じる。
「だから問題なのです」
全員が顔を上げた。
「外敵だけなら説明できます」
「ですが」
「公爵領で戦争準備の痕跡が見つかった」
「これはつまり」
彼女の瞳が冷たくなる。
「国内協力者がいる可能性があります」
凍り付く会議室。
家宰が顔をしかめた。
「王国内部の裏切り者か」
「もしくは」
アメリアは続ける。
「西方国家と結託した勢力」
騎士団長の表情が変わった。
もし事実なら。
領地戦争では終わらない。
国家規模の問題になる。
公爵は長い沈黙の後。
深く息を吐いた。
「厄介だな」
「ええ」
アメリアも同意する。
だが。
不思議なことに。
彼女はまったく怯えていなかった。
むしろ。
少しだけ。
機嫌が悪そうだった。
公爵が気付く。
「アメリア」
「はい」
「怒っているのか?」
会議室の全員が固まった。
アメリアは一瞬だけ考えた。
そして。
珍しく。
はっきりと答えた。
「そうですね」
静かな声だった。
だが。
そこには確かな感情があった。
「ようやく形になり始めた領地です」
「教育機関も」
「物流改革も」
「行政改革も」
「監査局も」
「これからです」
窓の外を見る。
領民たちが作り始めた未来。
ようやく芽吹き始めた豊かさ。
それを。
誰かが踏みにじろうとしている。
アメリアはゆっくりと視線を戻した。
そして。
微笑んだ。
だが。
知る者なら分かる。
これは怒っている時の笑顔だった。
「もし本当に攻め込むつもりなら」
会議室の空気が張り詰める。
「後悔させてさしあげます」
その一言に。
騎士団長ですら背筋を震わせた。
公爵は思わず苦笑する。
敵に少しだけ同情した。
娘の敵になる。
それがどれほど恐ろしいことか。
彼は誰よりもよく知っていたからだ。
そして。
公爵家は動き出す。
まだ戦争は始まっていない。
だが。
戦争への備えは。
この日から静かに始まった。
お読み頂き、ありがとうございます。




