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8 フォート・プライマル/人類統合軍総司令部




 二〇二三年・六月五日、午前七時。

 賽原基地司令部庁舎の最下層部、中央司令室。


「データリンク開始」

「中継用無人機は、全機、所定の空域を飛行中」

「データリンク成功。安定しています」


「各自、通信データが暗号化されていることを再確認してください。現在、基地内の民間人は精神的に不安定な状態にあります。なにが引き金となり、暴動が起きるのか予測できません」


「はい、雪風司令」

「通信の秘匿性を保持し、情報漏洩には常に細心の注意を払ってください」

「了解しました。外部ネットワークからの不正アクセスの有無を、今一度確認します」


 度重なる激しい室内戦に見舞われ、設備と人員の大半を失った司令室だったが、ここ数日の懸命な復旧作業によって、最低限度の機能を回復させていた。


 司令室内では、大佐の階級にある僕自身を筆頭に、重機械化歩兵部隊、戦車部隊、砲兵部隊、航空部隊、それぞれの部隊を統率する、少佐以上の階級を持つ軍人たちが肩を寄せ合い、室内の一点を無言で見つめていた。


「時間です」

 午前七時十五分。


 重苦しい沈黙が支配する室内に、定刻を知らせるブサー音と、卓型のコンソールを操作する若いオペレーターたちの声が連続して響く。


「映像を中央モニターに表示します」

 オペレーターの一人が、アームの先端に設置された複数台のモニターを視認しつつ、卓上に備え付けられたキーボードを操作する。


 すると司令室中央の巨大なモニターが点灯し、ノイズ混じりの映像が表示された。

 現地との時差は十六時間。

 カリフォルニア州ロサンゼルスの現地時間は、六月四日の午後三時十五分だった。


 映像からノイズが消えると、少し遅れて音声が入った。

 飛行する航空機の機内なのだろう。

 聞こえてくる音声の大半が、巨大な回転翼の四重奏で占められている。


《司令部、こちらハイドラ・ワン。北米調査部隊だ。聞こえるか司令部!》

 一人の兵士がモニターに表示されたが、そのただならぬ慌てぶりに緊張が走った。

 とある女性オペレーターが額の汗をぬぐいつつ応対する。


「こちら賽原基地司令部。ハイドラ・ワン、よく聞こえている。ただちに状況報告を」

《ああ、くそっ、なんてことだっ、信じられないっ!》


 しばらく要領を得ない言葉の応酬が続いたが、この場には、その不明確な交信を避難する者はいなかった。


 室内の全員の視線が、中央モニターに釘付けになっていた。

 航空機の機体底部に搭載された光学カメラが、地上を鮮明に映し出す。


《穴だッ! ここには、巨大な穴しかないッ! 百万人の生存者なんているわけがないッ!》


 カラカラに乾燥した内陸の風が、植生の乏しい赤茶けた大地を吹き抜けて、淡いオレンジ色の砂塵が巻き起こる。


 けれど、上空で輝く太陽が短い影を落とすのは、カリフォルニアの赤茶けた大地ではなく、巨大なクレーターのふちであった。直径は優に二十キロメートルはあるだろうか、その基底部には赤熱する数百万トンものマグマが溜まっていた。


 フォート・プライマル。

 統合軍総司令部を擁する世界最大の軍事拠点が、瓦礫すらも残さず、地上から消滅していたのだ。


《ダメだ。誰もいない。クレーターの周囲には、人が避難した痕跡すらない!》

《ここまでの航路上で、いくつもの大都市上空を通過したが、どの街でも人っ子一人みなかった。もうこの国に生存者はいない。一人も、ひとりも……っ!》

《まさか、世界全体がこの有様なのか?》

《はははっ、ついに人間様もレッドリスト入りか》


 現場上空を飛ぶ兵士たちの絶望に満ちた声が、ローターの回転音と共に虚しく響く。


《司令部、指示を! 指示をくれ! これから俺たちはどうすればいいっ!》

 司令室内を静寂が包んだ。


 周囲から視線が集中する。

 室内の誰もが、人類最後の司令官たる雪風小春、つまりこの僕を見つめていた。


「すこし、マイクを使わせて頂きますね?」

「え、あ、はいっ! どうぞっ!」

「ありがとうございます」

 僕は一言断りを入れて、急に頬を赤らめた女性オペレーターの隣に割り込むと、卓上から伸びるマイクを口元に引き寄せた。


「ハイドラ・ワン。地上に着陸可能な平地はありますか?」

《荒野にハイウェイが敷かれている。クレーターに飲まれて、途中で途切れてはいるが、もともとフォート・プライマルに接続されていた交通の大動脈だ。路面はコンクリートで舗装されている。片側八車線、道幅も十分だ。やや遠いが、無人のパーキングエリアも確認した》


 声の主が変化したことに相手は気づいていなかったが、いちいち知らせる必要もないので、そのまま会話を続行した。


「ハイドラ・ワン。積載した食料は何日分ですか?」

《二十日分だ。隊員は、俺と操縦士を含めて六人。全員、義体化している》

「なら、十分ですね。ハイドラ・ワン。燃料が続く限りクレーターの外周を飛行し、可能な限りの情報収集に努めてください」

《了解》


「迎えは必ず向かわせます。それまでのんびりと観光でもしていてください」

《……その声、まさか雪風司令ですか?》

「誰よりも勇敢なあなた達は、我が賽原基地の宝です。絶対に見捨てません」

 通信相手が誰なのかを認識した途端、隊員たちの表情から不安と恐怖が拭い取られ、その瞳に熱い憧憬の火が灯る。


「私からは以上です。各員の奮励に期待します」

《了解ですっ!》

 コンソール上のスイッチを入れると、背筋を伸ばし、僕は映像の送受信を開始したカメラの前で敬礼する。機内の兵士たちは脇を締めた省スペースな敬礼で素早く応じた。


 敬礼後、即座に卓型コンソールから離れると、中央の大型モニターを見上げた。

 どうやら夜間光観測によって確認されたという人工の光は、あのクレーターの基底部で赤熱するマグマ溜まりだったようだ。


「…………」

 調査部隊を派遣する前から、もはやこの世界に、百万人の生存者が存在し得ないことはわかりきっていた。あの完璧主義のアリスが、〝ほとんど全員、キメラ化を済ませた〟と明言したからには、それほどの大人数を取りこぼすはずがないのだ。


 賽原基地所属の軍人と軍属職員が計一万人、生き残った民間人が一万人。

 合わせて、二万人。


 これが地球人口のすべて。

 この二万人が死に絶えた時、地球上から人類は絶滅する。

 今まさに、世界が滅びようとしていた。

 

 ――さあ、正念場だ。

 


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