学院からの依頼
一泊二日のコッコの育成は、順調に終わった。
コッコはレベル五まで上がり、どさくさに俺のレベルも十九になった。
コッコは石化のスキルを覚え、俺もいくつかの魔法や魔剣技を習得した。
で、ドロップアイテムを売ろうとギルドに立ち寄った俺は、何かいつもと雰囲気が違う事に気づく。
窓口でドロップアイテムを並べながら、俺は受け付けのお姉さんに理由を聞いてみた。
「ああ、学院からの依頼が入ったからですよ」
「学院から?」
俺の心臓が跳ねた。
どうやって繋がりを持とうかと思っていた学院と、関係を持つチャンスがいきなりやって来た。
「どんな依頼なんです?」
バクバク鳴る心臓とは裏腹に、平静を装って質問を続ける。
「大規模な野外演習への協力なんですけどね。正直、あまり報酬はよくないんですけど、学院や貴族と繋がりを持ちたい方には人気の依頼で」
なるほど。その先の目的は別として、学院と繋がりを持ちたいと考える冒険者は、一定数いる様だ。
「俺も……いけますか?」
「残念ですが、リョウマさんのレベルでは……」
「十九だ」
「え?」
「レベル十九になった」
「ええっ!?」
ギルドに来た初日にレベルを測られた魔道具を、また引っ張り出してもらう。
ステータス鑑定のオーブ───。
俺がそれに手を触れると、受け付けのお姉さんの表情が驚愕に染まった。
「本当にレベル十九。スキルも、こんなに……」
「もう、それ以上は口にしてくれるなよ。外野がうるさい」
「え、あ、はい……」
実際、俺たちの話し声が聞こえる者たちも驚きの表情を浮かべている。
「あいつ、この前までレベル一だったんだろ……?」
レベルが上がったのは、「頑張った」で押し切るつもりだが、さすがに魔法をいくつも覚えたとなると、言い訳が思い浮かばない。
「それで、学院の依頼は受けられる?」
「は、はい、もちろんです!」
「良かった」
俺は満足して、ギルドを出た。
関係者には、後日に依頼の詳しい内容が知らされるそうだ。
宿に戻ると、ノノが待ち構えていた。
「依頼、受けたのか?」
「学院の依頼なら、受けたよ」
「だよな。俺たちも依頼を受けて、何か機会があったら、後押ししてやるよ」
「良いのか?」
「ああ、お前には、思った以上に稼がせてもらったからな」
隠し通路の事なんかを言っているのだろうか。
俺としては、ノノたちにも助けられているつもりなのだが、どうやら向こうは向こうで恩を感じてくれているらしい。
「それでな。学院の依頼について、少し聞いて来た」
ノノが得意げに言う。こういうところ、本当に頼りになる。
「まず、今回の依頼は学院の大規模な野外演習の補助だ。学院生たちは、いくつかのパーティーに分かれて、森や草原、浅めの狩り場で実戦訓練をするらしい」
「ふむふむ」
「で、俺たちみたいに依頼で集められた冒険者は、その学院生パーティーに付き添う。危険な魔物が出た時の対処、怪我人の搬送、逃げた魔物の処理、あとは周囲の警戒だな」
「なるほど。引率役か」
「まあ、そんなところだ。手を出しすぎると訓練にならないから、基本は見守り。危ない時だけ動く感じだそうだ」
それなら、学院生と接触する機会はある。つまり、セルティと同じ班になる可能性も───。
俺がそこまで考えたところで、ノノは少し言いにくそうな顔をした。
「ただし、セルティ嬢たちは別枠らしい」
「……別枠?」
「ああ。学院でも特に実力のある連中は、普通のパーティーには入らない。遊撃部隊として全体を見て回るそうだ。危険な魔物が現れた時や、どこかの班が崩れた時に駆けつける役目だな」
俺は、思わず固まった。
「つまり……俺が学院生のパーティーに付き添っても、セルティと同じ班になる可能性は低い?」
「低いな」
ノノの返答は容赦なかった。
なんて事だ。学院の依頼と聞いて、これはついにセルティと自然に接触出来る機会かと思ったのに。 運命というやつは、なかなか簡単には仕事をしてくれないらしい。
「まあ、顔ぐらいは見られるかもしれないぞ。集合時とか、移動中とか、緊急時とか」
「緊急時か……」
「おい。自分で緊急事態を起こすなよ?」
「やらないよ」
やらない。さすがにそれはやらない。
……多分。
「目が泳いでるぞ」
「気のせいだ」
俺は咳払いをして誤魔化した。
しかし、完全に望みがない訳ではない。遠くからでもいい。一瞬でもいい。セルティの姿を拝めるかもしれない。
そう考えるだけで、依頼の日が急に楽しみになってくるのだから、我ながら単純である。
とはいえ、浮かれてばかりもいられない。
今回の依頼には学院生だけでなく、貴族関係者や実力者も集まる。下手に目立てば、面倒な事になる可能性が高い。
特に、コッコの存在は絶対に隠しておきたい。
体高二メートル近い巨体。レベル五とは思えない戦闘力。そして、石化のスキル。
あんなものを普通に連れ歩いたら、確実に騒ぎになる。ノノにも話していない以上、普段はインベントリの中で大人しくしてもらうしかない。
……大人しくしているかどうかは、少し怪しいが。
「どうした? 急に黙って」
「いや、依頼までにもう少し鍛えておこうと思ってな」
「またレベル上げか。お前、最近はそればっかりだな」
「強くなって困る事はないだろ」
「いや、そうだけどな」
翌日から、俺は一人で狩りに出た。
もちろん、本当に一人ではない。インベントリの中にはコッコがいる。
人目のない森の奥まで進み、周囲に誰もいない事を何度も確認してから、俺は小さく呟いた。
「出て来ていいぞ、コッコ」
次の瞬間、目の前に白い巨体が現れた。
「コォッ」
体高二メートル近い鳥型の魔物───コッコが、嬉しそうに鳴く。
白い羽毛はふわふわしていて、丸みのある顔にはつぶらな瞳。その顔だけ見れば、妙に愛嬌がある。 だが、太い脚、鋭い爪、そして見上げるほどの巨体は、どう考えても可愛いだけでは済まされない迫力を放っていた。
「声は控えめにな」
「コッ」
分かっているのかいないのか、コッコは俺に大きな頭を擦り寄せて来る。
「重い重い。潰れる」
そう言いながらも、俺はその嘴の横を撫でてやった。コッコは目を細め、満足そうに喉を鳴らす。
強い。でかい。でも、俺には甘える。
この落差が、たまらなく可愛い。
「よし。今日は無茶はしない。レベル上げが目的だけど、人に見つかるのはもっとまずい。危なくなったら、すぐインベントリに戻すからな」
「コッコ」
不満そうに鳴くな。お前が目立ちすぎるのが悪い。
森の奥で、俺たちは狩りを始めた。
最初に出て来たのは、ウルフ系の魔物が四体。 低く唸りながら俺を囲もうとしたが、コッコが一歩前に出た瞬間、空気が変わった。
巨体が羽を少し広げる。それだけで、ウルフたちの足が止まった。
「コッ」
短く鳴いたコッコが、地面を蹴る。
速い。
白い巨体が一気に距離を詰め、前脚───いや、鳥だから脚か───を振るう。
ドゴッ!
