7 ヤマガラ
《周囲三千メートル圏内に敵影なし。機体内部温度が危険域に達しつつあるため、緊急放熱を推奨します》
「はぁー」
渡り鳥の指示に従って口内から過熱蒸気の排気を行っていると、突如として視界内に戦域のマップが表示された。
「!」
それによると一千体以上の敵集団が、徹底的な面制圧砲撃と絨毯爆撃を掻い潜り、第一防衛ラインへと急速に接近しつつあるらしい。
距離は、およそ四千メートル。
僕は即座に、データリンクによって同じ情報が共有されているマコトへと命令を伝達した。
「僕らは賽原基地防衛の要です。決して後退はできません」
「うん」
マコトは神妙な面持ちで頷くと、次の戦いに備えてこれまで酷使してきた破損寸前の装備を投棄し、新しい相州鬼正をブレードランチャーから抜刀する。
「どうする小春、こちらから打って出るか?」
「そうしましょう。これが防衛戦である以上、多少でも前線は押し上げておくべきですから。司令部から撤退命令が出るまでは、こちらから攻め続けます」
「そうこなくっちゃな」
体力は万全と言わんばかりに、マコトは気炎の籠った眼で前方から接近しつつある敵集団を睨み、両頬をゆっくりとつり上げるようにして笑った。
「俺は小春にどこまでもついていく。だから背中は任せてくれ」
「頼みます」
僕は頷くと、その場で使用中の対物ブレードを一振りし、違和感がないことを確認する。
次にアマツバメと渡り鳥を簡易的に表したピクトグラムを視界内に表示してみたが、異常は見受けられない。すべて綺麗な緑色で統一されたピクトグラムは、機体は極めて良好な状態であることを端的に伝えてくれていた。
大丈夫、異常はない。
まだ存分に戦える。
「…………」
視線を向けると、マコトは目礼によって応じた。
よし、行こう。覚悟を胸に抱き、僕は全力で叫んだ。
「突撃! 目標、前方の敵集団!」
「――!」
僕とマコトは接近中の大規模な敵集団へと突っ込んだ。
それに合わせて砲爆撃の轟音はより一層激しさを増し、砂塵を伴った衝撃波が全身を打つ。
そのまま五百メートルほど前進したところで、集団の先頭を独走していたキメラが、僕らを撃ち落とすべく口部を開放し、装甲を持たない人類の兵器を一撃で撃破可能な四十ミリ徹甲弾を速射した。
「なめるなっ!」
「それが攻撃のつもりかっ!」
飛来した複数の徹甲弾を瞬時にして斬り払う。
僕らはタイミングを合わせて地面を強く蹴ると、推進機構の全力噴射によって滑空しながら目標へと接近し、同時に刃を振るった。
両者の相州鬼正が、鮮やかな切り口と共にキメラを三分割する。
次の瞬間、前方で無数の閃光が瞬いたかと思うと、何百もの徹甲弾が一斉に飛来した。
しかしこれを事前に見越していた僕らは、敵の攻撃が到達する前に、主機から供給される膨大な電力をもう一度推進機構へと叩き込む。
「くっ!」
「なんの、これしき!」
僕らは歯を食いしばった。
刹那、左右の肩部に並ぶ三次元推力偏向パドルが、花弁に似た三枚の板を自動的に開閉し、急激な推力偏向によって視界が明滅するほどのGに晒され、機体は真横にスライドするような軌道を描く。
それは戦闘機であっても両翼が空中分解してしまうほどの機動飛行を、大気圏内を飛翔する巨大ロケットで実現するようなものだった。
そうした不条理な機動を連続的に行い、地面の上を滑空しつつ右に左にと機体を振り回し、敵砲弾を全弾回避する。視認できる範囲内だけでも一千体に届こうかという敵の大部隊、その先頭へと食らいついた。
するとキメラは瞬く間に部隊全体を薄く広げ、僕らの包囲を開始する。
当然それは手ぬるいものではなかった。
同心円状の十重や二十重にもなる厳重な包囲網が姿を現す。
それが完成するのと同時に、賽原基地への進攻も停止した。
「…………」
十分に警戒しながら戦闘を継続しつつも、そういったキメラの動向をつぶさに観察していた僕は、唐突にある作戦を思いつく。
