陰謀劇に巻き込まないで
夕暮れ───。
各パーティーは場所を決めて、野営に入った。
我が劣等生パーティーも、一応五人でガサゴソ始めた様だ。
が、悲しいかな、戦闘で劣等生の彼らは、野営でも劣等生であった。焚き火は魔法で作れた様だが、テントも張れなければ、調理も出来なかったのである。
仕方なく、面倒を見てやるゴモラたち。
俺も野営慣れしている程ではないが、何度か経験はあったので、リュミエルを手伝ってあげた。
「やっぱり、上級魔法だけじゃ駄目なのかなぁ?」
いや、今頃そんな事を言ってるの?ちょっと驚く。
「むしろ、上級しか使えないのに、よくそこまでレベルが上げられたね。低レベルの頃は、MPが足りなくて上級魔法なんか使えなかっただろうに」
「そこは、うちの衛士が弱らせたモンスターに、私がトドメだけ刺して……」
「なるほど。パワーレベリングという事か」
「今も、補助の魔導具を使って、ぎりぎり使えてるのだけどね」
見れば、彼女は指輪や腕輪をいくつも身に着けている。それが、MPの増幅用の物なのだろう。
「初級かせめて中級が使えれば、良いんだろうけどね。でも、初級や中級をすっ飛ばして、上級だけ使えるなんて、けっこう不思議だな」
「私のスキルがね……、上級や極大を覚え易い代わりに初級、中級が覚えにくくなるっていうものなの」
「うわ、そんなスキルがあるんだ」
話を聞いてみれば、納得だった。
リュミエルは、一日に一度だけ、しかも上級魔法しか使えない。これでは、誰もパーティーなど組んでくれる筈もない。
それでも、仲間がやられているのを平然と無視出来るのは、俺には理解不能だけど。
「そんな事より、今夜は多分何か起こるわよ」
「え?何かって?」
「それは、分からない。でも、第三王子を狙ってる一派が何か仕掛けようとしてるらしいわ」
「何、その陰謀劇?つか、ここに第三王子なんて参加してるの?」
俺は目が回りそうな気分になる。
「第三王子のヴィクトル様は、遊撃部隊に配属されている。まずは、遊撃部隊が動く様な事件が起こってから、続いて何かが起こるってところかしらね」
遊撃部隊って、セルティと一緒なのか。
「ずいぶん具体的な事を言ってるけど、確証があるのか?」
「うちの情報収集能力が高いだけよ」
うわー、貴族社会の闇が……。
「そこまで分かってて、なんとかしようとはしないのか?」
「王子のところでも、それぐらい掴んでる筈よ。でも演習に出て来たんだから、なんとかする自信があるんでしょう」
うーむ。そうなの?だとしても、俺たちが巻き込まれたりしない?つか、セルティが巻き込まれない?
そんな不安を抱えながらも、時間は勝手に進んで行く。
日が落ちると、途端に周囲の空気が冷えた。学院生たちは昼間の戦闘で疲れ切っていたのか、まともに動く者は少ない。いや、疲れていなくても動けたかどうかは、かなり怪しい。
「鍋は?水は?肉は?野菜は?」
「え?調理って、使用人がやるものでは?」
「今、ここに使用人がいるか?」
「……いませんね」
ゴモラが、劣等生パーティーの一人を無言で見下ろした。それだけで、相手はしゅんと小さくなる。うん。ゴモラ、見た目の圧が強いからね。
「仕方ねぇな。リョウマ、そこの干し肉取ってくれ。あと、根菜っぽいやつ。皮は厚めに剥け」 「お、おう」
言われるままに手伝う。すると、意外な事にゴモラの手際が良かった。太い指で器用にナイフを操り、肉を切り分け、野菜を刻み、鍋に放り込んでいく。香草らしい草を軽く揉んでから入れ、塩を足し、さらに携帯していた謎の粉を振った。
「え、ゴモラ。料理出来るの?」
「出来るも何も、野営で飯が作れねぇ奴は死ぬぞ」 「いや、それはそうだけど……」
あまりにも正論だった。
そして、出来上がったスープは普通に美味かった。
「うまっ」
「美味しい……」
「これ、野営料理なの?」
リュミエルまで目を丸くしている。劣等生パーティーの連中など、完全に貴族の夕食みたいな顔で食べていた。
お前ら、さっきまで鍋の前で右往左往していたくせに、食べる時だけは堂々としているな。
「ゴモラさん、料理人になれますよ」
「ならねぇよ。俺は冒険者だ」
「いや、でも本当に美味い」
「そりゃどうも」
ゴモラは少し照れた様に鼻を鳴らした。見た目が怖いだけに、その反応が妙に可愛く見えてしまう。いや、ゴモラ相手に可愛いとか思うのは、俺の精神状態がどうかしている気もするが。
夕食を終える頃には、辺りの野営地にも火が増え、学院生や冒険者たちの声があちこちから聞こえていた。昼間の惨状を思えば、みんな疲れている筈なのに、食事を終えると少しだけ空気が緩む。笑い声。鍋を片付ける音。焚き火の爆ぜる音。夜の森のざわめき。
だからこそ、その異音はやけに大きく聞こえた。
ズン───。
地面が揺れた。
「……今の、何だ?」
誰かが呟く。
次の瞬間、森の奥から木々の折れる音が響いた。
バキバキバキッ!
