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キミに恋する青い鳥  作者: 細川晃
第6章 鳩
52/116

6 守護神




 全速力で戦場を駆け抜ける。

 目指すは、賽原基地の南東に構築された第一防衛ライン。


 攻め寄せるキメラの猛攻を受け続け、ついには放棄されながらも、いまだに奮戦を続ける隊員が残された最前線へ急行する。


 外部兵装たる渡り鳥の性能を遺憾なく発揮し、ジェット戦闘機でさえもそう易々とは到達できない速度を維持しながら、戦場を横断することに十数秒。進路上の地面は絶え間ない砲爆撃によって無数のクレーターが形成され、そこかしこにキメラとの激闘を物語る様々な残骸が散らばっていた。


 後退する途中で集中砲火を受けて撃破された穴だらけの戦車。

 胸部装甲が大きく潰れて原型を留めていない全身が機械化された兵士。

 引きちぎられた脚で口部を串刺しにされたキメラ。


 戦闘開始の直後から、一進一退の攻防が続いていた第一防衛ラインの周辺には、そういった奇妙なオブジェが点在し、道端に転がる石ころも同然に打ち捨てられていた。


「見えた!」


 そんな最悪の空間、刻一刻とすべての生命が根絶やしにされていく最前線で、決死の悪あがきを続けている第一大隊の姿を僕らは発見した。群がるキメラが邪魔でよく確認できないが、生存している隊員はもう五十名以下になっているのは確実だった。


「だけどあれはマズいぞ! 完全に包囲されて、あれじゃ袋叩きだ!」

「司令部、こちらパックス・ワン。支援砲撃要請! ポイントSE-五五-六〇を集中的に面制圧してください!」


《了解。ただちに支援砲撃を開始します》


 アリス様の言った通り、僕の出した要請はすんなりと受諾され、再設定されたポイントへと投射される火力が大きく増加した。これでより効率よく、第一防衛ラインに流入するキメラの個体数を減らしてくれるだろう。


「――マコト、このまま突っ込みます。僕に続いてください!」

「あいよ、隊長!」


 至るところで爆炎が立ち昇り、残火が燻っている。

 巻き上がった土埃と、どす黒い黒煙が空を覆い隠しつつあるそこは、この世に具現した地獄そのものであると言っても過言ではない。


 さらに速度を上げて、僕らは陥落寸前の戦域へと飛び込んだ。


「救援に来ました! 後退してください!」

「雪風隊長!? しかし、ここは……」


 二十代後半のアジア系の男性が、僕の顔を凝視しながら目を大きく見開いている。

 彼も全身が機械化されたサイボーグなのだろう。


 生身の人間では到底扱えない二十ミリ機関砲を担ぎ、重機械化歩兵向けの肉厚な装甲服に身を包んでいるにも関わらず、立ち込める黒煙や土煙で汚れた顔には汗一つ流れていない。


「あなたは?」


「第八中隊隊長、久留木(くるき)中尉であります!」


「久留木中尉、よく時間を稼いでくれました。ここは私たちが引き受けます。ただちに生存者を連れて後退してください」


「はっ! 了解しましたっ!」


「僕らはここで踏み止まります。マコト、準備はいいですか?」


「準備万端、いつでもいいぞ」

 マコトは牙をむくようにニッと笑いながら頷く。


「では、各自行動開始!」


「全員撤退! 撤退だ! 行け行けっ!」


 久留木中尉は生き残った隊員四十二名を引き連れて迅速に行動を開始した。

 彼らは退路を塞ぐ敵集団へと残り少ない弾薬をこれでもかと叩き込み、多少の被害を無視してでも強引に活路をこじ開け、第二防衛ラインへと全力で後退する。


 僕とマコトは撤退する部隊の背中を守るべく、南東側から攻め寄せるキメラの本隊へと挑みかかった。それに呼応するように賽原基地から投射された大量の榴弾が、流星群となって南東の地平線に降り注ぐ。


 指定したポイントにひしめくキメラの一群は、榴弾に充填された高性能爆薬の炸裂と共に、四方八方へと飛散した鉄片によって一掃され、原型すらも留めていない無残な骸となって散らばった。


