ペットの育成
湖の主を討伐して一気にレベルを上げた俺だが、ここで一つの疑問に突き当たる。
大物を極大魔法スクロールで倒したのは同じなのに、なぜセルティに喚ばれた時にはレベルアップしなかったのか?
あの時にレベルが上がっていれば、レベル一とかスキルなしとか馬鹿にされる事もなかったのに。
考えられるとすれば、あの時の俺は召喚獣扱いであった。
そういう事か?
召喚獣はレベルアップしないのか?だったら、コッコも?
俺の事は、良い。
召喚時でなければ、レベルは上がる。
コッコは?
ただ一度だけ喚び出したコッコだが、妙に気になった。
コッコは、召喚獣ではない。ペットだ。ペットなら、レベルは上がるのか?
俺はコッコの育成を試してみる事にした。
と言って、前回みたいに対人戦をやろうというのではない。あ、あの時の三人は、装備を全部剥ぎ取られた状態でギルドに運び込まれたらしい。救助費用までふんだくられて、スカンピンになったとか。良い気味。
で、ペット育成である。
コッコを他の探索者に見られる訳にはいかないので、俺は泊りがけで遠くへ向かう事にした。とにかく、街や村のない方向へ一直線だ。
こういう時に、この世界に関する知識がないのは、辛い。ギルドの資料室とかで調べられる事は調べたが、正直、資料の方も適当で、あまり役には立たなかった。
と言う訳で、俺も適当にやる事にした。
ひたすら、ひと気のない方向に、前進前進。
モンスターも強くなっていく。
モンスターの密度も高くなっていく。
さすがに、しんどくなってきた。
そこで、俺は閃いた。ゲーム開始と同時に買った課金装備を身に着ける事にしたのだ。ミスリル小剣とブラッディーウルフの革鎧。
HPとMPを常時微回復するというブラッディーウルフの革鎧には、狼を模した頭装備が付いているのだ。これでなら、顔を隠せる!
辺りに誰もいない事を確認してから装備チェンジした俺は、更にコッコを呼び出す。
体高二メートル。真っ白な鶏ボディに蛇の尻尾。その嘴は鋭く、脚は逞しい。いや、全身が逞しい。コカトリス───。
コッコは胸を張ると、高らかに「コォケコッコォ〜〜〜ッ!!」と雄叫びを上げた。
うわっ、誰かに聞かれたらどうするんだと慌てかけたが、今の俺はリョウマではない。謎の狼戦士だ。気にしない事にした。
まずは、コッコのステータス確認。
───レベル一。スキルなし。おおぅ……。
まさに生まれ立てのステータス。これで、それなりに強そうだった三人組を圧倒したのだから、とんでもない。
「よし、コッコ、ここから狩りをしながら、ひたすら進んで行くぞ」
「クェ〜ッ!」
そこから、コッコによる蹂躙劇が始まった。
……始まったのだが。
「クェッ!」
コッコが翼を広げて突撃する。白い巨体が跳ねる。地面を蹴る。羽がばさりと舞う。
目の前にいた角ウサギが、ぎょっとした顔をした次の瞬間、嘴でつんと突かれて倒れた。
「……うん」
強い。強いのだが、相手が弱すぎる。
コッコは倒した角ウサギを足で押さえ、こちらを振り返った。
「コォ?」
どうだ、と言わんばかりに胸を張っている。かわいい。めちゃくちゃかわいい。
「偉いぞ、コッコ。よくやった」
「クェ〜ッ!」
褒めると、コッコは目を細め、首を左右に振りながら羽をぱたぱたさせた。うん。これは完全にペットだ。コカトリスという凶悪モンスターのはずなのに、俺の前ではただの褒められ待ち巨大ニワトリである。
だが、ステータスを確認してみても、レベルは一のまま。
「やっぱり、弱すぎる敵じゃ駄目か」
「コォ……?」
コッコが首を傾げる。あざとい。いや、本人にそのつもりはないのだろうが、二メートルの巨体で首を傾げるのは、なかなか破壊力がある。
「違う違う。コッコが悪いんじゃない。相手が悪いんだ」
「クェッ!」
分かったのか分かっていないのか、コッコは元気よく鳴いた。
その後も、俺たちは狩りを続けた。ウルフ、ボア、でかいトカゲ、木に擬態した変な蔦。出てくるモンスターを、コッコは次々に倒していく。
嘴で突く。足で蹴る。羽ばたきで砂を巻き上げる。蛇の尻尾で敵の足を絡め取る。
見た目はコミカルなのに、戦い方は普通にえげつない。特に蛇尻尾が器用だった。敵が横から回り込もうとすると、するりと伸びて、足首や胴体に巻きつく。そして、ずでんと転ばせる。
「コッコ、お前、その尻尾も自分で動かしてるのか?」
「コォ?」
コッコは自分の尻尾を見た。蛇尻尾もコッコを見た。
……いや、お前ら、別人格なのか?