「来るぞ!」
どこかの冒険者が叫んだ。
その直後、暗闇を裂いて飛び出して来たのは、犀に似た巨大なモンスターだった。ただし、俺の知っている犀よりずっとデカい。全身は分厚い岩の様な皮膚に覆われ、額には歪な角が一本。目は血走り、鼻息は白く煙っている。それが、一体ではない。 二体、三体、四体───五体。
「うわああああああああっ!」
「逃げろ!」
「テントが!」
野営地は一瞬でパニックになった。学院生たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、せっかく張ったテントが踏み潰される。鍋や荷物が宙を舞い、焚き火の火の粉が散った。
「学院生を下がらせろ!」
「前に出るな!冒険者が壁になる!」
「おい、そこの坊ちゃん!そっちじゃねぇ!」
引率の冒険者たちが必死に声を張り上げる。昼間はぐだぐだだった連中も、さすがに本職だ。逃げる学院生を掴んで後方へ押しやり、何人かは盾を構えて犀モンスターの前に出た。
だが、相手が悪い。
犀モンスターの一体が突進すると、盾持ちの冒険者が真正面から受け止めた。受け止めた、というより、吹き飛ばされた。
「ぐあっ!」
人間が石ころみたいに転がる。それを見た学院生たちの悲鳴が、さらに大きくなった。
「リョウマ!リュミエル連れて下がれ!」
ゴモラが斧を引き抜きながら叫ぶ。
「分かった!」
俺はリュミエルの手首を掴んだ。
「え、でも、私も……!」
「今は無理だ。MP切れだろ!」
「うっ……」
リュミエルは悔しそうに唇を噛んだが、反論はしなかった。昼間に上級魔法を撃ったばかりだ。今の彼女が前に出ても、出来る事はほとんどない。
俺は彼女を引っ張り、比較的安全そうな岩陰へ向かう。途中、腰を抜かしていた学院生を一人蹴る様に立たせ、別の一人の襟首を掴んで放り投げる様に下がらせた。我ながら雑だが、今は丁寧にやっている場合ではない。
「ここにいろ。絶対に出るな」
「リョウマは?」
「俺は……」
言いかけた時だった。
夜の闇の向こうから、鋭い号令が飛んだ。
「左翼、押さえろ!角を正面から受けるな!」
「魔法班、足元を狙え!動きを止める!」
声と同時に、遊撃部隊が駆け込んで来た。
その先頭にいたのは、見覚えのある銀色の髪の少女。セルティだ。
彼女は剣を抜き放ち、犀モンスターの突進を横にかわすと、その前脚へ鋭い一撃を叩き込んだ。硬い皮膚に弾かれながらも、動きを逸らすには十分だったらしい。巨体がわずかに体勢を崩す。
その後ろから、ヴィクトルらしい少年が魔法の光を放つ。地面が盛り上がり、犀モンスターの足を絡め取った。
「すげぇ……」
思わず呟く。昼間の劣等生たちとは、まるで動きが違う。判断も速い。連携もある。何より、怯えていない。
だが、それでも五体は多い。しかも、これはただの偶然の襲撃ではない気がした。リュミエルの言っていた話が、頭の中で嫌な形に繋がる。
遊撃部隊が動く様な事件。その後に、何かが起こる。
「リョウマ……?」
リュミエルが不安そうに俺を見る。俺は一度だけ彼女を見返し、それからセルティたちの方へ目を向けた。
セルティが、二体目の犀モンスターに狙われていた。彼女自身は気づいているだろう。けれど、横から別の学院生が逃げ遅れているせいで、動きが制限されている。
まずい。
「ここから動くなよ」
「待って、行くの!?」
「ちょっと様子を見てくるだけだ」
嘘である。様子を見るだけで済む訳がない。
俺は岩陰を離れ、混乱する野営地へ戻った。インベントリの中にいるコッコの存在を意識しながら、歯を食いしばる。
まだだ。まだ人目が多過ぎる。でも、セルティが本当に危なくなったら───。
その時は、顔を隠してでも、やるしかない。
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