落下と嘲笑
――─目を開けた。
見慣れた天井。
自分の部屋。
「……戻って、きた?」
ベッドの上。
現実。
夢――─だったのか?
いや。
あの少女の顔だけは、やけに鮮明に残っている。
「……リョウマ」
不意に、耳元で声がした気がした。
「……は?」
振り返る。
誰もいない。
当然だ。ここは俺の部屋だ。
なのに。
心臓だけが、やけにうるさい。
「気のせい、だよな……」
そう呟いた瞬間。
――─ふっ、と。
体が、浮いた。
「……え?」
違和感は、一瞬だった。
重力が消える。
ベッドも、床も、全部が遠ざかる。
「ちょ、待っ――─」
次の瞬間。
視界が“裏返った”。
上下が消える。
空間が歪む。
そして――─
落ちる。
「うわああああああああああああああああああ!?」
風が叩きつける。
空だ。
雲を突き抜けて、俺は“落ちている”。
はるか下に、街が見えた。
「いやいやいやいや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
操作不能。
何もできない。
ゲームじゃない。
夢でもない。
ただの――─自由落下。
「ふざけんなあああああああああああ!!」
その時。
頭の奥に、あの声が蘇る。
『リョウマ……私、あなたをもう一度呼ぶ』
「……お前かよおおおおおおおおおおおお!!」
叫びは、風にかき消された。
そして――─
俺は、そのまま街の外壁に向かって、一直線に落ちていった。
―─―激突。
衝撃と同時に、視界が弾けた。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
石畳に叩きつけられた俺の体は、しばらく動かなかった。
「な、なんだ今のは!?」
「空から……落ちてきたのか?」
ざわめき。
気づけば、周囲を槍を構えた兵士に囲まれていた。手入れの行き届いた金属鎧。身長程の長さの槍。こちらに向けられた穂先がピカピカ光っている。
「動くな」
迫力のある低い声。
先頭の男が、俺を見下ろす。
「所属は? どこから来た」
「え、いや、その……」
言えるわけがない。
“空から落ちてきました”なんて。
「答えられないか」
空気が冷える。
「不審者として拘束する」
「ちょ、待ってくれ! 俺は―─―」
「なら、ステータスを見させろ」
遮られた。
有無を言わせない口調。
……マズい。
(見られたら終わる)
でも拒否したら、それも終わる。
「……分かりました」
そう言うと、一人の文官が近づいて来た。
「マグナス様だ。鑑定スキルを持っておられる」
街に入る者を調べる為に、常駐している人なのだろうか。
「お願いします」
兵士たちの要請により、マグナスの瞳が俺を射抜く。
そして――─
「……レベル、1?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、
「は?」
空気が変わった。
「今、なんと?」
「此奴、レベル1だ」
「いや、違うんだ、これは―─―」
「スキル欄、空白……魔法もなし……?」
マグナスのつぶやきを聞き、周囲の兵士たちもざわつく。
「ただのガキじゃないか」
「なんでこんなのが空から落ちてくるんだ?」
笑いが漏れる。
緊張が、嘲笑に変わる。
「……解散だ」
隊長格の男が、ため息をついた。
「脅威でもなんでもない。ただの無能だ」
その言葉が、妙に刺さった。
「街には入れる。銅貨5枚だ。ただし─――」
男がしゃがみ込み、俺の目を覗き込む。
「問題を起こせば、次はないと思え」
視線が冷たい。
完全に“見下した目”だ。
「……はい」
それしか言えなかった。
インベントリに入っているお金を、手の中に実体化させて渡すと、普通に受け取ってもらえた。
立ち上がる。
足が、少し震えている。
門の方へ歩く。
背後から、声が飛んだ。
「おい見ろよ、あれ」
「レベル1だってさ」
「子供の遊びかよ」
笑い声。
全部聞こえている。
でも、振り返らない。
(……くそ)
その時。
視界の端に、表示が浮かぶ。
メニューの一覧───。
ミニマップ。
インベントリ。
ショップ。
ゲームで見慣れた項目群。
ログアウトの文字だけが無い。
が、インベントリは使えた。
この世界でも。
思わず、手を伸ばしかけて――─止めた。
(ダメだ)
ここで使えば、終わる。
さっきの連中の目が変わる。
今度は“笑い”じゃ済まない。
囲われるか、消されるか。
どっちにしろ、自由はない。
(……我慢しろ)
拳を握る。
痛みで、思考を止める。
そして、門をくぐった。
知らない街。
知らない世界。
レベル1。スキルなし。
無能扱い。
――上等だ。
(見てろよ)
心の中で、吐き捨てる。
(絶対、強くなってやる)
その理由は、一つだけ。
脳裏に、あの少女───セルティの顔が浮かぶ。
『リョウマ……私、あなたをもう一度呼ぶ』
「……待ってろよ」
小さく呟く。
誰にも聞こえない声で。
そして俺は、
嘲笑の残る街の中へと、足を踏み入れた。
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