 それでもキメラの進攻は止まらない。


 ひしゃけた同族の残骸を再度踏みつぶしながら、賽原基地を目指してひたすらに前進を続けている。要請した航空支援によって絨毯爆撃が敢行され、何百もの投下型爆弾が地表を爆炎で塗り潰そうと戦況が好転することは決してなかった。


 特異点が未だに旧横浜市港南区の上空に存在している現状を鑑みれば、数千のキメラを打ち倒そうと戦局に与える影響は小さい。戦闘開始当初と比較して、敵総数が減少しているのかも定かではないのである。


 奴らの本拠地である異界。


 そこへと通じる特異点から、無尽蔵にキメラが出現するのであれば、僕らには勝ち目なんて最初からない。避けようのない敗北が決定付けられている。


「――はッ!」

「――よし、次!」


 では諦めるのかと問われれば、それは違うと僕は必ず否定するだろう。

 勝算が限りなくゼロに等しくなろうとも、どれほどの不安に押し潰されそうになろうとも、絶対に降伏はしない。


 一度握り締めた武器を手放すなど論外である。

 ただひたすらに眼前の敵を排除する。


 それ以外の方法を知らず。

 そうする他に生き残る手段が存在しないのであれば、勝利の瞬間まで抗うしかない。


 抗い続けた先に勝利という光明が差し込むと信じて、一太刀、また一太刀と相州鬼正を淡々と振った。


「たくっ、倒しても倒しても、キリがないなっ!」

「敵の数、減っている思いますか?」

「わかんない。でも心なしか、減っているような気もする。というか減りつつあるって思いたいだけなのかもしれないけど」

「……そうかもしれませんね」


《司令部から展開中の全部隊へ通達。旧横浜市港南区に出現していた特異点の消滅を確認。繰り返す、特異点の消滅を確認!》


 光明が差した。


「おお!」

「よしゃあ!」


 突如としてもたらされた吉報に、戦場が沸き立つ。

 後方の第二防衛ラインから地鳴りのような歓声が空気を震わせていた。


 反復爆撃を遂行中の戦闘機部隊までもが、祝福とばかりに機体を一回転させ、上空で華麗なマニューバを披露している。


「……はぁ」

 よかった。特異点が消えてくれて本当によかった。


 もちろんまだ特異点が消えただけで、戦況は依然として厳しい状態にあるけれど、キメラが無限に出現し続けるという事態も想定していただけに、その最悪の想定が覆っただけでも心の持ちようがまるで違う。


 すくなくとも、ここから戦況が好転する可能性は残ったのだ。

 雲泥の差である。


「補給は大丈夫ですか?」

「だいぶ余裕がある。ブレードもまだ二本しか消費していない」

「わかりました。では特に指示はありません。思う存分暴れてください」

「よし、ここからが反撃だ。奴らを押し返してやる!」


 血気盛んに敵集団のただ中へ飛び込んだマコトは、そのまま敵陣を駆け抜けながら、手当たり次第にキメラの首を刎ねていく。太刀筋は鋭く、身のこなしは軽快で、その手際は鮮やかの一言に尽きる。戦闘が開始された当初は、緊張もあってか、動作に少し固いところがあったものの、すでにそれも解消されている。


 これほど柔軟で立体的な機動を織り交ぜた高速戦闘を維持できるのであれば、多少キメラに包囲されたところで撃墜されることはまずありえない。すでにマコトは、アルバトロスを単独で討伐できるほどの実力を兼ね備えていると考えて間違いないだろう。


 驚くべき成長速度だ。


「これは負けていられないな……」

 もとは人間であるキメラを殺めることへの迷いや葛藤は当然ある。


 でもそれ以上に、僕には守りたいものがあるんだ。


 だから、もう躊躇わない。


「――!」

 地面を蹴って十メートルほどの距離を瞬時に詰めると、眼前のキメラを一刀のもとに斬り捨てる。続けざまに背後に回り込もうとしていた別個体に対して、斜め下から刃を走らせ逆袈裟斬りで胴体を両断し、また新たな標的を定めて斬りかかった。


