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『螺旋の刻印と、魔導学院の秘密』  作者: 新米オッさん兵士


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第3章 再測定と、影からの視線

翌朝、風属性の寮は朝からざわついていた。

「聞いたか? 昨日、風の新入生で出力おかしかった奴がいるらしいぜ」

「Ⅱ級なのに水属性混ぜて風飛ばしたって? マジかよ」

食堂でそんな噂が飛び交う中、俺は無言でトーストを頰張っていた。

隣に座った茶髪のスポーツ少年が、目を輝かせて身を乗り出してくる。

「お前だろ? 昨日の演習で派手にやったの!

すげーな、俺なんて軽風すらまともに飛ばせなかったのに。

今度一緒に特訓しようぜ!」

俺は苦笑しながら頷いた。目立ちたくないのに、すでに目立ってしまっている。

眼鏡の少女――星野瑠璃は、向かいの席で小さくため息をついた。

「無茶な実験をした結果よ。

今日、再測定があるって教官から連絡が来たわ。

私の解析では、あなたの刻印は単純なⅡ級じゃない可能性が高いの。

……ちゃんと準備しておきなさいね」

彼女の声はいつものように冷静だったが、眼鏡の奥の瞳には本気の心配が浮かんでいた。

俺は「わかった」とだけ答え、手の甲をそっと握った。

黒い渦は今朝も静かに熱を持っている。まるで、何かを待っているみたいに。

午前中の授業を終えると、俺は教官に連れられて測定室へと向かった。

そこは学院の中央塔の地下にあり、重厚な扉と厳重な魔法障壁が張られていた。

昨日使った水晶の測定器より、明らかに大型で複雑な装置が中央に鎮座している。

「座れ。今日はより精密に測る。

昨日は軽い異常反応があったからな」

担当の教官はⅢ級の刻印を持つ中年男性だった。

彼の腕には金色の葉脈のような模様が鮮やかに浮かんでいる。

俺が装置に左手を乗せると、青白い光が全身を包み込んだ。

ビィィィィ……

機械が低い唸りを上げ、画面に数字と模様が次々と表示されていく。

「Ⅱ級……後半。

風属性親和性は高いが……ん?」

教官の眉がぴくりと動いた。

画面の隅で、黒い渦状のグラフが一瞬だけ大きく跳ね上がった。

すぐに通常のⅡ級表示に戻るが、教官は目を細めて何度もデータを確認している。

「これは……一時的にⅢ級相当の出力が出ているな。

刻印の形状が特殊だ。線ではなく螺旋を描いている……?

公式にはⅡ級で登録するが、定期的に再チェックが必要かもしれない」

教官はそう言いながら、俺の左手首に小さな銀のブレスレットをはめた。

「これは抑制具だ。暴走を防ぐためのもの。

当分はこれを着用しておけ」

抑制具を着けた瞬間、刻印の熱が少し引いた。

でも、俺の中では逆に何かがざわついていた。

まるで、抑えつけられた力が「早く解放してくれ」と訴えているような……。

測定室を出ると、廊下の影に誰かが立っていた。

黒髪の長い少女。

昨日の食堂で一度目が合った、あの先輩だ。

彼女は壁に寄りかかり、こちらをじっと見つめていた。

瞳は深紅に近く、唇の端に薄い笑みが浮かんでいる。

「……おもしろい反応ね」

低い、少し掠れた声。

彼女はゆっくり近づいてきて、俺の左手首のブレスレットに視線を落とした。

「抑制具を付けられたの? かわいそうに。

あなたの刻印……私の力で、少しだけ解放してあげてもいいわよ?」

彼女の指先から、細い赤黒い鎖のようなものが一瞬だけ伸びかけた。

俺は思わず後ずさった。

「誰……?」

「白峰 澪。2年生よ。

影属性の寮に所属しているけど……今は禁忌研究部というところにいるの。

あなたの螺旋、すごく美味しそうな匂いがするわ」

彼女はそう言って、ゆっくりと俺の左手に自分の指を近づけた。

触れられた瞬間、刻印が熱く疼いた。

鎖が絡みつくような感覚が走り、俺の魔力が少しだけ吸い取られる。

「っ……!」

「ふふ……甘い。

あなたの力は、他の誰の刻印とも違う。

安定していて、深い。

……私みたいな、不安定な鎖を持つ者には、ちょうどいい餌だわ」

澪の瞳が一瞬、切なげに揺れた。

彼女の首筋に、赤黒い血管のような模様がチラリと浮かんで消える。

俺は直感的に理解した。

この少女も、普通の刻印じゃない。何か危険なものを背負っている。

そこへ、聞き覚えのある声が響いた。

「ちょっと待ちなさい!」

眼鏡の少女、瑠璃が早足で近づいてきた。

彼女は俺と澪の間に素早く割り込み、水の魔力を軽く展開させた。

「新入生に近づきすぎよ、先輩。

しかも、刻印に直接触れるなんて……規則違反じゃない?

私の解析では、その鎖の刻印は非常に不安定。

彼の螺旋に干渉したら、暴走の危険性は68%以上よ」

瑠璃の声は冷静だが、明らかに苛立っていた。

眼鏡の奥で、彼女の瞳が鋭く光る。

澪は小さく笑った。

「解析? 可愛いわね、眼鏡ちゃん。

でも、理論だけじゃ刻印の『味』はわからないのよ。

彼の力は……私を少しだけ、楽にしてくれる気がする」

二人の視線がぶつかり、廊下の空気がピリピリと張りつめた。

俺は二人の間に挟まれ、困りながらも妙な胸の高鳴りを覚えていた。

「俺は……ただ、普通に魔法を学びたいだけなんだけど」

そう呟くと、澪が肩をすくめた。

「普通? あなたが普通でいられると思ってるの?

あの螺旋は、いつか必ず『禁忌』と呼ばれる領域に触れるわ。

……その時、私がそばにいてあげてもいい?」

彼女はそう言い残し、影のようにその場から消えていった。

残されたのは、微かな鎖の音と、甘い魔力の残り香だけ。

瑠璃がため息をつき、俺の左手を取った。

「危ない人よ、あの人。

禁忌研究部なんて、表向きは古書整理だけど……実際は危険な刻印を扱う非公式の集まり。

あなたが巻き込まれないよう、私がちゃんと見張ってるから」

彼女の指は冷たくて、優しかった。

水属性の魔力が、俺の刻印の疼きを静かに鎮めてくれる。

でも、俺の心の中は静かじゃなかった。

手の甲の黒い渦は、抑制具の下でゆっくりと回転を続けていた。

まるで、二人の少女の視線を感じ取って、喜んでいるかのように。

その日の午後、寮対抗の初回模擬戦が発表された。

風属性 vs 影属性。

三日後に行われるという。

俺は予感がした。

この学院での本当の始まりは、もうすぐそこまで来ている。

そして、自分の刻印が「Ⅱ級」などという甘いものじゃないことを、

誰かに――あるいは何かによって――暴かれる日が、近づいていることを。

夜、ベッドの中で俺は左手を握りしめた。

「螺旋……お前は何なんだ?」

小さな渦は、暗闇の中で静かに答えを待っているようだった。

(第3章 終わり)

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