王都到着
正直、どうしたら良いのか、さっぱり分からなかった。
俺は、そこいらのラノベの主人公の様に、何もかも見透かす目も持っていなければ、根拠のない自信も持ち合わせてはいないのだ。
「とにかく、ギルドに迷惑がかからない様にするか……」
仕方ないから、目の前の問題を一つ一つ順番に片づける事にした。
そうやってるうちに、なんとなく目処が立って来るだろう。
立って来ると良いな。
正午過ぎ───。
ブラッディーウルフ装備に身を固めた俺は、ギルドに向かった。
その道すがら、一部の通行人が俺の狼仮面を見て、ギョッとした表情を浮かべる。狼仮面に驚いただけの者もいるだろうが、大半は事情を知っている者たちだ。
その証拠に、ほとんどの者が、俺より先にギルドに走って行く。
先触れをやってくれるなら、都合が良い。
ギルドの前まで着くと、何人もの男たちが俺を待ち構えていた。
誰が誰やら……。
「お探しと聞いて、参上しましたが?」
「き、貴様が、件の狼剣士かぁ!?」
一番良い服を着ているが一番貧相な男が、俺を見て喚き立てた。
「しょ、証拠はあるのか!?」
「ふむ……」
俺は一瞬だけ考えてから、コッコを喚び出した。
男の目の前に。
ズゥン!!という地響きとともに現れたコッコが、空に向けて雄叫びを上げる。
「コォケコッコ〜〜〜〜ッ!!」
「ひぃっ!」
男は腰を抜かし、無様な悲鳴を漏らした。
「これで、信用していただけますか?」
「あわわわ……」
男は、完全にパニクっている。そりゃ、そうだろう。コカトリスは怖いよね。
「狼剣士殿、お戯れはその辺で」
と、また別の男が進み出た。五十才ぐらいだが、ガタイも良ければ、着ている物も上質だ。
「貴方は?」
「ギルドマスターのライゼンと申します」
「おお、これは失礼を」
俺は、コッコを引っ込めた。ギルドとケンカする気はないのだ。
「名前をお聞きしても?」
「ゴンベエと申します」
俺は狼型の仮面を外した。
周囲の見物人たちの間に、軽いどよめきが走る。
「誰だ、あのオッサン」
「あんな奴、いたか?」
「さあ。全然、見覚えがねぇぞ」
みんなの目には、見た事がないオッサンの姿が映っている筈だ。
身変わりの果実───。
食べると、ランダムで姿を変える果実。ショップで買った課金アイテムだ。これで姿を変えると、名前や能力まで、鑑定を欺けるらしい。
今の俺は、レベル十八の魔法剣士、ゴンベエだ。所持スキルには、召喚が入っている……筈。
「失礼だが、貴殿に見覚えがない。ギルドの登録は、あるか?」
「いや、ない。流浪の修行者故、ギルドには登録していない」
「左様か。……ゼムダ殿、聞いての通りだ。この御仁とギルドは無関係だ」
「あわわ……」
「用がなければ、帰るが?」
「ま、待て待て。貴様は、儂とともに王都に行くのじゃ!」
「断れば?」
「ブランゼール公爵閣下のお達しじゃ! 断るなど、以ての外じゃ!!」
「ふむ……」俺は腕を組んだ。
ここでコッコを出して暴れれば、ゼムダとやらを踏みつぶさない程度に踏みつぶし、取り巻きたちを泣かせる事も可能だろう。だが、それをやると、ギルドに迷惑がかかる。俺は、ギルドマスターのライゼンをちらりと見た。ライゼンは、何も言わない。 ただ、ほんの少しだけ、申し訳なさそうな目をしていた。
「分かった。同行しよう」
「そ、そうか! 最初から素直にそうすれば良いのじゃ!」
ゼムダは、腰を抜かした体勢のまま偉そうに言った。ある意味、すごい精神力である。いや、これは精神力ではないな。自分が偉いと信じ込んでいる馬鹿特有の無敵感だ。
「では、すぐに発つぞ!」
「承知した」
「ただし、貴様は馬車には乗せん! 犯罪者同然の者が、儂と同じ馬車に乗れると思うな! 王都まで歩いてついて来い!」
周囲の冒険者たちがざわついた。王都までは、決して近くない。普通に歩けば、何日もかかる距離だ。まして、こいつらは馬車で行くつもりなのだろう。そんなものについて行ける訳がない。
「なるほど。では、こちらも足を用意しよう」
「なに?」
俺は、再びコッコを召喚した。
ズゥンッ!!