 瞬間的な加速と減速、急激な旋回機動を何度も繰り返しながら、生身の人間であれば即座に失神してしまうほどの遠心力を全身で受けつつ、しかしそれすらも振り切って、キメラから放たれた徹甲弾は跳んで躱し、空中では刃で打ち払って迎撃する。


 けれど、それでもまだキメラの進攻を押しとどめるには至らない。


「まだまだッ!」

 僕はさらにピッチを上げた。


 跳躍と共に音を置き去りにして空中を駆け、敵の合間をするりするりと通り抜けるようにして、左右二振りの相州鬼正でキメラの頭と胴体の接合部を連続的に斬り裂いていく。


 首を刎ねたキメラが、背後で鈍い音を立て次々と崩れ落ちていった。


 着地と同時に全方位から殺到する何十もの徹甲弾と、撒き散らされる強酸性の消化液を空中への跳躍で回避すると共に、そうした執拗な猛攻を振り切るべく、相州鬼正を乱舞させて敵の攻撃を迎撃しながら突撃する。


 その最中何発か被弾し、電磁流体装甲の防御層が剥離して蛍火の如く舞い散った。


 防御層が貫通されることはなかったが、機体は被弾の代償にとして膨大な電力を食い潰し、より一層熱を蓄える。風になびく黄金色の長髪は、ついに陽炎が立ち昇るほどに発熱し、口からは耐熱樹脂が融解するほどの蒸気が呼吸と共に排気されていた。


 まだ発熱は危険水準には至っていなかったものの、ただちに行動を停止して機体を冷却できない以上、こうして戦闘能力を最大限に発揮できる時間はそう長くはない。


 さらに効率よく、かつ被弾せずに、キメラを倒していかなくてはならないようだ。


「すげ……」

 こちらを見ながらマコトが呆然と呟いていた。


 彼女とアイコンタクトを交わしつつ、僕は次なる敵集団を目標に定めた。


 前方から降り注ぐ徹甲弾を注意深く斬り払い、彼我の距離を一気に詰めると、すれ違うその一瞬でキメラの頭部を四つ刈り取った。直後、地面に足がめり込むほどの急ブレーキをかけて体を反転させると、荷電粒子推進機構の全力噴射と共に、走り抜けた敵集団へともう一度斬りかかる。


「――はぁっ!」

 降り注ぐ一斉掃射を躱しつつ、その分厚い甲殻を斬り裂く度に、水面に刀身を走らせるほどのわずかな抵抗が柄を通して伝わってくる。


 切れ目から噴き出す赤黒い体液が降りかかる前に離脱し、背後から迫っていた別の固体へと上段からの一刀を浴びせかけた。垂直に両断された骸が完全に崩れ落ちるよりも早く、それを踏み越えて新たに複数のキメラが接近する。


 休む間もありはしない。

 考える時間も一切ない。

 機体の発熱で脳髄がゆで上がりそうだ。

 だからこそ、迷いが生じる暇もなかった。


「…………」

 反射的に飛びかかり、瞬時に九つの首を斬り飛ばす。


 スライディングによって頭上を通り過ぎる徹甲弾をしり目に敵の懐へ飛び込むと、十文字を描くように二つの刃を連続的に走らせ、対象が七花八裂になるまで斬り刻む。


 そのまま斬り刻んだ対象を避けることなく前進し、あたかも内部から爆散したかの如く血煙となって飛び散った残骸の中央を通り抜けた。


「――ふっ!」

 続けざまに両手の対物ブレードを投擲。


 間髪入れず、左右腰部のブレードランチャーから新たな刃を逆手で抜き放つ。


 その間、水平に飛んだ二つの対物ブレードが、発射態勢に移っていた二体のキメラを串刺しにした。


 延髄を刺し貫かれて即死した二つの骸を最大加速からの跳躍で飛び越え、逆手に持った二つの刃で飛来する徹甲弾を的確に弾きつつ、目標との間合いを詰めると共に、一陣の風となって戦場を駆け淡々とキメラの首だけを刈り取ってく。


 そうして二百あまりを迅速に撃破することで、僕らは一時的に、周辺から敵反応を消し去ることに成功する。




明日、日曜日に投稿します。

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