セルティとの会話
ナーガクイーン討伐隊は、思ったより大所帯だった。
第三王子ヴィクトルのパーティー。
その護衛役の兵士が数名。
ラムゼールの冒険者パーティーがいくつか。
そして、その中には見覚えのある顔も混じっていた。
ミラとノノだ。
俺は思わず、狼仮面の下で顔を引きつらせた。
よりによって、ここにミラとノノがいるのか。
いや、実力を考えればおかしくはない。ナーガクイーン討伐に呼ばれる程度には腕が立つ冒険者なのだろう。
だが、俺としては困る。
ミラは妙に勘が鋭い。
以前から、俺の事を怪しんでいる節があった。
今の俺は狼仮面を被っているので、顔は見えない。
だが、下手に話せば声や仕草で気づかれる可能性がある。
いや、たぶん大丈夫だ。
ゴンベエの時の声を作れば良い。
落ち着け、俺。
そう自分に言い聞かせていると、ヴィクトルが当然の様に俺を自分のパーティーの横へ招いた。
「ゴンベエ殿は、こちらに入ってくれ。コッコ殿も一緒に」
「……承知しました」
逃げ道が塞がれた。
第三王子のパーティーに加わるという事は、当然、その中にいるセルティとも近くなるという事である。
俺の心臓は、朝から休む暇がない。
コッコはというと、何も考えていない様子で、どすどすと俺の隣を歩いている。
羨ましい。
俺もコッコぐらい堂々としていたい。
討伐隊は、ナーガの巣があるという森の奥へ向かって進んだ。
斥候が先行し、道中の安全を確認する。
俺たちは、その後ろを一定の距離を保って進む。
戦闘前の緊張感が漂っていた。
ただ、俺だけは別の緊張も抱えていた。
セルティが近い。
近いのだ。
少し横を見れば、そこにセルティがいる。
凛とした横顔。
無駄のない歩き方。
装備も実用的で、動きやすそうだ。
野外演習の時も思ったが、やはり格好良い。
そして綺麗だ。
俺は狼仮面の下で、完全に不審者の顔になっていたと思う。
仮面があって本当に良かった。
「あの」
不意に、セルティがこちらへ声をかけて来た。
「ひゃい」
変な返事が出た。
終わった。
俺の中で何かが終わった。
いや、まだだ。
狼仮面を被っているから、表情は見えない。
声も少しこもっている。
たぶん、ギリギリ誤魔化せる。
「……ひゃい?」
セルティが少し首を傾げた。
「失礼。何でしょうか」
俺は咳払いして、声を作った。
落ち着け。
ゴンベエだ。
俺は今、流浪の修行者ゴンベエなのだ。
「そのコカトリスは、ずっと召喚したままなのですか?」
「え?」
「いえ、召喚獣にしては、召喚時間が長すぎる気がして」
セルティは、興味深そうにコッコを見上げた。
その目に、警戒よりも純粋な関心が浮かんでいる。
そうか。
セルティも召喚士だ。
同じ召喚士仲間だと思っているのかもしれない。
いや、実際には俺は召喚士ではない。
コッコはインベントリから出しているだけだ。
だが、そんな事を言える訳がない。
「そ、そうですね。少々、特殊な契約をしておりまして」
「特殊な契約……」
セルティの目がさらに輝いた。
しまった。
適当に誤魔化したつもりが、興味を引いてしまった。
「召喚時の魔力消費を抑える術式ですか? それとも、常駐型の使役契約?」
「ええと……その、まあ、色々と」
駄目だ。
俺の知識では、専門的な会話についていけない。
召喚士設定、危うい。
非常に危うい。
隣でヴィクトルが、実に楽しそうにこちらを見ている。
こら。
知っているなら助けろ。
いや、助ける気がない顔だ。
この王子、俺が困っているのを完全に楽しんでいる。
「コカトリスだけを召喚されるのですか?」
セルティがさらに尋ねて来た。
「えっ」
「いえ、召喚士は複数の召喚獣を扱う方が多いので。ゴンベエ殿は、コカトリスの専門なのかと」
「せ、専門……そう、専門です」
俺は勢いで頷いた。
「コカトリス道を極めております」
何だ、コカトリス道って。
自分で言っておいて、意味が分からない。
だが、セルティは真面目に受け止めたらしい。
「なるほど。特化型なのですね」
「はい。特化型です」
「珍しいですね。けれど、一体に絞る事で深い連携を可能にしているのなら、理にかなっています」
「あ、はい。そういう感じです」
助かった。
セルティが勝手に格好良く解釈してくれた。
俺はただ、他に召喚獣がいないだけである。
いや、召喚獣ですらない。
「コッコ殿、でしたね」
「コケ?」
セルティが呼ぶと、コッコが首を傾げた。
「とても立派な子ですね」
「コケェ」
褒められて、コッコが嬉しそうに胸を張る。
セルティは、その様子を見て少し笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺の頭の中で変な音がした。
可愛い。
いや、知っていた。
セルティが可愛い事ぐらい、前から知っていた。
だが、近くで見ると破壊力が違う。
ナーガクイーンより危険かもしれない。
少なくとも俺の心臓には危険だ。
「コッコ殿は、言葉が分かるのですか?」
「ある程度は。とても賢いので」
「コケッ」
コッコが偉そうに鳴く。
いや、お前、鍵の概念は分からなかっただろう。
でも賢い。
可愛いから賢い。
俺の中ではそれで良い。
「私のフェンリルも、かなり言葉を理解します。戦いの中では、細かい意思疎通が大事ですから」
