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最強召喚のはずがレベル1の俺でした~でも課金スクロールでボスを倒したら追い返された件~  作者: あおおに


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夜空に咲く極大魔法

 階段を上り切ると、地下特有の湿った空気が、ようやく背中から剥がれ落ちた。

 代わりに流れ込んで来たのは、夜の冷たい空気である。

 ブランゼール公爵邸の裏庭らしき場所だった。高い塀に囲まれ、整えられた芝と植え込みが広がっている。昼間に見れば、さぞかし立派な庭なのだろう。

 だが、今は夜だ。

 月明かりと、ところどころに置かれた灯りだけが、庭をぼんやりと照らしている。


「……さて、どう帰るかな」

 俺はそう呟いた。

 正面から帰るのは、たぶん無理だ。

 いや、正面から帰るどころか、ここは敵の本拠地である。無事に庭まで出られただけでも、かなり上出来だろう。

 などと考えていると、案の定、周囲が騒がしくなった。

「いたぞ!」

「地下牢から出て来た!」

「化け物も一緒だ!」

 たいまつの灯りが、いくつもこちらへ集まって来る。


 ガチャガチャと鎧の音が響き、剣を抜く音もした。

 あっという間に、俺とコッコは公爵家の私兵たちに取り囲まれていた。

 数は、ざっと三十人ほどか。

 いや、奥からさらに増えている。

 さすが公爵家。兵隊の数だけは多い。

「動くな!」

「抵抗するな!」

「その化け物を下がらせろ!」

 私兵たちは口々に叫んだ。


 だが、声のわりに腰が引けている。

 まあ、当然だろう。

 目の前には、体高二メートル近いコカトリスがいるのだ。

 しかも、地下でバフォメットを踏み潰した直後なので、コッコも若干テンションが高い。

「コケ?」

 コッコが首を傾げた。

 ただそれだけで、最前列の私兵たちが一歩下がる。

 うん。

 気持ちは分かる。

 俺だって、敵だったら逃げたい。


「貴様! 何者だ!」

 隊長らしき男が叫んだ。

 声は大きい。

 しかし、剣先が微妙に震えている。

 やる気があるのか、ないのか、非常に分かりにくい。

「ゴンベエと申す」

「ふざけるな!」

「名乗れと言われたから名乗ったのだが」


「地下牢から勝手に出て来た罪人が、何を偉そうに!」

「いや、私は正式に罪人になった覚えはない。公爵閣下に招かれ、地下牢に入れられ、公爵閣下に殺されかけたので、やむなく出て来ただけだ」

「そんな理屈が通るか!」

 隊長はそう叫んだが、周囲の私兵たちは微妙な顔をしていた。

 たぶん、事情を何も知らされていないのだろう。

 あるいは、知っていても深く関わりたくないのかもしれない。


 公爵家に雇われている以上、命令には従う。

 だが、だからと言って、巨大コカトリスに突撃したい訳ではない。

 その辺りの本音が、顔に出ていた。

「隊長、どうします?」

「どうしますも何も、捕らえるに決まっているだろう!」

「でも、あの鳥……」

「鳥ではない、コカトリスだ」

 俺が訂正すると、隊長が怒鳴った。

「黙れ!」

「はーい」

 俺は素直に黙った。

 すると、隊長はまた不機嫌そうな顔をした。


 さっきの公爵と同じ反応である。

 偉そうな人間は、黙れと言っておいて黙られると困る病気でも患っているのだろうか。

 私兵たちは、じりじりと距離を詰めて来る。

 とはいえ、本当にじりじりだ。

 一歩進んでは止まり、コッコが羽を動かすと二歩下がる。

 結果として、ほとんど距離が詰まらない。

 何なら、最初より少し遠くなっている。

「コッコ、暴れるなよ」

「コケ?」

「いや、分かる。目の前に敵がいっぱいで、やる気が出るのは分かる。だが、できれば怪我人は出したくない」

「コケェ……」

 コッコは少し残念そうに鳴いた。


 何だろう。

 この子、戦うの好きだな。

 まあ、コカトリスだしな。

 仕方ないのかもしれない。

 しかし、どうしたものか。

 コッコに石化の睨みを使わせれば、この場の私兵たちの大半は行動不能にできるだろう。だが、人数が多い。石化をすり抜ける者も、けっこう出て来るに違いない。

 体当たりをさせれば、もっと面倒だ。

 死人が出るかもしれない。


 ブランゼール公爵はどうなっても知らないが、末端の私兵まで本気で潰すのは気が引ける。

 彼らはたぶん、命令されて来ただけだ。

 そして、できれば命令に従いたくない顔をしている。

「仕方ない」

 俺はインベントリを開いた。

 こういう時の為の課金アイテムだ。

 正確には、こういう時が来て欲しくなかったので、用意しておいた。

 火の極大魔法スクロール――――『ボルケーノ』。


 ショップ画面で見た時は、正直、値段に手が震えた。金貨一枚───。

 これを現実の金額に換算したら、俺はたぶん泣く。

 いや、換算しない。

 絶対にしない。

 精神衛生上、よろしくない。

「おい、何をしている!」

 隊長が叫ぶ。

 俺は、取り出した赤黒い巻物を広げた。


 途端に、周囲の空気が変わる。

 夜の冷気の中に、真夏の炉の前に立った様な熱が混じった。

 私兵たちの顔が引きつる。

 魔法に詳しくない者でも、分かるのだろう。

 これは、普通の魔法ではない。

「全員、耳を塞ぎ、目を伏せろ」

