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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第九章 初体験編

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第四話 一考の余地がありました

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。

 監査局。


 アメリアはいつも通り出勤していた。


 三日間の強制休暇。


 二日目終了。


 残り一日。


 納得はしていない。


 だが昨日は確かに興味深かった。

 劇というものも悪くなかった。


 だからといって仕事をしない理由にはならない。

 アメリアは静かに資料へ手を伸ばした。

 

「行くぞ」

 

 聞き慣れた声だった。

 

 顔を上げる。

 ルーカスがいる。

 予想通りだった。

 

「予想はしていましたが」

 

 アメリアは小さく溜息を吐く。

 

「今日はあなたですか」

 

「ああ」

 

 ルーカスは微妙に気まずそうだった。

 

「嫌だよな」

 

「いえ」

 

「……え?」

 

 思わず間抜けな声が漏れる。

 

 アメリアは首を傾げた。

 

「仕事がしたいと思っただけです」

 

「……」

 

 期待した自分が馬鹿だった。

 

 ルーカスは天井を見上げた。

 

 変わらない。

 本当に変わらない。

 

 ◇

 

 一時間後。

 

 アメリアは商家の娘風の服に着替えさせられていた。

 

 高価ではない。

 だが上質。

 目立たない。

 それでいて品がある。

 

「普通の娘に見えるな」

 

「そうですか」

 

「そう見える」

 

「なるほど」

 

 興味はなかった。

 

 ◇

 

 馬車が進む。

 

 アメリアは持参した本を読んでいた。

 

 昨日の夜、続きを読みたくなったので持ってきた。

 

 ルーカスはそれを見て苦笑する。

 

「そんなに好きか」

 

「何がでしょう」

 

「本だ」

 

 アメリアは少し考えた。

 

「好きなのでしょうね」

 

「自覚なかったのか?」

 

「気にしたことがありませんでした」

 

 本は読むものだ。

 空気のようなものである。

 

 好きかどうかと聞かれると少し困る。

 

 ルーカスは笑った。

 

「お前らしいな」

 

 アメリアには意味が分からなかった。

 

 ◇

 

 しばらくして馬車が止まる。

 

「着いたぞ」

 

 アメリアは顔を上げる。

 

 そして。 

 建物を見た。

 

「……ここは?」

 

「図書館だ」

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だけ。 

 アメリアの目が見開かれる。

 

 ルーカスは見逃さなかった。

 

「ずっと本が好きだっただろ」

 

「……」

 

 否定できない。

 

「今日は好きなだけ読め」

 

 アメリアは図書館を見上げる。

 

 王立図書館。 

 膨大な蔵書。

 専門書。

 歴史書。

 統計。

 研究書。

 貴重資料。

 

「……そうですか」

 

 ほんの少しだけ。

 声が柔らかくなった。

 

「それは」

 

 一呼吸置いて。

 

「興味深いですね」

 

 ルーカスは笑った。

 

 当たりだったらしい。

 

 ◇

 

 その後。

 

 本当に終日。

 

 アメリアは図書館にいた。

 

 歴史書。

 経済書。

 過去の地方統治記録。

 王国成立史。

 農業改革事例。

 人口推移統計。

 小説。

 そしてまた統計。

 

 読んでいる。

 

 ひたすら読んでいる。

 

 楽しそうかと言われると違う。

 

 だが。

 充実しているようには見えた。

 

 ルーカスは途中で止めようかと思った。

 普通の休暇とは違う気がした。 

 だが、諦めた。


 どこか楽しそうだったから。

 

 そして。

 それとは別に。

 戦慄していた。


 本を読む速度がおかしい。

 

 昼。

 

 まだ読んでいる。

 

 午後。

 

 まだ読んでいる。

 

 夕方。

 

 まだ読んでいる。

 

「何冊読んだ?」

 

「十三冊です」

 

「十三!?」

 

 思わず声が出た。

 

「途中までのものもありますので、正確にはもう少しでしょうか」

 

「増える方向なのか……」

 

 ルーカスは遠い目をした。

 

 ◇

 

 閉館。 

 図書館を出る。

 

 夕焼け。

 川沿いの橋。

 

 人通りは少ない。

 二人で並んで歩く。

 

 しばらく沈黙。

 

 先に口を開いたのはルーカスだった。

 

「……すまなかった」

 

 アメリアは視線を向ける。

 

「何がでしょう」

 

 分かっている。

 だが聞いた。

 

 ルーカスも分かっていた。

 

 だから少し苦笑する。

 

「色々だ」

 

「そうですか」

 

「色々だ」

 

 卒業式。

 断罪。

 その後のこと。


 何もかも。

 

 ルーカスは空を見上げる。

 

「俺は」

 

 一度言葉を区切る。

 

「良き王になれるだろうか」

 

 アメリアは考えた。

 

 数秒。

 

 そして答える。

 

「わかりません」

 

「だよな」

 

 ルーカスは笑った。 

 予想通りだった。

 

「ですが」

 

 その続きに視線を向ける。

 

「私には無いものを持っています」

 

「……!」

 

 ルーカスは固まった。

 

 アメリアは淡々と続ける。

 

「私は正解を探します」

 

「そうだな」

 

「ですが人を惹き付けるのは苦手です」

 

「……」

 

「ルーカス殿下は得意でしょう」

 

 だから人が集まる。

 だから助けたいと思われる。

 だから自分にはできないことができる。

 

 アメリアにとっては事実だった。

 

 だが。

 ルーカスにとっては違う。

 

 この人は滅多に人を褒めない。

 正しい評価しかしない。

 

 だからこそ重かった。

 

「そうか」

 

 ルーカスは少し笑う。

 

「ありがとう」

 

「礼を言われることではありません」

 

 アメリアは本当に不思議そうだった。

 

 ◇

 

 公爵家。

 玄関前。

 

「今日はどうだった?」

 

 ルーカスが尋ねる。

 

 アメリアは少し考えた。

 

 図書館。

 本。

 静かな時間。

 橋での会話。

 

 そして。

 仕事とは関係のない一日。

 

「一考の余地がありました」

 

 いつもの言葉。

 

 だが。


 少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 

 表情が柔らかかった。

 

「そうか」

 

 ルーカスは笑った。

 

 今なら分かる。

 

 この人は何も変わっていない。

 

 だから信じられる。

 

 そんなことを思いながら。 

 ルーカスは静かに公爵家を後にした。

お読み頂き、ありがとうございます。

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