第2章 風の寮と、揺らぐ測定値
入学式は、想像以上に派手だった。
巨大な講堂みたいなホールに、新入生が何百人も集まっている。
天井は高くて、魔法の光の粒子が星みたいに浮かんでいて、床には四つの巨大な紋章が描かれていた。炎・水・風・影。それぞれの色が鮮やかで、触れるだけで魔力がざわつく感じがする。
俺は風属性の寮に割り振られた。
測定器でⅡ級と言われた直後、風の紋章が少し強く光ったらしい。教官が「風に親和性が高いね」と笑ってくれたけど、俺はただ頷くだけだった。
「みんな、静かに! これより新入生オリエンテーションを始める!」
壇上に上がったのは、厳つい顔の男性教官。
彼の腕には金色の複雑な模様が浮かんでいて、Ⅲ級かそれ以上だと一目でわかった。
周りの生徒たちが息を飲む中、教官は大きく声を張り上げた。
「ここ魔導学院では、刻印の力を正しく学び、制御する。
四つの寮は属性による競い合いを促すためのものだ。
寮対抗戦でポイントを稼ぎ、優秀な成績を収めた寮には特典が与えられる。
……だが、忘れるな。魔法は道具じゃない。命を預ける力だ」
簡単なルール説明の後、俺たちはそれぞれの寮へと移動した。
風属性の寮は、学院の東側にあった。
白と青を基調とした建物で、風が常に通り抜けるような開放的な造り。
廊下を歩いているだけで、軽い風が髪をなびかせる。気持ちいいけど、少し落ち着かない。
寮の食堂で簡単な昼食を取った後、部屋割りが行われた。
俺の部屋は三人部屋。
同室になったのは、明るい茶髪のスポーツ少年みたいな奴と、もう一人は大人しそうな子だった。
「おう! 俺と同じ風属性か。一緒に頑張ろうぜ!
名前は……まあ、呼ぶときは適当に呼んでくれ。
俺、運動神経だけは自信あるんだ。風の加速魔法、すぐ覚えたいよな!」
茶髪の奴がニコニコしながら手を差し出してきた。
俺は軽く握り返しながら、「よろしく」とだけ返した。
もう一人の子は眼鏡をかけていて、すでに小さな魔導書を開いて何かをメモしている。
……あれ? この眼鏡の少女、さっきホールで声をかけてきた子じゃないか?
彼女は眼鏡をくいっと上げて、こちらを見た。
「ふふ、奇遇ね。同じ寮で同じ部屋。
私の名前は……まあ、覚えやすい呼び方でいいわ。
あなたの刻印、測定の時、少しおかしな反応してたでしょ?
後で、詳しく解析してあげてもいい? 水属性の私は、精密な分析が得意なの」
彼女の声ははっきりしていて、自信に満ちていた。
俺は少し戸惑いつつ、「……ああ、頼むかも」と答えた。
なんか、頼りになりそうな雰囲気だ。
午後からは、初回の基礎術式演習があった。
広い訓練場に集められ、みんな魔導書を配られた。
スマホサイズの黒い本。触れると自分の刻印に軽く同期するらしい。
「まずは基本。魔導書に簡単な術式を書いて発動させてみろ。
風属性なら『風歩』や『軽風』からだ」
教官の指示に従い、俺は魔導書を開いた。
ペンみたいな道具で「軽風」と書いてみる。
手の甲の黒い渦が、ほんの少し光った。
ふわっ。
小さな風が手のひらから吹き出し、紙が軽く舞った。
周りの生徒たちは「おお!」と声を上げている。俺の隣の茶髪少年はすでに少し強めの風を起こして自慢げだ。
でも、俺は違和感を覚えていた。
この風……なんか、俺の意志とは別に、螺旋みたいに少し捻じれている気がする。
魔導書に書いただけなのに、もっと大きな風が来そうな予感がした。
「次は属性干渉の基礎だ。風に他の属性を少し混ぜてみろ」
俺が試しに「軽風」に水のイメージを足してみた瞬間——
手の甲の渦が、熱くなった。
黒い粒子が一瞬だけ浮かび上がり、周囲の空気が歪んだ。
小さな水滴混じりの風が、予想以上に勢いよく吹き荒れた。
近くの生徒の魔導書が飛ばされ、軽い悲鳴が上がる。
「わっ、ごめん!」
俺は慌てて手を引いた。
教官が駆け寄ってきて、俺の手をじっと見る。
「……Ⅱ級のはずなのに、出力が少し高めだな。
刻印の形が珍しいのか? 後で再測定してみるか」
その言葉に、眼鏡の少女が素早く近づいてきた。
「私が見ていい? 水の解析術式なら、乱れの原因がわかるかも」
彼女の指先から冷たい魔力が流れ込み、俺の刻印に触れる。
その瞬間、少女の瞳がわずかに見開かれた。
「……これは、ただのⅡ級じゃないわ。
螺旋みたいな模様……普通の線じゃなくて、渦を巻いている。
もっと深い階級の可能性が……」
彼女は声を潜めて言った。
俺はドキッとした。測定器はⅡ級と言ったはずなのに。
その夜、寮の自室に戻ってからも落ち着けなかった。
窓から入る風が、俺の左手を優しく撫でる。
手の甲の黒い渦は、静かに——でも確かに——ゆっくり回転を続けていた。
「俺の刻印……本当に普通なのか?」
ベッドに横になりながら思う。
灰色の日常から一気に飛び込んだこの世界。
魔法、学院、刻印。
そして、さっきから時々視線を感じる、あの黒髪の先輩らしき少女の存在。
食堂で一度だけ目が合った。
彼女は遠くから俺の左手を見つめていて、唇の端を少しだけ上げていた。
まるで、美味しそうな獲物を見つけたような……そんな目だった。
俺はまだ知らなかった。
この学院の裏側に、禁忌と呼ばれる力が存在すること。
自分の刻印が、ただの「特別」なんかじゃなく、もっと危険な領域に繋がっていることを。
そして、明日からの授業で、すべてが少しずつ動き出すことを。
手の甲の渦が、暗闇の中で小さく輝いた。
まるで、答えを求めて回転を速めているかのように。
(第2章 終わり)