一体目のウルフが、軽々と吹き飛んだ。木の幹に叩きつけられ、動かなくなる。
「相変わらず、レベル五の動きじゃないな」
俺も遅れずにアイスボルトを撃つ。足を凍らせた二体目に、魔剣技ブレイドをまとわせた剣を叩き込む。
残る二体が逃げようとしたところで、コッコの瞳がきらりと光った。
石化。
完全に石になった訳ではない。だが、その動きは明らかに鈍る。
俺はその隙を逃さず、二体を順に仕留めた。
「よし、いい連携だ」
「コッコ!」
コッコが胸を張る。体高二メートル近い巨鳥が得意げにする姿は、妙に偉そうで、妙に可愛い。
俺は思わず笑いながら、その首筋を撫でてやった。
その後も、俺たちは狩りを続けた。
巨大甲虫は、コッコが正面から蹴り倒したところを、俺がブレイドで腹を裂いた。角ウサギの群れは、コッコの威圧で散り散りになり、俺が逃げ遅れた個体だけを仕留めた。鎧猪の突進は、コッコが受け止めた。
「いや、受け止めるなよ! 普通、避けるところだろ!」
「コッ?」
不思議そうに首を傾げるな。お前が頑丈すぎるだけだからな。
とはいえ、コッコに頼りきりになる訳にもいかない。学院の依頼でコッコを出す訳にはいかないのだ。
緊急時なら仕方ない。人の命がかかっているなら、隠している場合ではない。
だが、その時は俺も素顔のままではまずい。
課金装備のブラッディウルフの革鎧。深い赤黒い革で作られたその防具。装備すれば、顔が隠れる。
もし人前でコッコを出すなら、先にあれへ装備替えする。その段取りだけは、頭の中で何度も確認しておいた。
「まあ、そんな事態にならないのが一番だけどな」
「コッ」
コッコは、まるで「任せろ」とでも言いたげに鳴いた。
「いや、任せたら目立つんだよ」
頼もしい。頼もしいが、非常に困る。
そんな日々を、依頼の日まで続けた。
昼は人目を避けて森へ入り、コッコと狩り。夕方にはコッコをインベントリに戻し、何食わぬ顔で町へ戻る。夜は宿でノノたちと雑談しながら、学院依頼の話を聞く。
「お前、最近また雰囲気変わったな」
「そうか?」
「ああ。妙に落ち着いてるっていうか、何か隠してるっていうか」
「気のせいだろ」
危ない。ノノは勘が良い。
俺は笑って誤魔化しながら、内心で冷や汗をかいた。
そして、学院の依頼を数日後に控えた夕方。
森の奥で、俺たちは大きな牙を持つ猪型の魔物と遭遇した。コッコが突進を横から弾き、俺がアイスボルトで脚を止める。動きの鈍ったところへ、ブレイドをまとわせた剣を振り下ろした。
猪型の魔物が倒れる。
その瞬間、身体の奥で熱が弾けた。
来た。
俺は息を呑み、自分の状態を確認する。
レベル二十。
「……よし」
思わず拳を握る。
「やったぞ、コッコ。レベル二十だ」
「コォッ!」
「声が大きい」
「コッ」
注意すると、コッコは少しだけ首をすくめた。 その仕草が可愛くて、俺はつい笑ってしまう。
俺はコッコの大きな頭を両手で撫でた。
「お前のおかげだ。ありがとうな」
コッコは目を細め、満足そうに喉を鳴らす。
学院の依頼。遊撃部隊のセルティ。レベル二十になった俺。そして、誰にも知られていない切り札のコッコ。
準備は、出来る限り整えた。
あとは当日、余計な事が起きないのを祈るだけだ。
……まあ、こういう時ほど余計な事が起きるのが、物語というものなのだが。
「いや、現実にまで物語のお約束はいらないからな」
「コッ?」
「何でもない」
俺はコッコをインベントリに戻し、何食わぬ顔で町へ歩き出した。
明日はギルドで、依頼の最終確認。その次はいよいよ、学院の野外演習だ。
セルティに会えるかどうかは分からない。だが、姿を一目拝める可能性があるだけで、俺の足取りは妙に軽かった。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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