ナーガとの邂逅
林の奥へ入ってしばらく、俺はコッコと一緒に魔物を狩っていた。
といっても、最初のうちは大した相手はいなかった。
角兎が出れば、コッコがつつく。
狼型の魔物が出れば、コッコが蹴る。
巨大な芋虫みたいなやつが出れば、俺が全力で見なかった事にしようとして、結局コッコが踏む。
うん。
俺、必要ある?
そんな疑問が頭をよぎったが、気にしない事にした。
コッコが楽しそうなら、それで良いのだ。
「コケッ!」
「はいはい、よくやった」
コッコの首元を撫でると、嬉しそうに目を細める。
可愛い。
ただし、足元には踏み潰された魔物の残骸がある。
可愛いと現実の差が激しい。
そんな感じで狩りを続けていた俺だが、ふと気づいた。
「……誰にも会わないな」
俺は周囲を見回した。
ラムゼール近郊の林である。
街道から少し外れているとはいえ、冒険者がまったく来ない場所ではない筈だ。
むしろ、低レベルの魔物も多いので、駆け出し冒険者が狩りに来てもおかしくない。
だからこそ、俺はコッコの姿を見られない様、かなり警戒していた。
誰かの気配があれば、すぐにインベントリへ戻すつもりだったのだ。
なのに、誰もいない。
足音も、話し声も、剣戟の音もない。
鳥の声さえ、妙に少ない。
「何かあったのか?」
「コケ?」
コッコが首を傾げる。
分からないらしい。
いや、コッコに分かられても困るが。
俺は嫌な予感を覚えながら、さらに奥へ進んだ。
そして、すぐに理由を知る事になった。
木々の間。
草むらの向こう。
そこに、何かがいた。
最初は、人間の女かと思った。
白い肌。
長い髪。
整った顔立ち。
だが、その下半身を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
蛇だ。
腰から下が、巨大な蛇の胴体になっている。
ただの蛇ではない。
太い。
長い。
鱗は濡れた様に光り、ゆっくりと地面を這っている。
そして、そいつは一体だけではなかった。
二体。
三体。
五体。
いや、もっといる。
木々の間から、次々と同じ姿の魔物が現れる。
上半身は人間の女性。
下半身は蛇。
手には槍や曲刀、弓の様な武器を持っている。
ナーガ。
名前だけは聞いた事があった。
知性が高く、群れで行動し、武器を扱う凶暴な魔物。
人に似た姿をしているが、人間の言葉は話さない。
そして、表情がない。
俺は、それを見て背筋が冷たくなった。
彼女たちは美しい顔をしている。
だが、笑わない。
怒らない。
怯えない。
こちらを見ているのに、目だけが冷たい。
まるで、獲物の距離を測る蛇そのものだった。
「……冒険者がいない理由、これか」
おそらく、ナーガの群れがこの辺りに出たせいで、冒険者たちは近づかなくなったのだ。
いや、近づいた者が戻らなかったのかもしれない。
想像したくない話だ。
「シャアァ……」
一体のナーガが、口を開いた。
言葉ではない。
蛇の威嚇音の様な、湿った息の音だった。
すると、周囲のナーガたちが動いた。
速い。
蛇身が地面を滑る様に走り、左右へ広がる。
正面の数体が槍を構え、左右の数体が回り込み、後方の弓持ちが弦を引く。
完全に連携している。
魔物というより、訓練された部隊だ。
「コッコ」
「コケ」
「本気で良い」
俺がそう言った瞬間、コッコの雰囲気が変わった。
さっきまでの、散歩がてら魔物をつついていた可愛い鶏ではない。
体高二メートル近いコカトリス。
バフォメットを踏み潰した、俺の相棒である。
「コォケコッコォォォォッ!!」
コッコが叫んだ。
林の空気が震える。
ナーガたちの動きが、一瞬だけ止まった。
だが、止まったのは一瞬だけだった。
次の瞬間、矢が飛んで来る。
「アイスウォール!」
俺は慌てて魔法を発動した。
目の前に氷の壁が立ち上がる。
矢が突き刺さり、白い霜を散らした。
同時に、左右からナーガが飛び込んで来る。
槍。
曲刀。
狙いは俺だ。
コッコではなく、俺。
弱い方から潰す判断。
嫌になるぐらい賢い。
「ブレイド!」
剣の周囲に魔力の刃を展開する。
右から来た槍を弾き、左の曲刀を受ける。
重い。
上半身は女に見えても、力は完全に魔物だ。
まともに押し合えば負ける。
「アイスボルト!」
至近距離から氷の矢を叩き込む。
ナーガの肩に突き刺さった。
だが、顔色一つ変えない。
悲鳴も上げない。
ただ、冷たい目で俺を見つめたまま、もう一度曲刀を振り上げる。
「怖いわ!」
俺は横へ転がった。
そのすぐ横を、コッコが突っ込んで行く。
ドンッ!
