ブランゼール公爵
結局、野外演習は朝を迎えた時点で切り上げられた。
さすがに悪夢種モンスターなんぞ召喚されては、笑い事では済まされなかったのだ。ましてや、一部の者たちは、これが第三王子を狙った謀略である事を知っている。
それは、とっとと学院に戻って対策を練るべきであろう。
俺としても、いつ狼仮面剣士の正体追及が始まるか分からないので、早々に退散したい気分であった。まあ、ブラッディーウルフ装備もコッコもインベントリの中なので、バレる事はないと思うが……。
後日、宿にノノが訪ねて来た。
「第三王子が、狼仮面の剣士を探してるらしいぜ。良い働きをしたんで、褒美を取らせたいってさ」
「へー」
「で?」
「でって、何だよ?」
「お前は、襲った側なの? 守った側? それとも、両方?」
一瞬、ポカーンとなる俺。
「どこから、そんな考えが出て来るんだ? 少なくとも、襲った側ってのは、ありえないだろ?」
「どうして、そう思う? どこから来たか分からないレベル一が、アッという間にレベル二十になって学院の依頼に参加して……。十分に怪しいぜ」
「う……」
「セルティって召喚士は、どう関係してる?」
「いや、待てよ。話をややこしくするな」
「お前は、最初にギルドに現れた時から、セルティって召喚士を気にしてた。で、今回、敵はバフォメットを召喚し、味方はコカトリスを召喚した。召喚なんてレアな魔法を使う奴が、やたら登場してきた訳だ」
コカトリスは、ペットだけどな。言えないのが、もどかしい。
「セルティを疑う声も、あるらしいぜ」
「どうしてだよ。セルティはフェンリルを召喚してただろ」
「セルティ本人がバフォメットを召喚したんじゃなくて、召喚士仲間がやったんじゃないかってな」
「おいおい、短絡的だな。じゃあ、コカトリスを召喚した側か仲間だと考える事も出来るだろうに」
「ああ、そういう意見もある。そもそも、三者とも無関係って考えてる奴もいる」
そう、それ! それが正しいの!
「じゃあ、セルティは拘束されたりは───」
「まだ、どんな証拠もないからな。今は、第三王子を守ったとして、褒められてる立場だ」
「そうか……」
「ホッとしてる場合じゃないぜ。敵からすれば、ここでセルティに罪をなすりつけられれば、自分たちが疑われずに済むと同時に、第三王子の強力な味方を排除出来るんだからな」
ドキンと心臓が跳ねた。
「や、やばいじゃん、それ! どうしたら良いんだよ!?」
「知らん」
「知らんって、そんな」
「大体、お前の立場も分からんのに、何か言える訳ねぇだろ!」
「俺の秘密を話したら───」
「あん?」
「俺の秘密を話したら、協力してくれるのか?」
途端、ノノがニンマリと悪い笑みを浮かべた。
「秘密の内容によるなぁ」
この場で、コカトリスを喚んでやろうか───。
「……分かった。話す」
さすがにコッコは喚べないので、俺は観念した。
インベントリの事。メニューの事。ショップの事。俺がこの世界の人間ではない事。セルティが、俺にとってただの憧れでは済まない相手である事。
話している途中で、何度もノノの目が死んだ。
「待て。メニュー? ショップ? レベル一が課金装備? 何言ってんだ、お前」
「俺だって、説明しながら自分で何言ってるのか分からなくなってるよ」
「あと、セルティの事になると急に説明が湿っぽくなるの、やめろ。そこだけ妙に理解出来るのが嫌だ」
「嫌って言うな!」
結局、ノノは俺の話の半分どころか、三割も理解出来ていない様子だった。
それでも、腕を組んでしばらく考え込む。
「まあ、分かった事はある」
「何だ?」
「お前は馬鹿だ」
「いきなり核心を突くな」
「それと、セルティを助けたいって気持ちは本物だ。そこだけは信用してやる」
ノノは、そこで声を低くした。
「今回の黒幕だがな。たぶん、ブランゼール公爵だ」
「公爵?」
「第二王子派の大物だよ。第三王子が潰れれば、王位争いはかなり楽になる。表では知らん顔してるが、裏で汚れ仕事を請け負わせるには十分な力がある」
「じゃあ、そいつを倒せば───」
「倒すって、どうやってだ。相手は公爵だぞ。冒険者が剣一本で斬り込んで終わる相手じゃねぇ」
ぐうの音も出ない。
俺がいくらレベルを上げても、権力というモンスターには、まだ攻撃方法が分からなかった。
「対抗手段は、これから考える。第三王子側に情報を流すか、セルティの潔白を固めるか、狼仮面の剣士を利用するか……」
「俺を利用するのは、出来れば最後にしてほしいんだけど」
「最初になるかもな」
「やめて!?」
その時だった。
宿の外が、妙に騒がしくなった。
嫌な予感がして窓から覗くと、ギルドの職員らしき男が、顔面蒼白で駆け込んで来るのが見えた。
俺とノノは顔を見合わせる。
すぐに下へ降りると、職員は息を切らせながら叫んだ。
「狼仮面の剣士を、ただちに差し出せとの通達が来ました!」
宿の食堂にいた冒険者たちが、一斉にざわついた。
「差し出せって、誰にだよ!」
「ブランゼール公爵家です! 第三王子襲撃事件の重要参考人として、身柄を預かると!」
空気が凍った。
俺の背筋にも、冷たいものが走る。
早い。
あまりにも早すぎる。
ノノが舌打ちした。
「やられたな。こっちが動く前に、向こうが狼仮面を罪人にする気だ」
「でも、俺は第三王子を助けた側だぞ?」
「そんなの、向こうが認めなけりゃ関係ねぇよ。証言なんて、後からどうとでも歪められる」
冒険者たちは動揺していた。
狼仮面の剣士を称える声もあったが、それ以上に、公爵家の名は重い。
庇えば、自分たちまで巻き込まれる。
そう考えた者の視線が、自然と泳ぎ始める。
「狼仮面って、どこの誰なんだよ……」
「ギルドは知ってんのか?」
「いや、でも公爵家に逆らうのは……」
俺は拳を握り締めた。
今ここで名乗れば、たぶん終わる。
セルティを守るどころか、俺が捕まって、コッコもインベントリも、全部調べられるかもしれない。
だが黙っていれば、狼仮面の罪が膨らみ、次はセルティへ矛先が向く。
ノノが小声で言った。
「リョウマ。今は動くな。下手に動けば、向こうの思う壺だ」
「じゃあ、どうすればいい?」
「だから、それを今から考えるんだよ」
職員は青い顔のまま続けた。
「なお、今日中に身柄を引き渡せぬ場合、ギルドは第三王子襲撃への関与を疑われる可能性があると……」
今度こそ、冒険者たちの間に悲鳴じみたざわめきが走った。
ギルドごと締め上げる気だ。
俺一人の秘密が、セルティだけでなく、ギルド全体を巻き込み始めている。
喉が渇いた。
胸の奥で、コッコを呼び出して全部ぶち壊してしまいたい衝動が暴れる。
だが、それは駄目だ。
ここで暴れれば、本当に狼仮面は危険人物になる。
俺は、何も出来ないまま立ち尽くした。
反撃する力はある。
逃げる手段もある。
なのに、どこを殴ればいいのか分からない。
それが、どうしようもなく怖かった。
読んでいただいて、ありがとうございます。
こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。




