終話 休暇中に思い付きましたので
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
夕食の時間だった。
久しぶりに家族三人が揃っている。
公爵。
公爵夫人。
そしてアメリア。
料理が運ばれ、いつも通り穏やかな時間が流れる。
「休暇はどうだった?」
食後。
公爵が笑いながら尋ねた。
アメリアは少し考える。
市場。
観劇。
図書館。
本。
橋の会話。
どれも普段は経験しないものだった。
「一考の余地がありました」
いつもの返事。
公爵と夫人が顔を見合わせる。
「それは良かったのかな?」
「たぶん」
夫人が苦笑した。
相変わらずだった。
娘は変わらない。
本当に変わらない。
それなのに。
どこか穏やかにも見える。
「そういえば」
アメリアが口を開く。
珍しい。
公爵夫妻は視線を向けた。
「お父様」
「なんだい?」
「お母様」
「どうしました?」
アメリアは少し迷う。
ほんの少しだけ。
そして席を立った。
「少々お待ちください」
数分後。
小さな箱を二つ持って戻ってくる。
「……?」
公爵が首を傾げた。
夫人も不思議そうに見ている。
アメリアは二人の前に箱を置いた。
「アメリア?」
「これを」
短かった。
本当にそれだけだった。
意味が理解できない。
公爵が箱を開く。
中には。
銀色のネクタイピン。
上品な意匠。
派手ではない。
だが丁寧に作られている。
夫人も箱を開く。
こちらは髪飾りだった。
美しい細工。
優しい色合い。
夫人によく似合いそうだった。
「……」
沈黙。
「……?」
アメリアは首を傾げる。
反応がない。
やはり違ったのだろうか。
選択を誤ったかもしれない。
「嫌でしたら」
「そんなことはない!」
公爵が立ち上がった。
勢いが凄かった。
「嫌なわけがないだろう!」
「そうです!」
夫人まで立ち上がる。
涙ぐんでいる。
なぜだろう。
アメリアには分からなかった。
「アメリア」
公爵が笑う。
本当に嬉しそうな顔だった。
「ありがとう」
その声は少し震えていた。
夫人も同じだった。
「ありがとう、アメリア」
優しい笑顔。
温かい声。
アメリアは少し戸惑う。
自分はただ物を買っただけだ。
そんなに感謝されることだろうか。
「そうですか」
少しだけ。
本当に少しだけ。
照れくさくなる。
だから紅茶を飲んだ。
隠すように。
◇
食後。
公爵家の屋敷は大騒ぎになっていた。
執事ハロルド。
侍女長。
執事達。
使用人達。
全員が集まっている。
「本当ですか」
「本当だ」
公爵がネクタイピンを見せる。
「アメリアがくれた」
一瞬。
全員が固まった。
「お嬢様が?」
「自ら選ばれたそうだ」
沈黙。
そして。
「うぅっ……」
「お嬢様ぁ……」
「成長なさいました……!」
大号泣だった。
◇
翌朝。
監査局。
局員達は緊張していた。
今日で休暇終了。
戻ってくる。
局長が。
扉が開く。
全員の視線が集まる。
アメリアはいつも通りだった。
変わらない。
本当に変わらない。
机へ向かう。
そして。
「平和ですわね」
局員達。
――戻った。
全員が安堵する。
聞き慣れた言葉。
いつもの局長。
安心した。
その瞬間だった。
「こちらを」
アメリアが何かを取り出した。
分厚い冊子。
一冊。
さらにもう一冊。
机に置かれる。
鈍い音が響く。
全員嫌な予感がした。
「休暇中に思い付きましたので」
表紙。
そこには美しい文字で書かれていた。
『監査局労働環境十年改善計画書』
全二巻。
局員達。
「……」
沈黙。
アメリアは満足げだった。
「十分ほど説明しますね」
十分では終わらない。
全員知っていた。
だが逃げられない。
こうして。
監査局の平和な朝は終わった。
なお。
アメリア本人は心の底から平和だと思っていた。
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