悪魔 vs 魔鶏
「グォッ!?」
バフォメットが吠え、腕を振り下ろしてきた。 俺は慌てて横へ転がる。
ドゴン!
さっきまで俺のいた場所に、悪魔の拳がめり込んだ。地面が砕け、土が跳ねる。
「当たったら終わりじゃねぇか!」
情けない声が出た。やっぱり、俺は勇者じゃない。こんなのと正面からやり合うのは、心臓に悪過ぎる。
その時、親玉バフォメットの方から、凄まじい衝突音が響いた。
「コケェエエエエッ!!」
コッコだ。コッコが親玉バフォメットと完全に一対一でぶつかっている。
親玉バフォメットは巨大な黒い槍の様なものを手にしていた。魔力で作った武器かもしれない。それをコッコに突き出すが、コッコは長い脚で横っ面を蹴り飛ばした。
ドガァッ!
親玉の巨体が揺れる。さすがコッコ。体高二メートル近いコカトリス。見た目は可愛いのに、やってる事は完全に重機である。
「クエッ! クエエッ!」
しかも、どことなく得意げだ。尻尾の蛇をぶんぶん揺らしている。可愛い。いや、今は可愛がっている場合ではない。それに、蛇は大丈夫か?
親玉バフォメットが怒り狂い、黒い炎を吐いた。 コッコはそれを翼で受け流しながら、地面を蹴って突っ込む。黒い炎に羽先が焦げた様に見えて、俺の心臓が変な音を立てた。焦げ臭い匂いも漂って来る。
「コッコ!」
叫びそうになるのを堪える。
「そこの鎧の人! 前を!」
女魔法使いの声が飛ぶ。俺の相手をしているバフォメットが、また魔法陣を展開しようとしていた。 まずい。またゴブリンを呼ばれる。
「させるか!」
俺はアイスボルトを連射した。一発、二発、三発。魔法陣の中心に叩き込み、形成途中の術式を乱す。バフォメットが苛立った様にこちらを睨んだ。
怖い。普通に怖い。でも、睨まれたという事は、注意を引けているという事だ。
「こっち見てろ、山羊頭!」
自分でも驚くぐらい安っぽい挑発だった。だが、通じたのか、バフォメットが俺へ向かって突進して来る。
「うわ、来た!」
自分で呼んでおいて逃げる。格好悪い?知るか。生き残る方が大事だ。
俺が横へ逃げた瞬間、背後から矢と魔法が飛んで来た。他の冒険者の支援だ。バフォメットの背中に数発が命中し、動きが鈍る。
「助かる!」
礼を言う余裕もなく、俺は再び接近して脚を狙った。膝裏。太腿。足首。とにかく動きを止める。
倒し切れなくても良い。ヴィクトルの二発目まで持たせれば良いのだ。
「まだか……!」
ちらりと見ると、ヴィクトルの杖の先に眩い光が集まっていた。彼の額には汗が浮かび、唇もわずかに震えている。連発は相当きついのだろう。それでも詠唱は止まらない。
バフォメットたちも、それを察したらしい。親玉が咆哮すると、他の個体が一斉にヴィクトルの方へ向こうとした。
「行かせない!」
セルティが叫ぶ。フェンリルが横から体当たりを食らわせ、バフォメットの進路を塞いだ。ミラたちも必死に押し留める。
俺も、目の前のバフォメットの足首にブレイドを叩き込む。
「止まれ、この!」
刃が深く食い込む。バフォメットが吠え、俺へ拳を振り下ろす。避け切れない。
「やば───」
その瞬間、横から白い影が突っ込んで来た。フェンリルではない。コッコだ。
「コケェッ!」
コッコの蹴りが、俺を殴ろうとしていたバフォメットの腕を弾き飛ばした。親玉の相手をしていた筈なのに、こっちまでフォローしてくれたのか。
「助かった!」
小声で礼を言うと、コッコは一瞬だけこちらを見た。なぜか、任せろと言わんばかりに胸を張っている。可愛い。そして、頼もしい。
