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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第九章 初体験編

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第二話 絶望した。

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 その日もアメリアはいつも通りだった。


 朝。

 監査局。


 机の上には書類の山。

 課題一覧。

 各部署から届いた報告書。

 そして十年計画の資料。


 紅茶を一口飲み、最初の書類へ手を伸ばす。


 平和だった。

 実に平和である。

 こうして仕事だけに集中できる環境は素晴らしい。


 だから。

 静かに扉が開いた時も、アメリアは顔を上げただけだった。


「アメリア様」


「何でしょう」


 そこにいたのはミリアだった。


 笑顔だった。


 嫌な予感がした。


「お休みしましょう」


「はい?」


 アメリアは首を傾げた。


「今日から三日間です」


「何がでしょう」


「お休みです」


「なぜでしょう」


「働きすぎだからです」


 一瞬、本気で意味が分からなかった。


「問題ありませんが」


「問題あります」


「ありません」


「あります」


 即答。

 しかも目が笑っていない。


 危険である。


「監査局のお仕事があります」


「ありません」


「あります」


「ありません」


 包囲網だった。


「未来に向けた業務があります」


「今日はありません」


「監査局が」


「大丈夫です」


「書類が」


「大丈夫です」


「仕事が」


「大丈夫です」


 理屈が通じない。

 アメリアは理解する。

 これは有害物質(ルーカス)の再来だ。


「ミリア」


「何でしょう」


「これは王命でしょうか」


「違います」


 少し安心した。


「では断ります」


「決定事項です」


 絶望した。

 

 

 一時間後。

 王都の大通り。


 アメリアは立ち尽くしていた。


「……」


「似合いますよ」


 ミリアは満面の笑みで言った。

 平民風の服。


 公爵令嬢でもなければ監査局長でもない。

 どこにでもいる娘のような格好。


「姉妹に見えますかね?」


「わかりません」


「見えると思うんですよね」


「そうですか」


 ミリアは楽しそうだった。

 本当に楽しそうだった。


 アメリアには理由が分からない。


「では行きましょう」


「どちらへ」


「お買い物です」


 さらに意味が分からなかった。

 

 

 市場。

 雑貨店。

 衣料店。

 菓子店。


 次々と連れ回される。


 アメリアはただ戸惑っていた。


「これは人気なんですよ」


「そうですか」


「これはどうです?」


「そうですか」


「楽しそうじゃありませんね」


「楽しみ方がわかりません」


 正直な感想だった。


 商品を見る。

 値段を見る。

 人を見る。

 流れを見る。


 そして気付く。


「あら」

「だめです」


「まだ何も」

「だめです」


 即答だった。


「この辺り、人の流れが偏って――」

「だめです」


「物流を変更すれば――」

「だめです」


「配送経路を――」

「だめです」


 アメリアは口を閉じた。

 監査を禁止された。


 理不尽である。

 

 

 昼食。

 小さな食堂。

 窓際の席。


「美味しいですね」


 ミリアは幸せそうだった。


「そうですね」


 アメリアも素直に頷く。

 美味しい。


 ただ。


「どうしました?」


「いえ」


 少し考える。


「この価格帯でこの品質を維持しているのは興味深いと思いまして」


 職業病だった。


 ミリアは苦笑する。

 

 

 午後。

 雑貨店。


 店内を見て回っていたミリアが、小さな箱を手に取った。


「これなんてどうでしょう」


 銀色のタイピンだった。


「ルーカス殿下へのプレゼントです」


「……プレゼント」


 アメリアは瞬きをする。


「最近忙しそうですし」


 ミリアは少し照れながら笑った。


「たまにはいいかなと思いまして」


「なるほど」


 世話になった相手に贈る。


 感謝。

 親愛。


 そういうものを形にする。


 理屈は理解できた。

 

 ふと。 

 アメリアの足が止まる。

 

「?」


「どうしました?」

 

 視線の先。


 小さな陳列棚。

 

 男性用のネクタイピン。

 女性用の髪飾り。


 様々な品が並んでいた。

 

 アメリアは黙ったまま見つめる。

 

 父。

 

 母。

 

 そういえば。 

 贈り物をしたことがない。

 

 誕生日。

 記念日。

 祝い事。

 

 何かを渡した記憶がなかった。

 

「アメリア様?」

 

「……これと」

 

 一つ指差す。

 

 続いてもう一つ。

 

「こちらも」

 

 店員が笑顔で箱へ入れていく。

 

 ミリアは何も言わなかった。

 

 ただ。 

 少しだけ。 

 優しく微笑んでいた。

 

 

 夕方。

 公爵家前。


「今日はありがとうございました」


 アメリアが頭を下げた。

 ミリアは目を丸くする。


「いえ」


「一考の余地がありました」


「お休みにですか?」


「はい」


 少し考えて。

 アメリアは続けた。


「普段見ないものを見るのは重要かもしれません」


 ミリアがふわりと笑う。


 たぶん。

 それはアメリアなりの最大級の評価だった。

 

「明日以降も楽しんでください」

 

「……」

 

 アメリアは少し黙る。

 まだ続くらしい。

 

「努力します」

 

 そう答えると、ミリアは楽しそうに笑った。



 その夜。 

 自室。

 

 机の上には二つの小箱。

 

 父へのネクタイピン。

 母への髪飾り。

 

 アメリアはそれを眺める。

 

 不思議だった。

 

 ただ買っただけなのに。

 

 少しだけ。

 胸の奥が温かい気がした。

 

「……」

 

 理由は分からない。

 

 だから考えるのをやめた。

 

 本を開く。

 

 そして。

 いつもより少しだけ穏やかな気持ちで、ページをめくった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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