体当たりを受けたナーガが、木の幹に叩きつけられた。
幹がへし折れる。
ナーガはそのまま崩れ落ち、光の粒になって消えた。
強い。
やっぱりコッコは強い。
「コケッ!」
コッコは次のナーガへ向かう。
蛇身で素早く逃げようとするナーガを、コッコは羽を広げて進路を塞ぎ、巨大な脚で踏みつけた。
ぐしゃり。
嫌な音がした。
見なかった事にした。
戦場でいちいち音に反応していたら、心が持たない。
俺は俺で、迫って来るナーガに対処する。
氷の壁で進路を区切る。
アイスボルトで足止めする。
ブレイドで武器を受け流す。
まともに倒すのは難しい。
だが、時間を稼げば良い。
時間を稼げば、コッコが来る。
なんという他力本願。
だが、戦術としては正しい。
「シャアァ!」
弓持ちのナーガが、今度は俺ではなくコッコの目を狙って矢を放った。
「コッコ!」
「コケッ!」
コッコは首をひねって避けた。
矢が羽にかすり、数枚の羽が舞う。
その瞬間、コッコの目つきが変わった。
あ、怒った。
完全に怒った。
「コォケェェェェッ!!」
コッコが翼を広げる。
その両目が、ぎらりと光った。
石化の睨み。
正面にいたナーガたちの動きが鈍る。
完全に石になるほどではない。
だが、身体が硬直し、連携が崩れた。
そこへコッコが突っ込む。
一体を嘴で弾き飛ばし、もう一体を足で押さえ、さらに尾の様に伸びた羽根の一撃で別の一体を薙ぎ払う。
コカトリスって、こんな戦い方をする魔物だっただろうか。
少なくとも、俺の知っている鶏とは違う。
いや、当たり前だ。
鶏はナーガの群れを蹴散らさない。
ナーガたちも、ただやられるだけではなかった。
数体が同時に低い姿勢で滑り込み、コッコの足元を狙う。
別の数体は俺に向かって来る。
完全に分断狙いだ。
「そういうの、やめて欲しいんだけどな!」
俺はアイスウォールを斜めに出した。
正面を塞ぐのではなく、ナーガたちの進路を強引にずらす。
蛇身が氷にぶつかり、滑る。
そこへアイスボルト。
一体の腹部を凍らせる。
動きが鈍ったところへ、ブレイドを振り抜いた。
手応え。
ナーガの身体が光になって消える。
「よし!」
自分で一体倒した。
ちょっと嬉しい。
だが、周囲を見れば、コッコはすでに十体近く倒していた。
嬉しさが薄れる。
いや、張り合う相手ではない。
コッコは相棒であり、主力であり、可愛い。
俺は補助。
それで良い。
たぶん。
戦いは、そこからさらに続いた。
ナーガの群れは想像以上に多かった。
木々の陰から追加で現れる。
岩の上から弓を射る。
蛇身を使って木に絡みつき、上から槍を落として来る者までいた。
知性が高い。
凶暴。
そして、無表情。
どれだけ仲間が倒されても、顔色一つ変えない。
悲鳴も上げない。
ただ冷たい目で、淡々と殺しに来る。
それが不気味だった。
普通の魔物の方がまだ分かりやすい。
怒る。
吠える。
逃げる。
そういう反応がある。
だが、ナーガにはそれがない。
まるで、群れ全体が一つの思考で動いている様だった。
「アイスボルト!」
俺の魔法も、何発撃ったか分からなくなって来た。
魔力の消耗が重い。
腕も痺れている。
だが、コッコはまだ動ける。
「コッコ、いけるか!」
「コケェェッ!」
返事は力強かった。
コッコが地面を蹴る。
最後に残った大柄なナーガが、二本の槍を構えて迎え撃つ。
その顔はやはり無表情。
コッコの嘴が迫っても、逃げない。
槍を交差させ、受け止めようとする。
だが、無理だ。
相手が悪い。
ゴンッ!
