終話 業務量を鑑みた結果です
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王国人材育成機関が設立されて数か月。
王都は以前と変わらず平和だった。
少なくとも表面上は。
監査局も平和。
王城も平和。
地方からの苦情も減少傾向。
実に素晴らしい。
そのはずだった。
◇
公爵家。
執務室。
公爵は机へ突っ伏していた。
目の前には書類。
書類。
そして書類。
「……」
疲れていた。
非常に疲れていた。
原因は分かっている。
人材育成機関である。
王国中から教師が集められ。
若者達が学び始め。
話題にもなっている。
良いことだ。
間違いなく良いことだ。
だが。
「何故俺に報告が来る……」
思わず呟く。
公爵家が後援している以上当然なのだが、疲れている時の人間は現実を直視したくないのである。
その時だった。
「失礼いたします」
聞き慣れた声。
公爵は顔を上げた。
「アメリアか」
「ご機嫌よう」
娘は今日も変わらない。
淡々としている。
礼儀正しい。
感情の起伏も少ない。
そして。
嫌な予感しかしない。
アメリアは机の前へ歩いてくる。
そして。
どさっ。
書類を置いた。
分厚い。
嫌な厚さだった。
「これは?」
「報告書ですわ」
まだ良い。
報告書なら良い。
読むだけで済む。
公爵はそう思った。
だが。
それで終わらなかった。
どさっ。
さらに一冊。
どさっ。
もう一冊。
どさっ。
また一冊。
「待て」
「はい」
「まだあるのか?」
「ございます」
即答だった。
公爵は震える手で表紙を見る。
第一冊。
『教育機関監査報告書』
第二冊。
『王国人材育成計画進捗報告』
第三冊。
『公爵領後継者育成計画』
第四冊。
『公爵領行政改善計画』
第五冊。
『財政監査報告書』
「……」
嫌な予感しかしない。
本当に嫌な予感しかしない。
そして。
公爵はふと思った。
いや。
前から思っていた。
だから言った。
「アメリア」
「何でしょう」
「そろそろ俺も引退したいのだが」
正直な本音だった。
十分働いた。
後継者も育っている。
少し休みたい。
畑でもやりたい。
釣りでもしたい。
静かに人生を送りたい。
人間として当然の願望だった。
すると。
アメリアは頷いた。
「わかりました」
公爵が固まる。
「……本当か?」
「はい」
あまりにもあっさりしていた。
思わず立ち上がる。
「本当に?」
「はい」
娘が反対しない。
止めない。
仕事を増やさない。
奇跡だった。
だが。
その直後。
アメリアは机の上の書類を整えた。
そして一冊を前へ出した。
「ではこちらを」
「うん?」
さらにもう一冊。
「こちらも」
「待て」
さらにもう一冊。
「こちらも必要です」
「待てと言っている」
アメリアは首を傾げた。
「……これは何だ?」
「お仕事ですわ」
即答だった。
公爵は頭を抱える。
「なぜだ?」
「引退なさるのでしょう?」
「そうだ」
「でしたら後進育成が必要です」
「……」
「教育機関との連携も必要です」
「……」
「公爵領の次世代人材確保も必要です」
「……」
「行政知識の継承も必要です」
淡々と告げられる。
正論だった。
全部正論だった。
アメリアは続ける。
「業務量を鑑みた結果です」
そこには悪意がない。
本当にない。
心の底から合理的判断をしているだけだった。
だから余計に質が悪い。
「引退したら仕事が減ると思っていたのだが」
「減りますわ」
公爵の顔が少し明るくなる。
だが。
次の言葉で消えた。
「現状よりは」
沈黙。
長い沈黙。
窓の外では鳥が鳴いている。
平和だった。
本当に平和だった。
執務室以外は。
やがて。
公爵は椅子へ深く座った。
そして遠い目をする。
「……もう少し公爵を続けよう」
「そうですか」
アメリアは頷いた。
特に残念そうでもない。
嬉しそうでもない。
ただ事実を受け入れただけだった。
「アメリア」
「何でしょう」
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「お前は本当に休ませる気がないのか?」
アメリアは少し考えた。
本当に少しだけ。
そして答える。
「ございますわ」
公爵が期待に満ちた顔をする。
だが。
「育成完了後でしたら」
「……」
公爵は静かに天井を見上げた。
どうやら。
王国最大の人材育成計画は。
まだまだ終わりそうになかった。
そしてそれを始めた張本人だけは。
最後まで。
それを単なる人材不足対策だと思っているのであった。
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