だが、その隙に親玉バフォメットが黒い槍を振り上げる。
「コッコ、後ろ!」
コッコは振り返るより早く地面を蹴った。黒い槍が空を切り、地面に突き刺さる。直後、ヴィクトルの詠唱が完成した。
「全員、伏せろ! ホーリーレイン!!」
再び夜空が開いた。
一度目よりも濃く、鋭く、眩い光の雨が降り注ぐ。俺は反射的に地面に伏せた。頭上を、無数の光が流星の様に通り過ぎていく。
ゴブリンの残党は完全に消し飛んだ。バフォメットたちも、今度こそ耐え切れない。セルティとフェンリルが抑えていた個体が、断末魔を上げながら膝から崩れる。ミラたちが相手をしていた個体も、黒い煙を噴き上げて消えていく。俺が足止めしていたバフォメットは、胸を貫かれ、両腕を広げたまま硬直した。
「……効いた」
俺が呟いた瞬間、その巨体が灰の様に崩れた。
残るは、親玉バフォメット。そして、その前に立つコッコ。
光の雨を浴び、親玉は全身を焼かれながらも、まだ倒れていなかった。化け物にも程がある。しかし、動きは明らかに鈍っている。
「クエェ……」
コッコが低く鳴いた。その足元には、黒く焦げた羽が散っている。羽先も少し焦げている。けれど、瞳は生き生きとしていた。
まさか、まだやる気なのか。いや、やる気なのだろう。
親玉バフォメットが、最後の力で黒い槍を構える。コッコが爪を地面に食い込ませる。
夜の草原で、悪魔と巨大コカトリスが睨み合う。 その光景を見ながら、俺はミスリル小剣を握り直した。
ここからが、本当の仕上げだ。
コッコが神速で飛び出す。
嘴がマシンガンの様に、バフォメットに向かって放たれる。
意表を突かれたバフォメットは受け身となり、必死に黒い槍でコッコの嘴を防ぐ。
ガガガガガガッ!!
ついに黒い槍が砕けた瞬間。
バフォメットが黒い炎を吐いた。
コッコの首筋の羽毛を焦がしながら、炎が伸びる。
両者の攻防の早さに、誰も手が出せない。もどかしい。
そして、再び作り出されたバフォメットの黒い槍が嵐の様に突き出された。
身体をひねって、槍をかわすコッコ。
と、尻尾の蛇がバフォメットの右腕に噛みついた。呻くバフォメット。
次の瞬間、コッコの目が赤い光を放った。
石化───。
バフォメットの動きが止まった。
その一瞬。
「ブレイド!」
魔力を纏った俺の剣が、悪魔の首を斬り飛ばす。
「やったか!?」
やっていなかった。
まだ、バフォメットは、消えようとしない。首を失ったまま、槍を構えようとする。
そこへ、コッコのマシンガン嘴攻撃が爆発した。
鋭い嘴が、悪魔の身体を穿つ。穿つ。穿つ。穿つ……。
悪魔の身体は、たちまちバラバラとなり、やがて黒い霧となって、消え去った。
「うおおおおっ!!」
それを見守っていた者たちから、どよめきが上がる。
「すげぇーっ!!」
「やったぁ!!」
「コカトリス、かっちょいい〜!!」
狂乱する者たちの中心で、コッコが胸を張り、鳴き上げた。
「コケコッコ〜〜〜ッ!!」
すでに物陰に身を潜めていた俺は、その瞬間にコッコをインベントリに収納した。
突如消え失せたコッコに、また大騒ぎする冒険者と学院生たち。
ちょっと、セルティに接触出来そうな雰囲気ではなくなってしまった。
でも、まあ、今回はこれで良しとするか。
俺は独り言ちると、リュミエルの面倒を見る為に、また歩き出す。
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