表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
露草の持つ宝石  作者: 藤白 卯希
6/6

きらきらの中に

きらきらの中に

 

 上を見上げると、やさしくて、少し眩しいきらきらが私の目を満たしました。私は桜の木の下にあるベンチにだらしなく足をのばしながら座っていました。桜の間から洩れる細かくなった光の中が心地よくて、自然とそこを動けずにいました。自分が綺麗な世界の中にいることに酔っているのです。自分もその世界の綺麗なものの一部であるような、そんな気がしてくるのです。ですが、それは気がするだけなのです。ポーチの中の手鏡を取り出し自分に向けると、そこに映るのは平たい私の顔でした。手入れしていない眉、クマでくすんだ目元、鼻先にはつぶれたニキビ、綺麗なものはありませんでした。こんな顔を片瀬君に向けていたなんて、どういう風に思われたのでしょう。私は一気に心が落ち込み、ピンク色の光に満ちていた世界も色あせて見えてくるのでした。

 「どうしたの?下を向いて。」

 隣にはいつの間にか前川先生が座っていました。先生は、驚いて目を丸くしている私に微笑みかけました。

「先生…。びっくりしました。」

 ははっと笑って、先生は桜の木を見上げました。先生は綺麗な人です男の人に綺麗っておかしいでしょう。でも、この人にはその言葉がとても似合っています。線が細くて、色白な肌、色素の薄い髪色。おとぎ話の王子様は、きっとこんな感じなのかな…そんなことを思わせるような先生の容姿は、この桜の綺麗な世界に溶け込んでいました。先生は、息を呑むような、絵のような世界の一部。

 

 「さっきの男の子…」

 先生がそう言いかけた瞬間、私はすでに逃げていました。息が苦しいのも構わず、走って、歩いて、走って、その場を離れる事だけを考えました。じわりと汗が出て、肌と布の間の湿度が上がっていきました。中庭だいぶ離れられましたが、私はなんとなくまだ歩くのを止めません。どこかで立ち止まりたいのだけれど、またどこかで先生と会うのも気まずい、かといって病室に戻って藍更と顔を合わせるのも嫌なので、なんとなく私は足は動き続けました。不思議なことに、私の足は自分の意思で動いているはずなのになぜか先生と会った中庭の方へだんだんと引き戻されているのです。

 気がつくと中庭に戻っていました。桜の木の下のベンチには、もう先生はいません。歩きつかれた私は、ベンチにだらしなく足をのばして座りました。私は自分の持っているポーチから鏡を取り出し、自分の顔を映しました。やはり、何度見ても私の顔は、醜いのでした。

 

 「また下を向いている。」

 そう言うと先生は私を抱き上げ、病室に連れて行きました。先生と触れ合っていると、煙草の香りがしました。先生でも煙草を吸うのかな、そんなことを考えていると、私はだんだん眠くなってきました。

 病室に入ると、藍更がベッドで本を読んでいました。こちらをちらと見て、またすぐに視線を本へ戻しました。ベッドに寝かされた私は、とてもいい気分です。先生は、私に何か言っているようです。そのとき、私はまた藍更の方を見てしまったのです。感情のない顔でこちらを見ている彼女を。私は、恐怖と共に眠りに落ちました。



 

「紫月ちゃん、ご飯の時間だよ。起きてちゃんと食べないと。」


 私を起こしたのは、看護師さんの声でした。

お昼のご飯かと思いましたが、もう夕食の時間でした。私は無言で起き上がり、ぐしゃっと潰れた自分の髪を少し整えました。看護師さんが病院食を持ってきました。色の薄いおかずを私はただ口に入れ、流し込むように食べました。美味しくないわけではないのですが、病室の中の空気と一緒に食べているからか、なんだか食べている気がしないのです。隣に目をやると藍更は病院食を目の前にして固まっています。具合が悪いのでしょうか。しばらくすると看護師さんが来て彼女に食べるよう促していました。しかし、彼女は食べようとしません。少しでもいいから食べればいいのにと思います。そしたら、煩い看護師さんは少しは安心してどこかへ行ってくれるでしょう。結局、彼女は看護師さんが諦めて行くまで無視を決め込みました。

 そのときの彼女は、初めて会話を交わしたときの彼女とは違って見えました。具合が本当に悪いのだろう…などと心の中で心配するフリなどをしてみるのでした。フリなので本当に心配しているわけではありません。答えは、偽善です。しかし、その偽善は誰にも見えないものでした。しかし、意味がないというわけではありません。私の狭い心を自分自身に少しでも広く錯覚させるための、そんなくだらないことです。

 やはり、私は性格が悪いです。でも、きっと多くの人間はこんなものなのではないかと私は思っています。はっきりと意識しているわけではないけれど、他人の心配なんて額縁の外から見ているのだと。

 私は、病院食を残さず食べました。看護師さんは、言葉だけではあるけれど、そのことを褒めてくれるのでした。誰かに良いと思われたい私の意識は、残さず食べるという行動にあらわれました。


 「おっ、全部食べて偉い。体調良さそうだね。」

 食事を終えて一息ついた私をビクッと驚かせたのは、前川先生でした。先生は、いつもと変わらず、やさしい笑顔をくれました。私は、なんだか変な汗がどっと出てきました。

そんな私を見て、先生は笑いました。

 「ごめんね、いつも驚かせて。そんなに気配消してるかな?」

 違います、先生。私がまだ話しかけられることが普通ではないからです。クラスメイトと違って、分け隔てなく私に接してくれる先生が好きです。仕事だと分かっていても、嬉しいことに変わりはありません。

 「私こそ、いつも驚いてごめんなさい。」

先生は、少し驚いた顔をしていました。それは、まるで私の変化を鏡に映したようでした。このとき私は、考えました。もし私が変わったら、先生に好きになってもらえるかもしれない。先生のためなら、変わる自分が見れるかもしれない。

 「あの…」

私は、なにを言いかけたのでしょう。それは、先生の次の発言を聞いて忘れてしまいました。


 「また食べてないのか、藍更。」


 呼び捨て。咄嗟にうかんだ言葉でした。

 そして、今分かりました。彼女は先生が好きです。なぜ分かったかというと、女の勘とよく言いますでしょう。というのは、冗談です。私は、見たのです。先生に話しかけられた彼女の目の中が一瞬光ったのを。獲物が罠にかかり、勝ち誇ったようなあの女の目。

「今日も食欲がなくて…。」

目線を落とし、ため息をつく彼女は弱々しく、そして生き生きしていました。

先生は、彼女の思い通りに心配させられました。さて、さっきまで彼女をを心配とか言っていた私はどこに行ったのでしょう。都合よく思考がすり替わる私は、やはり醜いのでした。

 

「ちゃんと食べないと、ますます体力がなくなるよ。」

「うん。」

「しょうがないな。」

そういうと先生は、お粥をスプーンにとり、彼女の口の前に持っていきました。

「少しでもいいから、口にいれて。」

「はーい。」


 彼女はお粥ののったスプーンを口に含み、微笑んだのでした。



 




 

 


 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