居場所と、面倒な奴
街に入って、しばらく歩いた。
石畳。行き交う人。露店の匂い。
「……普通の街、だな」
さっきまでの出来事が嘘みたいだった。
でも現実だ。
金も少ない。
知り合いもいない。
「……とりあえず、宿か」
野宿は無理だ。
精神的に。
見つけたのは、小さな宿屋だった。
看板には『木漏れ日の宿』と書いてある。不思議と文字が読める。
扉を開ける。
カラン、と音が鳴った。
「いらっしゃいませー」
奥から出てきたのは、俺と年の近そうな少女だった。
茶色の髪を後ろでまとめて、エプロン姿。
ぱっと見て分かる。
(……いい子そう)
「宿泊ですか?」
「え、ああ……一泊いくら?」
「銅貨五枚です」
(安いのか高いのか分からん……)
とりあえず払える額ではある。
「じゃあ、一泊」
「はい!」
にこっと笑う。
それだけで、少し緊張がほどけた。
部屋は簡素だった。
ベッドと机だけ。
でも――
「……助かった」
横になる。
体が一気に重くなる。
今日は色々ありすぎた。
召喚されて、戦って、また落ちて、捕まって、無能扱いされて、また戦って。
「……疲れた」
目を閉じかけた時。
コンコン、とノック。
「はい?」
「ご飯、どうします?」
さっきの少女の声だ。
「……あるの?」
「簡単なものですけど」
腹が鳴った。
「……お願いします」
食堂は一階にあった。
他に客は数人。
出てきたのは、スープとパン。
「どうぞ」
「……いただきます」
一口。
――温かい。
「……うまい」
思わず声が出た。
少女が嬉しそうに笑う。
「よかったです」
「ここ、やってるの一人?」
「いえ、親が奥に。でも今は仕込み中で」
なるほど。
「俺、リョウマ。今日来たばっかでさ」
「リナです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
自然なやり取り。
それだけで、少し安心する。
――その時。
視界の端に、メニューのような表示が浮かんだ。
(あ)
食事バフ。
HP微回復。
ゲームのUI。
思わず、じっと見てしまう。
「……どうしました?」
「え?」
「今、空中見てませんでした?」
ドキッとする。
(やばい)
「いや、その……虫」
「虫?」
「うん、なんか飛んでた気がして」
適当すぎる言い訳。食堂で「虫」はマズかったか?
リナは首をかしげる。
「……そうですか?」
「うん」
笑って誤魔化す。
数秒の沈黙。
「……変な人ですね」
「ひどくない?」
でも、笑っている。
完全に疑っている感じではない。
(セーフ……か?)
心臓が落ち着く。
食事を終えて、立ち上がる。
「ごちそうさま」
「はい、またどうぞ」
その時。
入口の方で、ガタンと音がした。
「おい、リナ」
入ってきたのは、小柄な少年。
ボロい服。鋭い目。
明らかに“まともじゃない側”。
「また来たの、ノノ」
リナがため息をつく。
「金ならないよ」
「今日は別件だよ」
ノノと呼ばれた少年が、俺を見る。
じっと。
観察するように。
「……あんた、新入りだろ」
「そうだけど」
「森、行ったよな?」
背筋が冷える。
(なんで知ってる?)
「別に」
「へぇ」
にやっと笑う。
「じゃあさ、なんで“狼”倒せてんの?」
「……っ」
言葉が詰まる。
リナが驚いた顔で俺を見る。
「え、倒したんですか?」
「いや、それは――」
「見てたんだよ、遠くから」
ノノが割り込む。
「詠唱なしで魔法撃ってたよな?」
完全に、アウト寄りの状況。
(こいつ……!)
どうする。
否定?
さっきと同じ嘘?
でも、こいつは見てる。
誤魔化しきれない。
ノノが一歩近づく。
小声で囁く。
「バラされたくなかったらさ」
にやりと笑う。
「ちょっと付き合えよ」
最悪だ。
でも――
(断れる状況じゃない)
「……分かった」
小さく答える。
リナが不安そうに見る。
「大丈夫ですか?」
「……まぁ、なんとか」
軽く手を振る。
ノノに促され、外へ出る。
夜の路地裏。
人目がない場所。
「で?」
俺が言う。
「何が目的だ」
ノノが振り返る。
「簡単だよ」
肩をすくめる。
「あんたの“秘密”、俺は知ってる」
逃げ場はない。
「でも、バラす気はない」
「……条件は?」
「話が早くて助かる」
にやりと笑う。
「俺の役に立て」
「は?」
「この街のこと、色々教えてやるよ。代わりに――」
指を立てる。
「あんたの力、ちょっとだけ使わせてもらう」
「……」
最悪の提案。
でも、選択肢はない。
「……分かった」
短く答える。
ノノが満足そうに笑う。
「交渉成立だな、レベル1」
「その呼び方やめろ」
それに、もうレベル2だ。
「嫌だね」
くくっと笑う。
面倒な奴に捕まった。
でも――
「……情報、あるんだろ」
「もちろん」
ノノが言う。
「あんたが探してる“召喚士”の話もな」
心臓が跳ねた。
「……どこで聞いた」
「さぁな」
わざとらしく肩をすくめる。
「でも、いるぜ。この街に“関係者”が」
――繋がった。
点だったものが、線になる。
「……教えろ」
「順番だって言ったろ」
ニヤリ。
「まずは、俺の依頼からだ」
ため息が出る。
完全に巻き込まれた。
でも――
(進んだ)
確実に。
あの子に近づく手がかり。
「……いいよ」
顔を上げる。
「乗ってやる」
ノノが笑う。
「決まりだな」
夜空を見上げる。
知らない星。
知らない世界。
でも――
「……一人じゃなくなったか」
小さく呟く。
面倒な奴と、優しい奴。
両方手に入った。
動き始めた。
そう思った。
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