短編14 『鈴蘭の祝福』の活動録その1 後編
魔法の属性、この世界に生きる生物には自身が持つ生体エネルギーを感じ取ることが出来る。その生体エネルギーを人は氣や魔力、波動といった言葉で表現しその生体エネルギーを体外に放出することで攻撃する手段として活用してきた。だが古い時代の人間はその生体エネルギーの放出を野生動物と同じ方式で使用をしていた、生体エネルギーを制御しないままでの使用は使用者に対し莫大な負荷を与え、うまく扱えるものと全く扱えないものの差が生まれた。
それから長い年月が経ち人々は生体エネルギーを研究し制御を言語化しそれを人に教え全員が平等に正しく使えるための『流派』が誕生し、さらに多くの人間の手によってもっと手軽に、もっと安全に使う事の出来る『術式』が開発されいつしか『魔法』という呼び名で人間らしい使い方が開発され人々の生活に深く根付いたのだ。その研究の過程の中で生体エネルギーにはおおよそ10もの属性が存在することが発見された。これは所謂血液型に似ているようで少し異なる、まるで指紋のように個人を認識する体質であることが判明した。そしてこの生体エネルギーの属性を自然界に存在するイメージしやすい物質で表現し術式に組み込むことによって更に魔法を正しく使えるようになったのだ。
そんな魔法の属性の中でも毒の属性を有する者だけが在籍している騎士団、『鈴蘭の祝福』は今まさに軍からの応援申請で毒に蝕まれた依頼参加者たちの救助を行っていた。
「パイソン、何か見つかったか?」
「はいユカリの姐さん…あそこです」
小高い丘の上で長い耳の女性であるユカリに呼ばれた団員服に身を包んだサングラスを掛けた大柄の男が指差した先には、崖下に見える複数匹の大きな野犬〈ウルフ〉が一人の男の腕を咥えて引きずっていく姿だった。
「…スカベンジャー、いや、普通のウルフの群れか?…ビーゴラドンと対峙していた際にウルフの群れに介入され全滅した…今回の事の顛末はそんなとこだろうな」
ウルフの群れをタバコをふかしながら見ているユカリの横でパイソンは団員服の上を脱ぎ、中は痛々しいような傷だらけの肌にアロハシャツのような服だけの状態になって崖をゆっくりと滑り降りていく。
「おい、勝手に行くな」
「早く救助してやらねぇとどっか知らねぇとこまで運ばれて手遅れになっちまうかもしれねぇっすよ。それに今更ウルフなんて大した敵じゃねぇ。自分に任せてくだせぇ」
「…お前がそんなこと言って任せて良かったことがあった覚えがあんまねぇけどなぁ」
崖を降りたパイソンに気付いたウルフの群れはすぐに遠吠えすると近くのウルフ達も集まりパイソンをぐるりと取り囲む。そして一斉に襲い掛かるがパイソンが剛腕を振るうと一度に複数のウルフを薙ぎ飛ばし攻撃を許さなかった。
「ぎゃっはっは、かつてE区の狂犬と呼ばれて西帝都を制圧したこの俺が今更ワンころ共が何匹来ようが相手にもならねぇんだよ」
「…いつ聞いてもお前は蛇じゃねーのかって感想しかでんな、そのやんちゃ時代の通り名」
ユカリの茶々を聞き流しながらウルフの群れ相手に素手でぶん殴るパイソン、何度も殴られたからかウルフ達も警戒し距離をとるようになりあまり襲い掛からなくなった。そのタイミングでパイソンも周囲のウルフを警戒しながら、男を引きずっている個体のウルフに早歩きで迫っていく。近づかせまいとウルフ達は襲い掛かるもののパイソンに軽くあしらわれた。
「お前達も食うに困ってることは分かるがよ…わりぃけどそいつは返してもらうぜ」
パイソンの右手が男に届く、その瞬間真横から現れた一匹のウルフが勢いよくパイソンに襲い掛かってきた。当然パイソンは反撃すべく左腕を振るうが、そのウルフは見事に躱しパイソンの左腹に牙が突き刺さった。
「っってぇなぁ!!」
パイソンが振り払うとすぐにウルフは離れた。そしてそのウルフを中心に他のウルフ達も集まってきたがそのウルフは他のウルフ達よりも圧倒的に身体が大きくそしてどこか毛色の異なる個体に見えた。
「…まさか、そんな馬鹿な…ワーグかあいつは」
