好餌
「召喚――【ゲノーモス】」
「お? いつもの部屋じゃねぇな。ここはどこだ?」
馬車の中で召喚されたゲノーモスは小窓から外を一望する。
「毎回、部屋の中だと悪いと思ってね。たまには外の景色を眺めるのもいいと思わないか?」
「悪くはねぇな。けどよ、なんにもないじゃないか」
「窓から顔を出して良く見たまえ。街道が続いているだろう?」
「? 続いてるな。どこまで続いてんだ?」
「この先にはアマツキという街がある。それより、何か思うところはないか?」
「って言われてもよ……って何してんだ?」
「あぁ。これはね、君を紐で結んでいる」
「いや、そういうことじゃなくてよう」
紐の先は竿の先端に繋がっている。
「この街道、途中から道幅が狭くなっている。いや、違うな。どこの街道も似たようなものだ。不便だと思わないか?」
不敵に笑うルーファス。状況を理解できないゲノーモスが説明を求めようとしたところ、あろうことか窓から放り出された。
「うわっ――!? おい、何やってんだっ!?」
地面すれすれで宙吊りになるゲノーモス。縛られた状態で身動き一つ取れない彼は、王太子傍付きの男に助けを求めた。
「ロレンス! 助けろ! た、助けてくれっ!」
「……」
「おい! 返事をしろ!」
必死に叫ぶゲノーモスに、ルーファスは澄ました顔で告げる。
「君には拡張工事を手伝ってもらう。タダ酒狂いと評判になっているそうだ。君も本望ではないだろう?」
「だ、だからってよう! これはないんじゃないか!?」
「君はアマツキまで歩きながら工事を進めるつもりか? 私はそれでも構わないが……君の足だといつ終わるのだろうな」
ゲノーモスは身の丈、十センチ程度しかない。その足でどこまでやれるのかと、ルーファスは竿を上下に揺らしながら問う。
「ま、待て待て! やる! やるからせめて引き上げてくれ!!」
「地面に近いほうが仕事も捗るだろう? あまり魔力を無駄遣いしたくはない」
「おい! やめろ! は、早くしないと盟約破棄するぞ!」
「ふむ」
優美な所作でグラスを傾けるルーファス。
「ロレンス。これは誰が造ったものだ?」
「はい、こちらはシャルエッセルが渾身の力作。ぜひ殿下にと、先日頂戴したものでございます」
「ほう? かの有名な?」
「左様でございます。酒造りに関して右に出る者はいないと謳われる、あのシャルエッセルでございます」
「流石……としか言いようがないな」
まるで手元にある台本を読んでいるかのような、下手な三文芝居を打つ二人。それでもゲノーモスは喉から手が出るほど欲しくなった。
「お、おいらにも呑ませろ!」
「そう言えば、殿下」
「なんだ」
「おい! 聞いてるのか!?」
「そのシャルエッセルですが、そろそろ新酒が完成する見込みだそうです――」
「無視しないでくれ!!」
「――なんでも桃を使用したとかで、まずは殿下にと」
「頼む! 頼むから!」
喚き散らすゲノーモスを余所に、二人は談笑を続ける。
飄々としたルーファスとは異なり、ロレンスの表情はどんどん曇っていく。外を気にして視線が泳ぐ。
「このくらいにしてやるか」
そろそろ調教は済んだかと、ルーファスはゲノーモスを引き上げる。
「の、呑ませて……ください……」
「君次第だ」