 俺は低く言った。

「死にたくなければ、上を見るな」


「な、何を……」

「コッコ、伏せ」

「コケッ」

 コッコは俺の横で、ぺたんと身体を低くした。

 可愛い。

 いや、可愛いが、今はそれどころではない。

 俺はスクロールを夜空へ向けた。

 発動。


 その瞬間、世界が赤くなった。

 まず、音が消えた。

 正確には、あまりにも大きな轟音が鳴る直前、世界が一拍だけ静止した様に感じた。

 次に、巻物から一本の炎の柱が天へ突き上がった。

 炎と言っても、焚き火や松明とは次元が違う。

 それは巨大な火山の噴火そのものだった。

 赤。

 橙。

 白。

 あまりの高温に、中心部は目が痛くなるほど白く輝いている。


 火柱は屋敷の屋根をはるかに越え、城壁の上空を突き抜け、夜空の雲を内側から燃やす様に染め上げた。

 遅れて、轟音が落ちて来た。

 ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!

 地面が揺れる。

 塀が軋む。

 屋敷の窓という窓が震え、遠くで何かが割れる音がした。

 私兵たちは、一斉に悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 立っていられる者などいない。

 俺も、コッコの身体に手を置いていなければ、尻餅をついていたかもしれない。


 炎の柱は、さらに空の高みで爆ぜた。

 夜空一面に、溶岩の花が咲いた。

 真っ赤な光が雲を焦がし、王都の上空に巨大な火山の幻を作り出す。

 火の粉の様な光が雨の様に広がる。

 だが、不思議な事に、地上には降って来ない。

 スクロールの魔法として制御されているのだろう。

 あくまで、放った方向は上。

 破壊は空へ。

 威嚇は地上へ。


 なんとも贅沢な使い方である。

 俺の財布以外には。

「……うわぁ」

 自分で使っておいて、俺は間の抜けた声を出した。

 極大魔法、怖い。

 たぶん、これを地面に向けて撃っていたら、公爵邸の庭どころか屋敷の半分ぐらい吹き飛んでいた。

 いや、半分で済むだろうか。

 考えたくない。


 炎の柱が消えた後も、夜空はしばらく赤く光っていた。

 まるで王都の上に、巨大な火山口が開いた様だった。

 遠くから鐘の音が聞こえる。

 王都のどこかで、警報が鳴らされたのだろう。

 そりゃ鳴る。

 俺でも鳴らす。

「な、な、な……」

 隊長が尻餅をついたまま、口をぱくぱくさせていた。

 他の私兵たちも似た様なものだ。

 剣を構えていた者は、いつの間にか剣を落としている。

 盾を持っていた者は、盾の裏に隠れて震えている。

 中には、完全に寝たふりをしている者までいた。


 おい。

 分かるけど。

「今のは上に撃った」

 俺は静かに言った。

「次も上に撃つとは限らない」

 嘘である。

 そんな高価なスクロール、何本も気軽に撃てる訳がない。

 だが、私兵たちは知らない。

 知らないというのは、実に便利だ。

 隊長の顔から血の気が引いた。


「ぜ、全員、下がれ! 下がれぇ!」

 命令する前から、ほとんど下がっていた。

 やる気のない私兵たちの撤退は、実に速かった。

 逃げる時だけは、きびきびしている。

 それはそれで、生き残る才能だと思う。

 俺は内心でほっと息をついた。

 これで、少なくとも目の前の私兵たちとは戦わずに済む。

 そう思った、その時だった。


 公爵邸の外側から、別の騒音が近づいて来た。

 馬の蹄。

 鎧の音。

 だが、公爵家の私兵たちとは違う。

 揃っている。

 足音が乱れていない。

 掛け声も短く、余計な悲鳴がない。

「門を開けろ!」

 鋭い声が夜を裂いた。

「第三王子殿下の命である!」

 次の瞬間、正門の方で大きな音がした。

 開けたのか。

 開けさせられたのか。

 あるいは、壊したのか。

 そこまでは分からない。

 だが、ほどなくして、兵士の一団が庭へ雪崩れ込んで来た。


 公爵家の私兵とは、空気が違う。

 鎧は地味だが、手入れが行き届いている。

 動きに無駄がない。

 前列が盾を構え、後列が周囲を確認し、数人が倒れている私兵たちを素早く制圧していく。

 誰かが叫ぶ。

 誰かが喚く。

 だが、その兵士たちは動じない。

 まるで、最初からこうなる事を想定していたかの様だった。


「狼仮面の剣士殿!」

 一団の中から、責任者らしき男が進み出た。

 三十代半ばぐらいだろうか。

 頬に古い傷があり、目つきは鋭い。

 ただ、公爵の様な嫌な鋭さではない。

 戦場で鍛えられた人間の目だ。

「貴殿がゴンベエ殿で相違ないか!」

「いかにも」

 俺は警戒しながら答えた。


 横でコッコが、いつでも動ける様に首を持ち上げる。

 兵士たちの何人かが、ぎょっとした顔をした。

 しかし、すぐに持ち場へ意識を戻す。

 立派だ。

 コッコに驚きはするが、仕事は止めない。

 さっきの私兵たちとは大違いである。

「私は第三王子殿下麾下、近衛分隊長のバルガス。殿下の命により、貴殿の救出に参った」



読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

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