「ワーグだと!?んなはず、帝国領内にワーグはいねぇはずだろ。ペットが逃げ出したにしろそんなの昔の話だろ」
「…海賊達が凶暴なワーグを違法持ち込みしている可能性がある。なんにしても軍に報告する必要があるな…」
ユカリがワーグと呼んだ個体はまるで群れのリーダー的存在なのか、ワーグが指示しているかのように群れのウルフ達はワーグとパイソンを取り囲んで睨みつける。ワーグがパイソンに襲い掛かるのをパイソンは拳で反撃しようとするがワーグはひらりと躱して再度攻撃タイミングを見計らうように動き回る。素早い動きで翻弄されるパイソンの背後から突如他のウルフ達が襲い掛かり、他のウルフに注意を惹かれたすきをワーグが襲い掛かる。見事な連携にパイソンは防戦一方となった。
「どうしたパイソン。ワンころころ共じゃあ…なんて言ってたかな」
「っま、待ってくだせぇ姐さん!これはちょっと…遊んでやってるだけですよ!…はぁ、はぁ…くそっ」
パイソンは呪文を唱え、紫色に光り輝く手を高々と掲げるとウルフ達は警戒し即座に距離を取った。攻撃かと思われたパイソンの手はなんとそのまま自分の身体に打ち付けたのだ。
「リカバーか…この世界で唯一といって言い一般的な回復魔法と呼べる技、微量の毒魔法でダメージを与えることで対象が持つ自己回復機能を刺激し傷の回復を飛躍的に促進させる毒属性魔法の利点の一つ。…そんな魔法まで使って余裕ぶっこいていられるのか?」
そういいながらユカリがふわりと崖から降りてきた。ウルフ達はすぐにユカリも敵と認識したのかパイソン同様唸り声をあげながら様子を伺う。そして一匹のウルフがユカリに襲い掛かったが、なんとウルフの身体は宙に浮かんだままピタリと制止したのだ。そしてユカリが腕を軽く振るうとウルフの全身から血飛沫が噴き出すほどにズタズタに切り裂かれ吹っ飛ばされたのだ。
「…相変わらずおっかねぇなぁ姐さんは、姐さんがよその騎士団に行けばもっとランキング上位狙えるんじゃねーっすかね」
「支援専門だからって戦力が少なくていいってわけじゃない。危険な戦場に行くためにも救助者を守りながら帰るのも並の戦士以上の実力を必要とするもんなんだ。なによりもこういう役目ってのは結局誰かがやらなくちゃならないんだ…それを弱い連中に押し付けたところで救える命は少なくなるだけだ。…お前もいつまでも甘い仕事してんじゃないわよ」
「わーってますよ」
ユカリとパイソンが並び立ちワーグが従えるウルフの群れと対峙する。ウルフ達の応戦も虚しく二人の攻撃に圧倒されついには群れは散り散りに逃げ始め、いつの間にかワーグも逃げておりリーダーがいなくなった群れは慌てるように逃げていった。男を引きずっていたウルフもついに男を諦め口から離して全速力で逃げていったのだ。
「…なんとか取り返せれましたね姐さん…どうっすか?」
周囲の安全を確認しているパイソンが男の状態を確認するユカリをちらりと見ると、ユカリは何も答えずに首を横に振った。二人はそれぞれ煙草を吸うだけの沈黙の時間が過ぎた。
「…義勇兵爵ってのは軍の直接的な組織一員である国衛兵爵と異なり軍からの依頼を代行するための人員だ。それゆえにこうした野生動物との戦闘を任される依頼が非常に多く、そしてその危険性ゆえに殉職者が多い。軍からの発表では毎年50人程度と言われてはいるが…行方不明者の中に含まれているであろう殉職者数も加えると100人弱にものぼると言われている。…だから我々『鈴蘭の祝福』は必要ではあるのだが…その全てを助けることは出来ないのだ」
「…だけどよぅ姐さん…自分達の頑張りのおかげで、こいつを家族の元に帰してあげることが出来るってもんですよ。こいつに、寂しい思いをさせなくてすむんすよ」
「…寂しい、か…くだらないな。死んだものにそんな感情があるとは思えない。…感傷に浸り過ぎた。我々に休んでいる暇なんてないんだ。帰るぞ」
「…うっす」
パイソンは男を担ぎ上げ、ユカリはその様子を黙ったまま見続け、2人で仲間の元へと戻っていくのであった。
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