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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第八章 王妃教育編

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第六話 違います

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 アメリアが男爵家へ来てから三日。


 男爵家は戦場と化していた。


「違います」


 アメリアが言う。


「は、はい!」


 男爵が返事をする。


「こちらの仕入先です」


 机に並ぶ契約書。


「付き合いが長いからという理由だけで継続していますね」


「その通りです」


「利益を圧迫しています」


「はい……」


「変更しましょう」


「は、はい!」


 即決だった。


 男爵はもはや逆らわない。

 というより逆らえない。


 アメリアが示す数字が全部正しいからだ。

 隣ではミリアが必死にメモを取っていた。


「ミリア様」


「はい!」


「今の問題点は何でしょう」


「えっと」


 帳簿を見る。


「仕入価格が適正ではありません」

「はい」


「比較検討が行われていません」

「はい」


「その結果、利益率が悪化しております」


 アメリアは頷いた。


「及第点です」


 ミリアの顔が明るくなる。


 男爵は思った。


(王妃教育って何だったかな)



 翌週。

 今度は倉庫だった。


 アメリアは在庫を見ている。

 ひたすら見ている。


 使用人たちは緊張していた。


「こちらですが」


 アメリアが箱を指さす。


「一年以上動いておりませんね」


「は、はい」


「なぜですか」


「売れなくて……」


「なるほど」


 アメリアは手帳へ書き込む。


「処分しましょう」


「え?」


「在庫は資産ではありません」


 静かな声だった。


「動かない在庫は損失です」


 使用人たちが顔を見合わせる。

 そんな発想はなかった。



 さらに翌日。


「報告をお願いします」


 アメリアが言う。

 男爵が資料を差し出す。


「こちらが今週の実績です」

「はい」


「こちらが仕入先再交渉の結果です」

「はい」


「こちらが削減経費です」

「はい」


 会話が完全に業務報告だった。


 ミリアは途中で気付いた。


 父が以前より元気である。

 顔色もいい。

 声にも力がある。


 少しずつ。

 本当に少しずつだが。

 状況が改善している。


 一方。

 アメリアは容赦がなかった。


「男爵」


「はい」


「こちらはなぜ放置されたのでしょう」


「その……」


「理由を」


「忙しくて……」


 アメリアは頷いた。


「では仕組みに問題があります」


「え?」


「人の努力に依存しています」


 男爵が固まる。


「努力は再現性がありません」


 淡々と続ける。


「仕組みで解決しましょう」


 そして改善案が三枚追加された。


 男爵は遠い目をした。



 一か月。

 本当に一か月だった。


 男爵家は変わっていた。


 帳簿は整理された。

 無駄な経費は削減された。

 取引先も見直された。

 在庫も整理された。

 利益率は改善した。

 資金繰りも安定した。


 ある日の夕方。

 応接室。


 男爵は報告書を見ながら呆然としていた。


「黒字だ……」


 思わず呟く。

 隣で夫人も口を押さえた。


「本当に……」


 赤字続きだった。

 先が見えなかった。

 家を失うかもしれないと思っていた。


 それが。

 今は黒字。

 未来が見える。


「アメリア様」


 男爵は立ち上がった。


「ありがとうございました」


 深く頭を下げる。

 夫人も続く。

 ミリアも頭を下げた。


「私たち一家は救われました」


 震える声だった。

 本心だった。


 しかし。

 アメリアは首を傾げた。


「救う?」


「え?」


「何をでしょう」


 本気で分からないらしい。


 男爵は戸惑う。


「その……私たちを……」


「違います」


 即答だった。


 静かに紅茶を置く。


「問題があったので改善しただけです」


 男爵が言葉を失う。


「ですが――」


「現状はまだ安定ではありません」


 書類をめくる。


「三か月後の検証は必要です」


「……」


「半年後にも確認が必要でしょう」


 男爵は思わず笑った。


 この人は最後まで変わらない。


 人を助けたのではない。


 経営改善をしただけ。


 本気でそう思っている。


 その時。

 隣のミリアが言った。


「アメリア様」


「なんでしょう」


「私、もっと勉強いたします」


 真剣だった。


「今日、よく分かりました」


「何がでしょう」


「人を助けるには知識が必要なのですね」


 アメリアは少し考える。

 そして。


「どうでしょう」


「え?」


「私は問題を解決しただけですので」


 やはりズレていた。


 だが。

 ミリアは笑った。


 もう分かっている。

 アメリアはそういう人なのだ。


 人を助けようと思っていない。

 なのに結果として人を助けてしまう。



 その夜。

 ミリアは窓の外を見ていた。


 屋敷には明るい空気が戻っている。


 父も母も笑っている。

 使用人たちも笑っている。


 皆が少しだけ前を向いている。


 それを見ながら思う。


(やっぱりすごい人だわ……)


 婚約者だったからではない。


 監査局長だからでもない。


 ただ純粋に。

 尊敬できる。


 そんな人だった。



 そしてその頃。

 当のアメリアは。


 改善報告書を書きながら呟いていた。


「ようやく基礎部分が終わりましたわね」


 まだ終わっていなかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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