槍ごと弾き飛ばされたナーガが宙を舞う。
そこへ、コッコの追撃。
翼で叩き落とし、地面に落ちたところを脚で押さえる。
そして、嘴を一撃。
大柄なナーガは光の粒になって消えた。
静寂が戻った。
林の中に、俺の荒い息だけが響く。
「……終わったか?」
「コケ」
コッコが頷いた様に見えた。
辺りには、大量のドロップ品が転がっていた。
魔石。
鱗。
細身の槍。
曲刀。
弓。
それから、何かよく分からない蛇柄の布。
ナーガのドロップ品だ。
数が多い。
という事は、それだけ倒したという事でもある。
俺は改めて周囲を見回した。
木が折れている。
地面が抉れている。
氷の壁の残骸が溶けかけている。
酷い有様だった。
「……八割、コッコだな」
「コケッ」
コッコは得意げに胸を張った。
「いや、褒めてる。めちゃくちゃ褒めてるぞ」
俺はコッコを撫でた。
この子がいなかったら、俺はたぶんナーガの群れに囲まれて終わっていた。
冗談抜きで。
「助かった。ありがとうな」
「コケェ」
コッコは嬉しそうに喉を鳴らした。
俺はドロップ品を片っ端からインベントリに収納した。
ナーガの武器は売れるのだろうか。
魔石は確実に売れるだろう。
鱗も素材になるかもしれない。
ただ、これだけ大量に売れば、どこで手に入れたのか聞かれそうだ。
面倒だ。
実に面倒だ。
「まあ、後で考えよう」
俺はそう言って、コッコもインベントリへ戻した。
「お疲れ、コッコ」
「コケッ」
最後まで元気だった。
頼もしい。
そして俺は、ブラッディウルフ装備を脱いだ。
狼仮面も外し、装備一式をインベントリへしまう。
いつもの冒険者リョウマの姿に戻る。
これで、ただ近場で狩りをして帰って来た冒険者に見える筈だ。
見えると良いな。
少なくとも、巨大コカトリスを連れてナーガの群れを壊滅させた男には見えない筈だ。
俺は街へ向かった。
疲れている。
腹も減った。
とにかく早く宿に戻りたい。
そう思いながら林を抜けると、遠くにラムゼールの城壁が見えた。
そして、俺は足を止めた。
「……何だ、あれ」
街の様子がおかしい。
城壁の上に兵士が並んでいる。
門の前にはバリケードらしきものが組まれ、槍を持った兵士たちが慌ただしく動いている。
遠目にも分かる。
臨戦態勢だ。
ただの警戒ではない。
本格的に、何かの侵攻に備えている。
「まさか……ナーガか?」
俺は、さっきの群れを思い出した。
あれだけの数が街の近くに出たのだ。
誰かが発見して、街に報告したのかもしれない。
あるいは、すでに一部のナーガが街道近くまで出ていたのか。
冒険者が消えた。
ナーガの群れが確認された。
街は侵攻に備えた。
そして、そのナーガの群れを俺とコッコが壊滅させた。
……これ、どう説明する?
俺が正面から街へ戻ったら、門で質問されるだろう。
どこから来た。
外で何を見た。
ナーガに遭遇しなかったか。
ドロップ品を持っていないか。
いや、最後は聞かれないかもしれないが、インベントリの中には大量のナーガ素材がある。
変に調べられたら困る。
そして何より、今の俺は疲れている。
嘘をつき通す自信がない。
「……戻るか」
俺は、街から見えない林の中へ引き返した。
情けないが、仕方ない。
正面突破は危険だ。
ブランゼール公爵邸からはコッコと極大魔法で出て来たが、ラムゼールの街門相手に同じ事はできない。
というか、やってはいけない。
俺は木陰にしゃがみ込み、メニューを開いた。
ショップ。
課金アイテム一覧。
「こっそり街に戻れるアイテム……何かないか」
転移。
変装。
隠密。
気配遮断。
透明化。
いろいろな単語を頭の中で思い浮かべながら、ラインナップに目を走らせる。
便利なアイテムがあれば良い。
できれば安いやつ。
とても安いやつ。
ボルケーノで痛んだ俺の心と財布に優しいやつ。
だが、こういう時に限って、ショップの品はやたら魅力的で、やたら高い。
「……世の中、うまくいかないなぁ」
俺は林の影で、小さくため息を吐いた。
街はナーガの侵攻に備えて臨戦態勢。
そのナーガは、たぶんもういない。
俺とコッコが倒したから。
しかし、それを言えばまた目立つ。
言わなければ、街はしばらく大騒ぎ。
どう転んでも面倒である。
俺はただ、ちょっと狩りをしてから普通に街へ戻りたかっただけなのに。
本当に、俺の平穏というやつは、どこへ行ってしまったのだろうか。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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