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勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした【改稿版】  作者: エス
第一章 理想の筋肉、現る

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平和な朝にご用心

 焼きたての黒パンをちぎり、スープと一緒に口へ運ぶ。ふんわりとしたスクランブルエッグに、厚切りのハム。それに、たっぷりの野菜を盛ったサラダ。いつもと変わらない、簡素だが栄養のことを考えた朝食だ。


「ヴォルフ様! 今日のドレッシングはレモンと玉ねぎがベースです! 疲労回復と筋肉修復に、ばっちり効きますよ!」


 ルーディが得意げに片目をつぶってみせる。朝からよくもまあこれだけ張り切れるものだ。料理の腕だけは確かだから、文句はないが。


「お前な。毎朝毎晩、筋肉を育てる食材ばかり……。俺は別に、筋肉バカを目指してるわけじゃないぞ。騎士として当然の鍛錬をしているだけで、筋肉がついたのは結果だ。目的じゃない」


「わかってますって! でもその、意図せずこの筋肉、という事実が、また尊いんですよ!」


 ルーディは俺の腕へ視線を落とし、うっとりと目を細める。


「俺の夢はね、ヴォルフ様の筋肉に合う最強のメニューを作ることなんです。朝昼晩、完璧に!」


 胸の前でぐっと両拳を握りしめるルーディを横目に、艶々とうまそうなトマトにフォークを突き刺した。


「ほどほどにしとけ。またマチルダに怒られるぞ」


 その言葉を待ち構えていたかのように、食堂の扉が勢いよく開く。


「ええ、ええ。怒ってますとも。昨日の『たんぱく質五種入りスープ』の時点で、とっくに!」


 拭き上げたカップを山ほど載せた銀盆を抱え、マチルダがずかずかと入ってきた。その目は当然のようにルーディへ向けられている。


「私はね、これ以上坊ちゃまに筋肉がついて、ますますモテなくなるのが心配なんです」


「えっ、でもヴォルフ様の筋肉、めちゃくちゃ理想的じゃないですか」


「時代は華奢なんです! 華奢な男がモテるんです! この国では!」


 マチルダの一喝に、ルーディは「ひぃっ」と声を漏らして肩をすくめた。


 そのすぐ横では、ハロルドが淡々と紅茶を注いでいる。銀糸の混じった髪をきっちりと撫でつけた老執事は、口数こそ少ないが、この屋敷のことなら俺よりよほどよく把握していた。


「ところでヴォルフ様、例の新しいメイドが来るのは今日でございましたね」


「ああ。昼前には着くそうだ」


「お部屋の支度もすっかり整っておりますよ」


 そう口を挟みながら、マチルダが俺の皿の脇に落ちた卵のひとかけを、すかさず布巾で拭き取る。たった今まで、棚にカップを並べていたはずなのに。ほんとにこの乳母は、目が五つくらいあるんじゃないか。


「かわいい子だといいですねぇ」


 ルーディがにやりと口角を上げ、こちらの反応を窺うような目を向けてくる。まあ、こいつは無視でいい。


「メイドの対応はマチルダに任せる。ハロルドとルーディは、いつも通りの仕事をしていてくれ」


 ハロルドが静かに一礼する。その隣でルーディも「了解ですっ!」と威勢よく敬礼した。が、すぐにマチルダにじろりと睨まれ、すごすごと腕を下ろした。


「ルーディ! 変な目で見たら承知しませんよ?」


「み、見ませんってばーっ!」


 どうやら今日も、平和な一日になりそうだ。



   ◇ ◇ ◇



 ヒュッ…………ヒュッ…………


 木剣が鋭く空を切る音が、中庭に響いていた。


 朝食を済ませたあと、すっかり手持ち無沙汰になった俺は、中庭に出て素振りを始めた。普段、休暇など滅多に取らないせいか、こうして休みになると逆に困る。


 今日は新しいメイドが来る予定だったから、念のため邸にいることにしたのだが、よく考えればハロルドもマチルダもいるんだ。俺が出るまでもない。こんなことなら、いつも通り仕事に行けばよかった。


 とはいえ、いざ剣を振り始めれば、雑念はすっと消えていく。ひたすら振り続け、そろそろ腕にも疲れを感じ始めたころ、邸の前に一台の馬車が停まった。


(例のメイドが到着したのか?)


 いや、メイドが馬車で来るだろうか。それなら客かもしれないな。まあ、別にどっちでもいい。


 俺は再び剣を構えた。あと五百回ほどと決めたものの、二、三度振ったところで、邸の入り口が何やら騒がしくなる。おまけに、マチルダの叫び声まで聞こえてきた。


「な、なんですってえぇぇぇぇ!? ちょ、ちょっと、こちらへ!」


(なんだ?)


 素振りの手を止め、額の汗を袖で拭いながら声のしたほうへ目をやると、ほどなくして顔を真っ赤にしたマチルダが、こちらへ向かってものすごい勢いで駆けてきた。腰が痛いと言っていたはずなのに、なんだ、走れるじゃないか。


 だがその必死の形相は、どうにも尋常じゃない。マチルダは俺の前まで来ると、前かがみになって膝に手をつき、はぁはぁと肩で息をしている。まったく、いい年をしてそんなに走るからだ。


「ぼ、坊ちゃまっ……! メ、メ、メイドじゃございませんっ……! あれは……っ! お嬢様ですっ! それも、とびきり上等なやつですっ!」


「は?」


 何を言っているのかさっぱりわからない。お嬢様だの、とびきり上等だの、いったい何の話だ?


「とにかく! とにかく一度、いらしてくださいませっ!」


 マチルダは俺の返事も待たず、がしりと腕を掴んだ。どこにそんな力が残っていたのか、そのまま俺をぐいぐいと引っ張っていく。


「ちょっと待て。説明くらい――」


「いいから来てください、坊ちゃまっ! 見ればわかりますからっ!」


 そんなに慌てていったい何を見ろというのだか。だが、こうなったマチルダに何を聞いても無駄なことだけはわかる。諦めて、引かれるままに足を動かした。


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