蛇尻尾はちろちろと舌を出し、コッコの首元にすり寄った。コッコは気持ちよさそうに目を細める。
「仲良しかよ」
なんだこの生き物。かわいすぎるだろ。
ただ、問題はそこではない。いくら狩っても、コッコのレベルが上がらないのである。
「これでも駄目か……」
さすがに夕方が近づいてきた。太陽が傾き、森の影が濃くなっていく。あまり夜までうろつくのは良くない。俺一人ならともかく、今日はコッコの育成が目的だ。危険な目に遭わせたい訳ではない。
「今日は引き上げるか?」
「クェッ!?」
コッコが、信じられないという顔をした。いや、鶏の顔なので表情は分かりにくいのだが、なんか分かる。まだやる。もっと戦う。そんな気配が全身から溢れていた。
羽を膨らませ、地面を足でかりかり掻いている。やる気満々だ。
「お前、意外と武闘派だな」
「コケッ!」
任せろ、とでも言うようにコッコは胸を張った。
仕方ない。もう少しだけだ。俺はそう決め、森の奥へと進んだ。
すると、空気が変わった。
木々の間に、白い糸が張り巡らされている。最初は朝露でも光っているのかと思ったが、違う。糸だ。太く、丈夫そうな、粘つく糸。
「……蜘蛛系か」
嫌な予感がした。
その直後、頭上から影が落ちた。見上げると、そこには上半身が女、下半身が巨大蜘蛛という、いかにもなモンスターが張り付いていた。
アラクネ。
ギルド資料室の適当な本にも、危険モンスターとして載っていた奴だ。毒、糸、俊敏性。おまけに知能も高い。新人が遭遇すれば全滅。中堅でも苦戦。 そんな感じの説明だった。
「コッコ、下がれ」
俺は即座にミスリル小剣を構えた。さすがに、こいつはまずい。レベル一のペットにぶつける相手ではない。
だが、コッコは下がらなかった。
「クェェェ……」
低く鳴いた。いつもの間抜けで可愛い声ではない。胸を低くし、翼を広げ、嘴をアラクネに向けている。
蛇尻尾も鎌首をもたげ、威嚇するように舌を鳴らした。
「おいおい、やる気か?」
「コォケコッコォォォォッ!!」
やる気だった。
コッコは地面を蹴った。白い巨体が弾丸のように突っ込む。アラクネは笑ったように口元を歪め、糸を吐いた。
「危ない!」
俺が叫ぶより早く、コッコは横に跳んだ。ふわり、と。巨体に似合わぬ軽やかさで糸を避ける。
しかし、次の糸が来る。その次も。森の木々を利用した立体的な攻撃だ。糸が網となり、壁となり、コッコの逃げ道を塞いでいく。
「コッコ!」
「クェッ!」
コッコは、逃げなかった。むしろ突っ込んだ。 嘴で糸を引き裂き、足で踏み抜き、羽ばたきで粘糸を吹き飛ばす。
ただのニワトリではない。コカトリスだ。
アラクネの脚が、槍のように振り下ろされた。 コッコはそれを嘴で受けた。
「受けるな馬鹿!」
思わず叫んだが、コッコは踏ん張った。ぎりぎりと嘴と蜘蛛脚が拮抗する。その隙に、蛇尻尾が動いた。
するり。
アラクネの脚の一本に絡みつき、思い切り引っ張る。
体勢が崩れた。
「今だ、コッコ!」
「コォッ!」
コッコの脚が跳ね上がる。強烈な蹴りがアラクネの胴に入った。
どごん、という鈍い音。アラクネが木から剥がれ、地面に叩きつけられる。
だが、まだ倒れない。アラクネは怒りの声を上げ、毒々しい液体を吐いた。
まずい。毒か。
俺はアイスボルトを撃とうとした。が、その前にコッコが翼を大きく広げた。
「コォケェェェッ!」
ばさあっ、と羽ばたきが炸裂する。突風が起こり、毒液が横へ流された。さらにコッコはその勢いのまま突っ込み、嘴をアラクネの胸元へ叩き込む。
一撃。二撃。三撃。
つんつん、などという可愛い音ではない。ごすっ、ごすっ、という、完全に鈍器の音だ。
最後に、蛇尻尾がアラクネの首元へ巻きついた。 コッコはその場でくるりと回転する。
アラクネの体が振り回され、木の幹に叩きつけられた。轟音。衝撃。
動かなくなる。
「……勝った、のか?」
「クェッ!」
コッコは勝ち誇った。胸を張り、羽を広げ、夕日に照らされて真っ白に輝いている。
かっこいい。でも、嘴の先に蜘蛛の糸がくっついていて、それを気にしてぷるぷる首を振っている。
かわいい。やっぱりかわいい。
「よくやった! すごいぞ、コッコ!」
「クェ〜〜〜ッ!」
俺が駆け寄って首元を撫でると、コッコは嬉しそうに喉を鳴らした。鶏が喉を鳴らすのかは知らないが、鳴らした。巨大な体をすり寄せてくるので、こっちが倒れそうになる。
その時、ステータス画面が開いた。
コッコ。 レベル二。
「上がった!」
「コォ!?」
「上がったぞ、コッコ! レベル二だ!」
「コォケコッコォォォォッ!!」
コッコは本日一番の雄叫びを上げた。森の鳥たちが一斉に飛び立つ。いや、だから静かにしろと思ったが、俺も嬉しかったので注意する気になれない。
ペットはレベルアップする。これは大きい。しかも、コッコはレベル一でアラクネを倒した。つまり、育てればもっと強くなる。
「……よし」
俺は調子に乗った。
「コッコ、もう一体ぐらい強敵を探してみるか」
「クェッ!」
コッコは元気よく返事をした。蛇尻尾も、賛成するようにしゅるしゅると揺れている。
こうして俺たちは、夕暮れの森の奥へと更に足を踏み入れた。
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