対決!
「何用か、だと?」
ブランゼール公爵は、わずかに眉を動かした。
怒ったのだろう。
だが、怒鳴りはしない。
こういうところは、さすがにゼムダとは違う。あいつなら、この時点で顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら喚いていた筈だ。
「貴様、自分の立場が分かっているのか?」
「鉄格子のこちら側にいる、という事ぐらいは分かっている」
「ならば、その口の利き方は何だ」
「いや、鉄格子越しに話しているのだから、声を張るぐらいは許してもらいたい。何しろ、この部屋は湿気が酷い。声も湿りそうだ」
俺がそう言うと、公爵の後ろに控えていた兵士の一人が、わずかに口元を引きつらせた。
笑いかけたのだろう。
すぐに真顔に戻したが、俺は見逃さなかった。
よし。
少なくとも、この場の全員が公爵に心酔している訳ではなさそうだ。
「……ふざけた男だ」
「よく言われる」
「貴様の様な得体の知れぬ召喚士が、どこから現れ、何を目的に動いているのか。それを聞く為に呼んだ」
「なるほど」
俺は頷いた。
「それを聞く為に、わざわざギルドに圧力をかけ、使者を送り、数日かけて王都まで連れて来て、地下牢に放り込んだ訳か」
「当然だ」
「手紙で良かったのでは? 呼ばれたら、素直に出頭しましたが?」
ブランゼール公爵の頬が、ぴくりと動いた。
後ろの兵士が、今度は明らかに肩を震わせた。
駄目だぞ。笑うな。俺まで笑いそうになる。
「貴様……」
「いや、別に責めている訳ではない。公爵家ともなれば、手紙一つ出すにも紙が高級なのだろう? 節約は大事だ」
「黙れ」
「はい」
俺は素直に黙った。
すると、公爵は逆に不愉快そうな顔をした。
黙れと言っておいて、黙ると不機嫌になる。偉い人間というのは、実に面倒である。
「貴様が、野外演習に現れた狼仮面の剣士で間違いないな?」
「その様に呼ばれているらしいな」
「第三王子に肩入れしているのか?」
「肩入れと言うほどの事はしていない。ただ、目の前で学院生たちが殺されかけていたので、助けただけだ」
「余計な真似を」
ぼそりと、公爵が呟いた。
その瞬間、俺の中で何かが冷えた。
余計な真似。
つまり、あの場で学院生たちが死んでも構わなかったという事だ。
いや、構わなかったどころではない。
むしろ、死ぬ事を望んでいた。
「なるほど」
俺は小さく頷いた。
「やはり、あのバフォメットどもは、閣下の差し金だったか」
空気が変わった。
公爵の後ろにいた者たちが、ぴたりと動きを止める。
ゼムダもいた。いつの間にか、公爵の後ろの方に隠れる様に立っていた。あいつはあいつで、俺と目が合った途端、びくりと肩を震わせた。
いや、お前は別に見てない。
今は公爵を見ている。
「何の話だ」
ブランゼール公爵は、低い声で言った。
白々しいにも程がある。
「野外演習中、学院生たちの前にバフォメットが現れた。あれは普通に考えて、自然発生する様な魔物ではないだろう。誰かが召喚した。しかも、第三王子が参加している時を狙ってな」
「想像で物を言うな」
「想像かどうかは、これから分かる」
俺は鉄格子の向こうを見た。
公爵の後ろには、護衛らしき兵士たちとは別に、妙にローブを目深に被った男が一人いる。
体格は細い。
剣士には見えない。
だが、雰囲気が嫌だ。
召喚士か、魔術師か。
たぶん、その辺りだろう。
「この牢は召喚封じだそうだな」
「そうだ」
公爵が笑った。
ようやく、余裕を取り戻したらしい。
「貴様の切り札は封じた。あの巨大な鳥も、ここでは呼び出せまい」
「巨大な鳥ではない。コカトリスだ」
「どちらでも同じだ」
「いや、そこは大事だ。本人が聞いたら傷つく」
「魔物の感情など知るか」
「酷いな。うちの子は可愛いぞ」
俺が言うと、公爵は心底馬鹿にした様に鼻を鳴らした。
「召喚獣をペット扱いか。だから下賤の者は困る」
「下賤で結構。少なくとも、子供の演習に化け物をけしかける趣味はない」
今度こそ、公爵の顔から余裕が消えた。
「……その口、少し黙らせる必要があるな」
公爵は横を向いた。
「ルガン」
「はっ」
ローブの男が一歩前に出た。
ああ、やっぱりこいつか。
「檻の中の鼠を、少し懲らしめてやれ。殺すな。まだ聞く事がある」
「承知しました」
ルガンと呼ばれた男は、ゆっくりと右手を掲げた。
すると、床に刻まれていた魔法陣とは別に、鉄格子の外側に淡い光の円が浮かび上がる。
召喚陣。
そう認識した瞬間、俺の背中に汗が噴き出した。
まさか。
ここでやるのか。
「来い、黒角の悪魔よ」
ルガンが呟いた。
光が膨れ上がる。
次の瞬間、地下牢の中に、あの嫌な姿が現れた。
山羊の頭。
人間に似た胴体。
黒い翼。
曲がった角。
バフォメットだ。
「……おいおい」
俺は思わず声を漏らした。
「自白が早すぎないか?」
「黙れ」
公爵が短く言った。
だが、その声にはわずかに焦りが混じっていた。
分かっているのだろう。
ここでバフォメットを出した時点で、野外演習の件について言い逃れは難しくなった。
いや、公爵家の権力なら、証言ぐらい握り潰せると思っているのかもしれない。
少なくとも、俺一人を消せば良いと考えている筈だ。
「ルガン。鉄格子越しに撃たせろ」
「はっ」
バフォメットが、ゆっくりとこちらを向いた。
その手の中に、黒い炎の様なものが集まり始める。
やばい。
あれをまともに食らったら、たぶん無事では済まない。公爵も殺すなって言ったじゃん! 頭だけ無事なら、良いとか思ってる?
鉄格子は頑丈そうだが、魔法まで防げるとは限らない。
いや、むしろこの牢は、俺を閉じ込める為のものだ。外から攻撃する事は想定済みかもしれない。
「どうした、ゴンベエ」
公爵が笑う。
「自慢の召喚獣は呼ばぬのか?」
「呼んでも良いのか?」
「呼べるものならな」
「では、お言葉に甘えて」
俺は右手を軽く上げた。
そして、インベントリを開く。
召喚ではない。
魔法でもない。
ゲームのメニュー機能の一つ。
そこに収納していた、体高二メートル近い愛しのコカトリスを、鉄格子のこちら側ではなく――――
鉄格子の向こう側。
バフォメットと公爵たちの間に、取り出した。
ズゥンッ!!
地下牢全体が揺れた。
「コォケコッコォォォォォォォッ!!」
コッコが、全力で鳴いた。
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