第四話 失うのは惜しいかと
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王城
人材育成計画準備室。
現在、王国で最も忙しい部屋の一つだった。
選抜試験は終了。
第一期生五十名も決定。
次はいよいよ教育である。
しかし。
「教師が足りませんね……」
ミリアが呟いた。
机の上には候補者一覧。
五十名。
だが。
肝心の教師が少ない。
いや。
正確には。
教師経験者が少なかった。
「ミリア」
部屋へ入ってきたルーカスが資料を見る。
「進んでいるか?」
「少しずつですね」
ミリアは苦笑した。
「生徒は集まりました」
「施設もなんとかなります」
「問題は教師です」
ルーカスも頷く。
当然だった。
生徒を集めても教える者がいない。
それでは意味がない。
「教師などすぐ見つかるのではないか?」
「難しいですね」
声がした。
いつの間にか部屋へ入ってきたのはアメリアだった。
両手いっぱいに資料を抱えている。
嫌な予感しかしない。
どさっ。
机に資料が置かれる。
分厚い。
いつものことである。
「これは?」
「教師候補者一覧ですわ」
アメリアが答えた。
「教師候補?」
「はい」
ルーカスが資料を開く。
そして固まった。
そこに書かれていたのは。
元教師。
元官僚。
学者。
研究者。
そして。
引退した元貴族達。
「……引退貴族?」
「はい」
アメリアは当然のように頷いた。
「人材ですので」
それ以上の説明はなかった。
「ですが教師経験などありませんよ?」
ミリアが言う。
元領主。
元文官。
元騎士団長。
確かに経験は豊富だ。
だが教師かと言われると話は別。
するとアメリアは首を傾げた。
「教育内容は行政です」
「会計です」
「統治です」
「実務です」
「実際に行っていた方々の方が適任かと」
「それは……」
確かにそうだった。
ルーカスも黙る。
反論できない。
ミリアは資料をめくる。
一人一人。
候補者の経歴を見る。
すると。
ある名前で手が止まった。
「この方は……」
「元男爵ですわ」
地方で長年領地経営を行っていた人物。
数年前に息子へ爵位を譲り引退。
「現在は?」
「畑を耕しているそうです」
ミリアが吹き出した。
ルーカスも笑う。
「本人が引き受けるか?」
「分かりません」
アメリアは答えた。
「ですので聞きます」
実にシンプルだった。
◇
数日後。
招待状を受け取った元貴族達が集まる。
隠居生活を満喫していた者。
農業を始めた者。
趣味に生きていた者。
反応は様々だった。
そして。
「働けと?」
元伯爵が呟く。
「働いてくださいませ」
アメリアは即答した。
「なぜ?」
「人材不足ですので」
元伯爵は天井を見上げた。
理由になっていない。
だが。
アメリアは本気だった。
◇
その後。
説明が続く。
王国の現状。
将来予測。
人材不足。
育成計画。
必要人数。
期待効果。
そして。
誰も反論できなかった。
数字が正しいからである。
「つまり」
元男爵が言う。
「我々に後進を育てろと?」
「はい」
「経験を残せと?」
「はい」
「引退したのだが」
「存じております」
アメリアは頷く。
「ですが余暇時間が多いようですので」
会場が静まり返った。
酷い。
あまりにも酷い。
しかし事実だった。
◇
帰り際。
ミリアがアメリアへ尋ねる。
「アメリア」
「何でしょう」
「なぜ引退された方々を選んだのですか?」
アメリアは不思議そうな顔をした。
「知識がありますので」
「それだけですか?」
「はい」
即答だった。
そして少し考える。
「失うのは惜しいかと」
珍しく短い言葉だった。
ミリアは少しだけ驚く。
確かにそうだ。
彼らは長年。
領地を治め。
税を管理し。
人を育ててきた。
その経験が引退と共に失われる。
それは勿体ない。
アメリアはそう考えたのだろう。
◇
王国人材育成計画。
第一期教師陣。
元教師。
元官僚。
学者。
そして引退貴族達。
少しずつ。
本当に少しずつ。
教育機関の骨格が出来上がり始めていた。
その様子を見ながらミリアは思う。
この計画はただの学校ではない。
王国の未来を作る仕組みなのだと。
そしてその頃。
アメリアは既に新しい資料を書き始めていた。
表紙にはこう書かれている。
『教師監査基準案』
どうやら。
まだまだ終わらないらしい。
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