「マコト、少し無茶な作戦があるんですけど、実行しても構いませんか?」
「少しの無茶くらい、今さらなんだって言うんだ。それでキメラを一体でも多く倒せるなら、いくらでも付き合ってやるさ」
迅速に敵を斬り倒しながら、マコトは溌剌と笑ってそう言った。
理解ある相棒の許可を得た僕は、早速司令部へ通信を入れるのだった。
「司令部、航空支援要請! 今すぐに僕たちが戦闘しているエリア一帯を集中的に空爆してください!」
「――!」
さすがのマコトもこれには驚いたらしい。彼女の表情が凍りついている。しかし、すぐに合点がいったのか、より一層瞳を爛々と輝かせ、キメラを一体でも多くこの場に釘づけにしようと奮戦を続けた。
《……了解。ただちに指定エリアの空爆を開始します》
少し間があったけれど、僕が想像していたよりもすんなりと作戦実行の許可が出た。
もしかしてアリス様がゴーサインを出してくださったのだろうか。いや、きっとそうであるに違いない。後でこっぴどく叱られるかもしれないけど、多くのキメラを素早く処理するためだ、甘んじて受けよう。
「作戦は聞いての通りです。もうわかっていると思いますが、空爆が開始されるギリギリまでキメラをこの場に引き留める必要があります。ですが、そればかりに固執していると、今度は逃げるタイミングを見失うことになりかねません。十分に注意してください」
「了解。それにしても、こんな作戦を小春が立案するなんてな」
「すみません、ほとんど勝手に決めてしまって」
「まあ、いいさ。今度、お礼に美味しいデザートを作ってくれるなら、それで」
「……腕によりをかけて作らせてもらいます。リクエストはありますか?」
「プリン! 満足するまで食べたいから、いっぱい作って!」
「わかりました」
「やった!」
会話を続けていても、手を休めることはなかった。
僕らは互いに背中を預け、四方八方から襲いかかってくるキメラを黙々と処理していく。
地面はすでにキメラの残骸で埋め尽くされ、足の踏み場もありはしない。
三百六十度を包囲していながら、徹甲弾を連射するキメラも当然のようにいるので、味方に撃ち殺される個体も数多く存在した。
やはりキメラは、仲間意識というものが希薄なのだろう。
躊躇いなく消化液を辺り一面にまき散らし、十数体の味方を巻き添えにしている個体も少なからず存在している。まるで不出来なソフトウェアがインストールされた機器さながらに不安定な挙動である。
やはりキメラの生態はよくわからない。
そもそもキメラは生物として定義すべき存在なのだろうか?
きっとそれすらも僕たち人類は解明できてはいないのだろう。
「!」
そうして敵部隊全体の一割にあたる百体程度のキメラが物言わぬ残骸になり果てた段階で、ようやく司令部からの通信が入る。
《戦闘機部隊、戦闘エリアに接近。これより三十秒以内に周辺エリアの集中爆撃を開始します。ご注意ください》
「緊急離脱!」
「了解! どけどけっ!」
「電磁流体装甲、出力全開! このまま突っ切ります」
上空では賽原基地に所属する戦闘機部隊が、軍用ジェットエンジン特有の爆音を大空に轟かせながら大編隊を組んで飛行していた。
機影は二十以上。
あれらすべての戦闘機が、重量限界ギリギリまで爆装しているとなると一機あたりの搭載量は約二十トン、つまり二十機合わせて合計四百トン以上の投下型爆弾が、この周辺に降り注ぐことになる。
「このっ、邪魔だっ!」
「こんな時ばっかり、キメラが的確に邪魔して――ああ、くそ!」
五百ポンドの投下型爆弾が至近距離で爆発しようとも、電磁流体装甲の出力を最大まで引き上げた渡り鳥は、一発程度ならば運よく損傷を免れるかもしれないが、同様の爆弾が百発近く連続的に降り注ぐとなれば話は変わってくる。