ギルド前の石畳が、少し沈んだ気がした。
「コォケコッコォォォォォッ!!」
コッコは翼を広げ、やる気満々で胸を張る。相変わらず、立派な鶏である。コカトリスだけど。
「では、私はこいつに乗って行こう。馬車より速いかもしれんが、頑張ってついて来てくれ」
「ま、待て待て待て!」
ゼムダは慌てて両手を振った。
「そ、その化け物を王都まで連れて行く気か!?」 「歩けと言ったのは、そちらだろう?」
「歩けとは言ったが、そんなものに乗れとは言っておらん!」
「では、馬車に乗せてくれるのか?」
「ぐぬぬ……!」
ゼムダは、実に分かりやすく悔しそうな顔をした。周囲の冒険者たちから、くすくすと笑い声が漏れる。ライゼンも、口元を手で隠していた。ギルドマスター、笑ってますよ。
「よ、よかろう! 特別に馬車に乗る事を許す!」 「ありがたい」
「ただし! 儂の隣には座るな!」
「もちろんだ。こちらとしても願い下げだ」
「なっ!?」
ゼムダは真っ赤になったが、反論はしなかった。 コッコが隣で、じっとゼムダを見下ろしていたからだ。コッコ、ナイス圧力。
かくして俺は、ブランゼール公爵家の使者一行とともに、王都へ向かう事になった。馬車の中では、ゼムダが延々と自慢話をしていた。自分は公爵閣下に重用されているとか、王都では知らぬ者のない名士だとか、貴族の世界では一言の重みが違うとか。 正直、耳が腐りそうだった。仕方ないので、俺は適当に相槌を打つ。「ほう」「左様か」「それは凄い」「なるほど」この四つで、大体なんとかなった。ゼムダは、俺が感心していると勘違いしたらしく、ますます気分良く喋り続けた。いや、すごいな。無能な人間ほど、自分を語る時間が長いというのは本当なのかもしれない。
途中の宿場町でも、ゼムダは偉そうだった。宿の者に怒鳴り、馬丁に怒鳴り、料理が遅いと怒鳴る。 そのくせ、自分で何かを決める段になると、取り巻きに目を向ける。つまり、怒鳴る以外の機能がない。人間、ここまで単機能で生きていけるものなのかと、俺は少し感心した。
数日後、俺たちは王都に到着した。王都の門は大きく、城壁は高い。普通なら感動するところなのだろうが、俺はそれどころではなかった。これから敵の本拠地に入るのだ。しかも、俺は自分から捕まりに行く様な形である。いくら身代わりの果実で姿を変えているとはいえ、怖いものは怖い。
ブランゼール公爵の王都邸は、城と見紛うばかりの大邸宅だった。高い塀。鉄の門。整えられた庭。 そして、やたらと数の多い兵士たち。金と権力を、これでもかと積み上げた様な屋敷である。
「降りろ、ゴンベエ」
ゼムダが勝ち誇った顔で言う。
「ここから先は、公爵閣下のご威光の届く場所じゃ。妙な真似をすれば、命はないぞ」
「心得た」
俺は素直に馬車を降りた。ここで暴れるつもりはない。まだ、な。
屋敷の中に入ると、俺はすぐに地下へ連れて行かれた。薄暗い石造りの階段を下り、何重もの扉を抜ける。ただの地下牢ではない。壁には見慣れない紋様が刻まれ、床には魔法陣らしきものが幾重にも描かれている。俺の背中に、嫌な汗が滲んだ。
「召喚士を閉じ込める為に、特別に誂えた牢だ」 案内役の兵士が、淡々と言った。
「この中では、召喚魔法の発動は阻害される。下手な真似はしない事だ」
「ご忠告、痛み入る」
鉄格子の扉が開かれ、俺は中に入れられた。 ガシャン、と重い音を立てて扉が閉まる。
途端に、身体の奥にある何かが、薄い膜で覆われた様な感覚があった。
コッコを呼ぼうと思えば呼べるのか。
試す気にはなれない。
少なくとも、ここが普通の牢ではない事だけは確かだった。
「ふむ……なかなか立派な部屋だな」
俺はわざと呑気に呟いた。寝台はない。椅子もない。あるのは硬い床と、湿った空気と、やたら頑丈そうな鉄格子だけだ。立派なのは、嫌がらせ性能だけである。
しばらくすると、奥の扉が開いた。数人の護衛を従え、一人の男が姿を現す。年の頃は五十前後。 豪奢な服に身を包み、腹は出ているが、目だけは妙に鋭い。ゼムダの様な小物とは違う。こちらを値踏みする様な視線に、俺は思わず背筋を伸ばした。
「お前が、狼仮面の剣士か」
男は、鉄格子の前で足を止めた。
「いや、今はゴンベエと名乗っているのだったな」 「その通りだ」
「私はブランゼール公爵。お前をここに呼んだ者だ」
ついに、敵の首魁とご対面である。
俺は鉄格子越しに、公爵を見返した。心臓は、情けないぐらいに暴れている。だが、顔はゴンベエだ。ならば、せめて態度だけでも、知らないオッサンらしくしてやろう。
「それで、公爵閣下」
俺はゆっくりと口を開いた。
「この様な場所に招いてまで、私に何用かな?」
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