「フェンリル……」
俺は思わず反応した。
野外演習でも見た、セルティの召喚獣だ。
白銀の狼。
美しく、強く、気高い魔獣。
あれを召喚できる時点で、セルティは相当凄い。
「後で、コッコ殿と並べてみたいですね」
「えっ」
「嫌ですか?」
「い、いえ、嫌ではありません」
嫌な訳がない。
セルティのフェンリルとコッコが並ぶ。
それをセルティと俺が一緒に見る。
何だ、その幸せな光景は。
いや、待て。
俺はゴンベエだ。
リョウマとしてではなく、ゴンベエとしてセルティと距離が縮まっている。
これは良いのか。
良くないのでは。
でも嬉しい。
ものすごく嬉しい。
俺は狼仮面の下で、また百面相を始めた。
にやける。
慌てる。
落ち込む。
またにやける。
忙しい。
「ゴンベエ殿?」
「いえ、何でもありません」
「そうですか?」
「はい。仮面の中に虫が入っただけです」
「虫が?」
セルティが心配そうにした。
ヴィクトルが、後ろで肩を震わせている。
笑うな。
王子なら王子らしく、もっと威厳を持て。
そんなやり取りをしながら進むうちに、斥候が戻って来た。
討伐隊の空気が、すぐに引き締まる。
「報告します。前方の窪地にナーガの巣を確認。数は多くありません。およそ二十。ただし、上位体らしき個体が数体います」
「ナーガクイーンは?」
ヴィクトルが尋ねる。
「奥にいると思われます。装飾の多い大型個体を確認しましたが、周囲の護衛が厚く、接近は困難でした」
「分かった」
ヴィクトルは頷き、周囲を見る。
「数は少ないが、上位体がいる。油断はできない。まず巣に向けて上級魔法を放ち、敵を外へ引きずり出す。飛び出して来たところを前衛が押さえ、召喚獣で突破口を開く」
指示は簡潔だった。
冒険者たちも、兵士たちも、すぐに動く。
さっきまでセルティにどぎまぎしていた俺も、ここで気持ちを切り替えた。
切り替えたつもりだ。
セルティが隣にいるので、八割ぐらいしか切り替わっていない。
まあ、八割切り替われば十分だろう。
「セルティ」
ヴィクトルが声をかける。
「フェンリルを」
「はい」
セルティが静かに頷いた。
足元に召喚陣が広がる。
白い光が立ち上り、その中から巨大な白銀の狼が現れた。
フェンリル。
何度見ても美しい。
そして強そうだ。
フェンリルはセルティに寄り添う様に立ち、コッコを見た。
コッコもフェンリルを見る。
「コケ」
「グル……」
何か通じ合ったのだろうか。
不思議と敵対する雰囲気はなかった。
むしろ、互いに実力を認め合っている様にも見える。
いや、俺の勝手な妄想かもしれない。
でも、そう見えた。
「頼みます、ゴンベエ殿」
セルティがこちらを見る。
「コッコ殿とフェンリルで、敵の正面を割ります」
「承知しました」
俺は、できるだけ渋く頷いた。
内心は、セルティに頼まれたというだけで、ちょっと舞い上がっている。
駄目だ。
戦闘前だぞ。
しっかりしろ、俺。
討伐隊は、ナーガの巣を見下ろせる位置に移動した。
窪地の奥には、蔦や倒木、岩を利用して作られた奇妙な巣があった。
人間の集落とは違う。
だが、ただの魔物の住処でもない。
武器が並べられ、見張りが立ち、動線が作られている。
知性のある魔物の巣。
そう思うと、背筋が冷えた。
ヴィクトルが手を上げる。
魔術師たちが詠唱を始める。
セルティも、フェンリルの首元に手を置き、静かに呼吸を整えていた。
俺はコッコの横に立つ。
「コッコ、今度はフェンリルと一緒だ。張り切りすぎて前に出すぎるなよ」
「コケッ」
分かっているのかいないのか、コッコは力強く鳴いた。
まあ、分かっていなくても頼もしい。
「放て!」
ヴィクトルの声が響いた。
次の瞬間、上級魔法がナーガの巣へ降り注いだ。
炎が爆ぜる。
雷が走る。
風の刃が蔦を切り裂く。
地面が揺れ、巣の一部が吹き飛んだ。
甲高い威嚇音が、窪地の奥からいくつも上がる。
ナーガたちが飛び出して来た。
昨日の群れより数は少ない。
だが、明らかに格が違う。
鱗が濃い色を帯び、武器も上等だ。
中には、腕が四本ある個体までいる。
そして、その奥。
装飾を纏った大柄なナーガが、ゆっくりと姿を見せた。
たぶん、あれがクイーン。
いや、見ただけで分かる。
嫌な圧がある。
「前衛、構え!」
ヴィクトルの声。
「コッコ殿、フェンリル!」
セルティの声。
俺は剣を抜き、ブレイドを発動させた。
「行くぞ、コッコ!」
「コォケコッコォォォォッ!!」
コッコが叫ぶ。
同時に、フェンリルが低く唸った。
二体の召喚獣――いや、片方は召喚獣ではないが、とにかく二体の巨体が並んで駆け出す。
白銀の狼と、巨大なコカトリス。
その背後を、俺とセルティ、そしてヴィクトルたちが追う。
戦いの幕が、再び上がった。
俺の胸は恐怖と緊張でいっぱいだった。
だが、その横にはセルティがいる。
前にはコッコがいる。
ならば、逃げる訳にはいかない。
俺は狼仮面の奥で、少しだけ笑った。
ほんの少しだけだ。
たぶん。
いや、もしかすると、かなりにやけていたかもしれない。
仮面があって、本当に良かった。
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