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露草の持つ宝石  作者: 藤白 卯希
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4月13日

4月13日

 私はたった今好きな人ができました。

 この病院に勤務する私を担当してくれている前川先生です。どこが好きかというと、私に優しくしてくれる所です。こんなことで好きになるなんて、私は簡単な女です。でも、今まで彼氏がいたこともないし、男の友達もいないというか同性の友達すらいないような私ですから、別にこんなことで好きになったって不思議とも思いません。

 先生の好きな人が自分になればと、少しばかり無理なお願いを神様にしてみました。


 先生が去った後、早速今日の日記をつけました。私は先生の言っていた事を思い出しました。

「外、出てみようかな。」

迷っているような言葉とは裏腹に私はさっそく靴を履き散歩に行く準備をし始めていました。財布と携帯を小さなポーチに入れました。しかし、私は久々に外に出るということに緊張しているようです。外に出るだけ、散歩に行くだけ。何も怖くないはず。しかし、なんだか外に出る事を考えさせられてしまっている自分がいることに気づきました。さっきまで身体は外に出たがっていたはずなのに、いつの間にか自分の心が私の足を固定しました。何か、別のことを考えなければ。何か…。

「あ…。」

 私は、咄嗟に昨日の夢のことを考えようと思いつきました。何か関係ないことを考えれば、外に出ることへの怖さも薄れるかもしれないと思ったからです。そういえば、あの夢に出てきた男は病院の中庭に何かがあると行っていた様な気がします。夢から覚めてさらに時間のたった今、覚えている事が確実に減ってきています。夢の記憶を思い出すために、夜に書いた4月12日、つまりこの日記の最初のページを開いてみました。そのページをめくった瞬間、私の目は大きく開きました。そして、脳の中がゴチャゴチャになって気持ち悪くなりました。

 私の目の前に見えるのは、何も書かれていないページです。あるはずの4月12日のページがそこには存在しませんでした。さっき日記をつけたときは、そこのページは書いたものだと思ってとばして見なかったので全く気づきませんでした。気持ち悪い。この感覚は、何度も味わった事があります。これだから、夢は嫌いです。夢のことを考えたはいいが、自分の中に混乱を招く結果となりました。気分がとても悪くて、もうベッドに倒れこもうとしたその時です。少しはなれた後ろから声が聞こえました。

 「ねえ?紫月ちゃん。」

女の子の声です。高くて、可愛らしい声の方へゆっくりと振り返りました。その声の主は隣のベッドに座っていました。確かこの女の子は、私がここに入院した時からずっといた子です。会話は一度もしたことがありません。名前も知りません。でも、この子は私の名前を知っているようです。しかし、どうしていきなり話しかけてきたのでしょう。少し怖いです。しかし、先ほどの混乱を断ち切ってくれたのは彼女の声でした。

「どうして…私の名前知っているの?」

しまった、また口を開いてしまいました。でも、先生の時と違って不快感を与える発言ではないから大丈夫かと考え直しほっとしました。そして、目の前の彼女は笑って答えてくれました。

 「さっき、前川先生が呼んでたから。」

一瞬、前川先生の名前が出た事にドキッとしてしまいました。

「そう…。」

知らない人と、というか他人と会話が全く続きません。積極的に人との会話をしてこなかった私にはこの状況は結構つらいのです。私の発言を終わったのを確認した彼女は、また私に言葉を投げかけた。

「なんかさ、お隣なのに話した事もなかったから今更なんだけど紫月ちゃんのこと気になったの。」

「はあ…。」

「年も同じくらいかなっと思って。」

ちゃんと会話しなきゃと思い、私は少し頑張ることにしました。

「私…高2。えっと、あなたは?」

「じゃあ私の一個下だね。あ、私は藍更っていうの。」

妙に大人っぽく彼女のことを感じていたので、年が一つしか変わらないことに私は少し驚きました。そして、今までタメ口で話していた事に気づき早く謝らなければと焦りました。

「すみません。私タメ口で…。」

「いいよ。知らなかったんだし。それよりこれから宜しくね!」

「はい…、こちらこそ。」

私に笑顔を向ける彼女は、とても可憐です。しかし、私はこのとき感じました。彼女は、私とは対照的な人間であると。

 たぶん、私は彼女のことが嫌いなんだと思います。

「藍更さん。私、少し外に行ってきます。」

私は、彼女から逃げるようにして外に行く準備をし始めました。その慌てた様子を不思議そうに見る彼女の顔を横に感じながら。

「え、そう…。いってらっしゃい。」

さっき用意していたポーチを持って、私は病室から出ました。彼女、から一刻も早く離れるために。

そして、私は病院の中庭に出ました。さっきは彼女の気分を悪くしてしまったのではないかと、一瞬怖くなってしまいました。しかし、中庭の咲き誇る桜達の美しさに目を奪われ、そんな気持ちはすぐに消えました。ふと中庭を見渡すと桜の他にも、水仙やチューリップ、それにあれはスイートピーだったかしら。色鮮やかな花達が私の胸を躍らせました。私は、昔から花が好きで家の花壇にはたくさんの花を植えて世話をしていました。たくさんの種類の花が咲き誇る中庭を見て、ここでの心のより所を見つけられた気がしました。しばらく中庭をぼうっとしていると、「あれ?」という男の声が後ろから聞こえてきました。その声に聞き覚えがありました。しかし、全く思い出せず不安になりながらもゆっくりと声の方向へ振り返りました。そこにいたのは、同じクラスの男の子でした。

「衛藤さん、だよね?」

日本人にしては堀の深い顔に学生らしい黒髪の短髪をしている彼は、どうやら私のことを覚えているようでした。少し、嬉しくなりました。

 彼は、高校一年生の時同じクラスになった男の子で、女の子から人気があったからとても良く覚えています。気さくな彼は、誰にでもやさしくて私のような人間にも普通に話しかけてくれたりしました。友達すらまともにいなかった私がそんな彼を好きにならなかったわけがありません。しかし、彼は入学してすぐにクラスの他の女の子と付き合ってしまい、それを知った時泣いてしまいました。

 これは私の中だけの過去です。ここで動揺などしては、格好がつきません。あくまでも普通に接するのです。

「片瀬・・・君・・・。」

私の口から出た音は、思ったより小さく、震えていました。恥ずかしいです。

「久しぶりだね。入院したって聞いて心配してたんだよ。具合は大丈夫なの?」

彼は学校の時と変わらない優しさを私みたいな人間にも向けてくれました。私はさらに嬉しくなってしまい、気持ちの高ぶりと共に自分の顔が熱くなるのが分かります。しかし、もしかしてこの熱が彼に見える形で伝わってしまっていたらと考えると、私はもう下を向いてるしかありません。私は、俯きながら小さく口を開いて言いました。

「今の所、安静にしていれば…、大丈夫。でも、しばらくは学校にいけないの。」

さっきよりは、落ち着いて言葉を口にすることができました。少し、女の子らしさ…というかか弱さを演じてみました。私みたいな女がそんなことをしても彼の気など惹けるはずもないというのに…。

「ところで、病院に来たってことは風邪とか?」

「いや、友達のお見舞いなんだ。ごめん、もう行くね。」

「うん。さよなら。」

「またね。」

私は山びこのように、少し遅れてはね返しました。


「またね・・・。」


 

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