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露草の持つ宝石  作者: 藤白 卯希
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4月12日

  午前1時頃。病院内の消灯時間は過ぎています。ポウっとオレンジ色の明かりが私の手元を中心にして、空間をまるく照らしています。今私は、今日の日記をつけているところです。しかし、日付が変わったばかりなので、書くことが特にありません。なんとなく眠れなくて、このまま眠くなるまで起きていようかとも思いましたが、日記に書くこともないので、やはり無理にでも寝てしまおうという考えに至りました。

 明かりを消しました。すると、今まで気づかなかったのですが、窓の外が青白いやさしい光に満ちていました。ここは一階の病室。窓から見える景色は月明かりに照らされた桜の木の幹と、風が吹くたびに上から降ってくる桜の花びら。月は病室の中からは見えない位置にあるようですが、その存在の大きさは周囲をつつむやさしい光が語ってくれました。

 時々、こんなことを思う自分がいるのです。

素敵な景色をみていると、自分という存在を忘れることができるでしょう。現実にいてもまるで夢の中にいるような気分を味わうことができます。そんなときは、この時間が永遠に続けばいいと望んでしまう自分がいるのです。でも、時間が経てば、現実に戻らなければというもう一人の自分がいることに気づきます。この二つの思いを持つ二人の自分。どちらが本物の自分なのでしょう。いいえ、そうではないのです。自分は一人しかいないのです。この二つの思いは、一人の思い。二つの思いは裏と表。ただ、それだけのこと。もし自分が二人いるとしたら、それは裏と表がそれぞれ独立すること。争いの絶えない世界になっていたことでしょう。だから、神様は裏と表を一体としたのです。だから、この世のすべては、裏と表でできている。裏と表が交わることは許されないでしょう。

 私は、はっとしました。こんな、意味があるかないかも分からないヘンテコなことを考えている自分がおかしくて、そっと腹のなかで笑うのでした。そのとき、私は先生から言われた事を思い出しました。きっと、眠れなくて、こんな馬鹿なことしか考えられない理由はそれが原因です。人のせいにするなんて、という台詞もありますが、こんな時くらいは誰かに頭を撫でてもらって、やさしくされたいものです。子どもだなんて思わないでください。やさしくされたいだけです。安い女です。



 突然、コンコンという音が窓を振動させました。

私は思わずからだをビクッとさせ、恐る恐る窓の方に目をやりました。そこにいたのは、男でした。顔は暗くてよく見えません。でもなんだか、にこやかに私の方をみている気がします。そして、コンコンと再びノックをしてきました。窓を開けてほしいようです。しかし、どうみても不審者なので開けたくはないのですが、開けてみたい自分がいることに気づいてしまいました。私は、もうあとには戻れないというより、戻りたくなくなっていました。ということは、もう戻れないのです。

私は、ベッドからゆっくりと腰をあげました。そして、カクカクとロボットのような動きで窓の方へ近づいていきました。そして、窓ガラス越しにみえる男の顔はどこかでみたことあるような気がしたのです。なにか引っ掛かりました。私がガチャっと鍵を開けると、男がガラス戸に手を掛け、横にゆっくりとスライドさせました。その瞬間、春の夜風が桜の花びらを連れてきました。

「こんばんは。駄目じゃないか。もうとっくに消灯時間は過ぎてるはずだけど。」

男がやさしい顔をして言いました。

「あなたは、誰?」

私は、思わず質問してしまいました。もし、凶悪な犯罪者だったらどうしようか、なんて考えても見たけれど、どこかできっと違うなんて確信しようもない確信を持っていたのです。きっと、この男は神様が私の残り少ない人生にくれた非日常的な贈り物なんだと、決め付けました。

「泥棒だよ。」

男は、子どもをからかうような態度で言いました。

「嘘よ。」

「どうして、そう思うの?」

「じゃあ訊くけど、泥棒って普通、家の中にいる人に鍵を開けてもらうの?」

私がそう言うと、男は吹き出した。君はおもしろいことを言うねって。そして、私の頭を子どもを褒めるときのように撫でてくれたのです。やさしくて、でも少し頼りなさげな綺麗な手。男は、ベッドの横に置いてあるイスに腰掛けました。

「でも、泥棒っていうのは本当なんだ。」

「じゃあ、なにか盗んだものを見せてよ。」

男は、綺麗に笑ってみせました。あんまり綺麗だから、一瞬だけど自分を忘れていました。

「今は見せられないんだ。」

やっぱり、泥棒なんて嘘なんでしょう。

「でも、早朝にそれは現われるんだ。」

「早朝?」

「そう。早朝、中庭に来てごらん。」



「あれ?」

時計を見ると針が11時をさしていました。

「夢か。」

少し落ち込みました。ふと枕もとに目をやると、桜の花びらが落ちていました。








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