第三話 暇です
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
監査局。
アメリアはいつも通り出勤した。
そしていつも通り書類へ手を伸ばす。
昨日は有意義だった。
興味深い経験もできた。
だがそれと仕事は別である。
三日休暇。
意味が分からない。
一日で十分だったはずだ。
そう思いながら最初の資料へ手を伸ばした瞬間だった。
「やっぱり働こうとしてるな」
聞き慣れた声がした。
アメリアは静かに顔を上げる。
「……」
そこにはアルフレッドがいた。
楽しそうだった。
とても嫌な予感がした。
◇
一時間後。
「……」
アメリアは鏡の前にいた。
見知らぬ女性が映っている。
いや、自分なのだが。
普段とは全く違う。
落ち着いた色合いのドレス。
軽く巻かれた髪。
さらに薄い色のかつらまで着けられていた。
「?」
本気で理解できなかった。
「雰囲気が変わっていいな」
アルフレッドが頷く。
「そうですか」
「気に入らないか?」
「わかりません」
正直な感想だった。
服に興味がない。
変装と言われたので従っただけである。
アルフレッドは苦笑した。
「行くぞ」
「どちらへ」
「秘密だ」
「そうですか」
相変わらずである。
◇
馬車は王都を進む。
どこへ向かうのかアメリアにはわからない。
十分。
二十分。
三十分。
やがて止まった。
「着いたぞ」
「……」
降りて前を見た。
大きな建物だった。
人が集まっている。
華やかな装飾。
掲げられた看板。
そこでアメリアは理解した。
劇場だった。
「劇ですか」
「嫌だったか?」
「いえ」
ただ。
少しだけ不思議だった。
なぜここなのだろう。
アルフレッドは笑った。
「前にお前が読んでいた本が原作だ」
アメリアの目が僅かに見開かれる。
「……そうなのですか」
ほんの少し。
本当に少しだけ。
声が弾んだ。
アルフレッドは気付かなかったふりをした。
◇
上演開始。
アメリアは真剣に見ていた。
物語。
演技。
舞台装置。
音楽。
そして原作との違い。
気になって仕方がない。
この場面は省略したのか。
なるほど。
この人物を強調したのか。
興味深い。
この改変はどういう意図だろう。
気付けば。
最後まで見入っていた。
◇
終演後。
劇場を出る。
「どうだった?」
アルフレッドが尋ねた。
アメリアは少し考える。
「一考の余地がありました」
「ああ」
いつもの感想だ。
「まず、原作では第二幕で明かされていた伏線を第一幕へ移しています」
「ん?」
「その結果、主人公の行動原理が明確になっています」
止まらなかった。
「また原作では曖昧だった政治背景ですが」
アルフレッドが目を逸らす。
「舞台版では説明を簡略化する代わりに象徴表現へ置き換えています」
まだ続く。
「さらに終盤ですが」
まだ続く。
「原作との相違点から考えるに作者は」
まだ続く。
「ですから結論として」
まだ続く。
「こうなる可能性が高いと思われます」
言い切った。
満足そうだった。
そして。
アルフレッドは。
「……ぶはっ!」
盛大に吹き出した。
「?」
アメリアが首を傾げる。
「何かおかしなことを言いましたか?」
「いや」
笑いが止まらない。
「俺は普通の感想を聞いたつもりだったんだが」
「普通です」
「どこがだ」
再び笑う。
アメリアは本気で分からなかった。
なぜ笑われたのだろう。
だが。
アルフレッドは笑いながら言う。
「楽しめたみたいで良かったよ」
「……」
アメリアは少しだけ黙った。
楽しめた。
そうなるのだろうか。
よく分からない。
だが。
否定する理由もなかった。
「そうかもしれません」
アルフレッドはまた笑った。
◇
夕方。
公爵家。
「……お嬢様?」
出迎えたハロルドが固まる。
当然だった。
誰かわからない。
アメリア本人でさえ時々鏡を見てそう思う。
「昨日から三日間強制休暇だ」
アルフレッドが説明する。
「なるほど」
ハロルドが全てを理解した。
そして即座に頷く。
「身命に賭けまして休ませます」
「……」
アメリアは少し嫌な予感がした。
◇
自室。
紅茶。
本。
平穏だった。
だからアメリアは自然な流れで言った。
「書類を」
「だめです」
即答だった。
「書類」
「だめです」
「しょ」
「だめです」
「……」
理不尽だった。
ハロルドは微動だにしない。
完全防御である。
「急ぎの案件が」
「ありません」
「未来計画が」
「明日でもできます」
「十年後が」
「逃げません」
反論できなかった。
非常に悔しい。
アメリアは紅茶を飲む。
ハロルドは見張っている。
書類へ向かう。
見られている。
本を読む。
見られている。
紅茶を飲む。
見られている。
完全に監視だった。
「ハロルド」
「何でしょう」
「暇です」
ハロルドは少しだけ目を丸くした。
そして。
小さく笑った。
「それは良いことかと」
アメリアは納得できなかった。
そのまま二日目の夜は更けていった。
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