第4章 風と影の模擬戦
三日後の午後、学院の中央闘技場は熱気に包まれていた。
風属性寮と影属性寮の初回寮対抗模擬戦。
観客席には上級生や教官たちがずらりと並び、空中に浮かぶ大型の魔導スクリーンで戦況がリアルタイムで映し出されている。
俺は風属性のチームの一員として、控え室で待機していた。
左手の抑制具が、時々軽く熱を持つ。
「おい、緊張してるか?」
茶髪のスポーツ少年が俺の肩を叩いてきた。
彼はすでに風をまとった軽い鎧のような魔力を纏い、目を輝かせている。
「まあな……初めての本格的な戦いだから」
俺が答えると、隣にいた瑠璃が眼鏡を押し上げながら冷静に言った。
「心配しなくてもいいわ。
あなたの風属性親和性は高い。
私の水属性と組み合わせれば、防御と攻撃のバランスが取れる。
ただ……あの影属性のチームに、要注意人物がいる」
彼女の視線が、向かいの控え室に向けられる。
そこに、黒髪をなびかせた白峰澪の姿があった。
彼女は俺たちを見て、ゆっくりと唇を歪めた。
首筋に赤黒い鎖の模様が一瞬だけ浮かび、すぐに消える。
「彼女の血の連鎖刻……危険よ。
相手の魔力を吸い取って自分のものにするタイプ。
あなたが狙われたら、すぐに私の水盾で守るから」
瑠璃の声には、はっきりとした敵意が混じっていた。
俺は頷きながらも、胸の奥で複雑な感情が渦巻くのを感じた。
やがて、試合開始の合図が鳴った。
「模擬戦、開始!」
闘技場の中央に、巨大な結界が展開される。
俺たちは風属性チームとして、3対3の小隊戦形式で戦うことになった。
俺、瑠璃、茶髪少年の三人チームだ。
最初の相手は影属性の一般生徒二人。
彼らは素早い影潜りを使って接近してくる。
茶髪少年が風の加速で前に出た。
「任せろ! 風歩!」
彼の体が軽くなり、素早い蹴りを繰り出す。
しかし、影属性の生徒が影に溶け込み、背後から攻撃を仕掛けてきた。
「ここは私に任せて!」
瑠璃が素早く魔導書を開き、水の術式を展開。
透明な水の壁が俺たちを覆い、影の攻撃を弾き返す。
その隙に俺も魔導書に「旋風」と書いて発動させた。
ふわり、と風が巻き起こる。
抑制具のせいで出力は控えめだったが、相手の足元を乱すことはできた。
茶髪少年が追撃を決め、最初のポイントを獲得。
「やったぜ!」
観客席から拍手が上がる。
しかし、俺の視線はすぐに次の相手に移っていた。
白峰澪。
彼女は一人で俺たちのチームに向かって歩いてきていた。
他の影属性生徒たちは、彼女の後ろで控えている。
「ようこそ、螺旋の持ち主。
今日は……たっぷり味見させてもらうわ」
澪の指がゆっくり動く。
すると、彼女の全身から赤黒い鎖が何本も伸び始めた。
鎖は地面を這い、俺たちの足元に迫ってくる。
「来るわよ!」
瑠璃が即座に水の多重障壁を展開。
しかし、鎖は水の壁をすり抜けるように絡みつき、魔力を少しずつ吸い取り始めた。
「くっ……この鎖、解析より厄介……!」
瑠璃の額に汗が浮かぶ。
茶髪少年も風の刃を放つが、鎖に絡まれて威力が半減してしまう。
俺は魔導書を握りしめ、「旋風強化」と書いた。
手の甲の渦が熱くなり、抑制具が軋むような音を立てる。
風が螺旋を描きながら巻き上がり、鎖を少しだけ押し返す。
「ほう……やるじゃない」
澪の瞳が輝いた。
彼女は一歩踏み込み、鎖をさらに太くして俺に直接狙いを定めてきた。
「あなたの力、もっと近くで感じたいわ。
鎖よ、繋がりなさい!」
赤黒い鎖が蛇のように跳ね上がり、俺の左手に向かって飛んでくる。
俺は咄嗟に左手を前に出し、刻印を意識した。
その瞬間——
抑制具がパキンと音を立ててひび割れた。
黒い渦が一瞬だけ強く光り、風の渦が鎖に絡みついた。
鎖が螺旋に巻き込まれ、澪の魔力が逆流するような感覚が走る。
「っ……!?」
澪の表情が初めて驚きに歪んだ。
彼女の鎖が、俺の刻印に吸い寄せられるように震えている。
「面白い……!
あなたの螺旋、ただの風じゃないのね。
すべての属性を……捻じ曲げて飲み込む……?」
瑠璃が叫んだ。
「今よ! その隙に攻撃を!」
俺は魔導書に「爆風」と書き、力を込めた。
抑制具のひびから、黒い粒子が少しだけ漏れ出す。
風が爆発的に膨らみ、澪の鎖を大きく弾き飛ばした。
観客席がどよめいた。
「なんだあの出力……Ⅱ級じゃないぞ!」
澪は後ろに下がりながらも、楽しげに笑った。
「ふふ……やっぱり。
あなたは特別よ。
この鎖が疼くのは、久しぶりだわ。
……もっと、近くで味わいたい」
彼女はそう言いながら、鎖を一旦収めた。
しかし、その瞳はますます俺を捉えて離さない。
模擬戦は結局、風属性チームの勝利で終わった。
茶髪少年が大喜びで俺の背中を叩き、瑠璃も「よくやったわ」と微笑んだ。
だが、俺の左手はまだ熱かった。
抑制具は完全に壊れ、教官が慌てて新しいものを用意しに来る。
試合後、控え室に戻ると、澪が一人で待っていた。
「待ってたわ。
今日の感触……最高だった。
あなたの刻印、私の鎖を中和しようとした。
……ねえ、禁忌研究部に来ない?
そこでなら、もっと自由に力を試せるわよ」
瑠璃が即座に割って入る。
「断りなさい。
あそこは危険な実験ばかりしている場所よ。
彼を巻き込まないで」
二人の視線が再びぶつかる。
俺は二人の間に立ち、ため息をついた。
「俺は……まだ、自分の刻印が何なのか、よくわかってない。
でも、普通に強くなりたいだけなんだ。
研究部とか、禁忌とか……そういうのは、まだ早いと思う」
澪は静かに微笑んだ。
「そう。
でも、いつか必ず気づくわ。
あなたの螺旋は、禁忌の領域に一番近い力だってことを。
その時……私は待ってる」
彼女はそう言い残し、影の中に溶けるように去っていった。
瑠璃が俺の左手をそっと握った。
「大丈夫。
私が解析してあげる。
あなたの刻印の秘密、一緒に解明しましょう。
……あの人の鎖に、負けないように」
彼女の水属性の魔力が、優しく俺の刻印を包み込む。
温かくて、安心する感覚。
しかし、手の甲の黒い渦は、
二人の少女の想いを感じ取ったかのように、
ゆっくりと——
より複雑な螺旋を描き始めていた。
その夜、寮の屋上で俺は一人で空を見上げた。
抑制具は新しいものに交換されたが、刻印の熱は一向に引かない。
「俺は……本当に、ただのⅡ級なのか?」
風が吹き、遠くの影属性寮の方から、
かすかな鎖の音が聞こえた気がした。
(第4章 終わり)