ほぼ間違いなく電磁流体装甲の防御層は度重なる爆風によって剥ぎ取られ、渡り鳥は内部の装甲義体、つまり僕たちの体であるアマツバメもろとも、衝撃波と飛び散る鉄片によって跡形もなく粉砕されることになる。
ようするに、僕らは敵を一体残らず殲滅するためのキルゾーンと化した空間から、なんとしても脱出しなければならないのだった。
《投下五秒前、四、三、二、一……。投下開始》
戦闘機の機体底面に貼りついていた細長い楕円形の爆弾が一斉に切り離される。
「うげぇ!? もう降ってきたっ!」
「……っ!」
マコトは爆弾が降り注ぐ頭上を見ながら、潰れたカエルみたいな悲鳴を上げていた。
つられて僕も同じような悲鳴を上げそうになっていたけれど、寸前のところで我慢する。
司令室で常に前線をモニタリングしているであろうアリス様に、自分の汚い悲鳴を聞かれたくなかったのだ。
それからの僕らはとにかく必死だった。
「退けッ!」
「あともうちょい!」
強烈な闘争本能に突き動かされ、行く手を阻むありとあらゆるものを敵と認識して手あたり次第に斬り刻み。入れ代わり立ち代わり攻守を切り替え、十重や二十重の防壁となって立ち塞がるキメラをことごとく乱切りにして、さながら多重の装甲を連続して穿つが如く、敵集団を中央突破した。
背後では濃い土煙がもうもうと立ち昇り、空爆の激しさを物語っている。
「無事ですか?」
「……なんとか」
ひとまずの安全を確保した途端、どっと冷たい汗が噴き出した。
そのまま地面に座り込みそうになるのを気合いで我慢して、さきほどの乱戦で装備を失っていないか、ダメージを負っていないかを僕らは入念に確かめる。渡り鳥の各種兵装を最大出力で併用した影響で、機体の温度が急激に上昇している以外に、目立った異常は見受けられなかった。
《小春、マコト、聞こえる?》
それからまもなくアリス様からの通信が入る。
「はい、アリス様」
「聞こえる、感度良好」
《お疲れ様。二人のお陰で、部隊の再編と負傷者の収容を迅速に行うことができた。第二防衛ラインの守りも強固なものになっている。ありがとう。よく、これほど困難な任務を達成してくれた》
「はい」
《とりあえず二人は、賽原基地に一度帰還してほしい。南東から接近するキメラの数も特異点の消滅と共に大きく減少している。あなた達が前線に不在でも、第二防衛ラインが突破される可能性はまずない》
どうやら戦局は、危険な峠を越えたみたいだ。
これから状況が好転すると知って、マコトも胸をなで下ろして安堵している。
僕も自然と頬が緩んでいた。
「パックス・ワン、了解。これより賽原基地へ帰投します」
「パックス・ツー、同じく了解、帰投します!」
《ん》
僕とマコトがその撤退命令に敬礼で応じると、アリス様はコクリと小さく頷きながら敬礼をする。
《…………》
「?」
《そう言えば、小春》
「はい?」
まもなく通信が切れるものだと思い、そのまま直立不動で敬礼を続けていると、アリス様はなぜか僕の名前を呼んだ。
《プリン》
「!」
《今は非常時だから、これ以上はなにも言わない。よろしく》
ぶつっと奇妙な音を立てて通信が切れる。
まるで古い固定電話に、受話器を乱暴に叩きつけて通話を切ったかのような音であった。
いったいどうやったら、義体に内蔵されたデジタルの通信端末を使って、あんな音が出せるのだろうか? もしや僕の知らない隠された機能が――。
「…………」
などと現実逃避を続けても状況が好転するわけもない。
「ありゃ完全に怒ってるな」
キツネみたいに目を細めてマコトが苦笑している。
「きっと自分ごと空爆しろだなんて無茶苦茶な作戦を、事前の相談もなく実行しようとしたからだろうな、あれは」
「やっぱり、そうですよね」
「たぶんな。まあ、それはそうと」
マコトは僕の肩をポンポンと叩くと、憎らしいほどの満面の笑みでサムズアップしていた。
「俺のプリンも忘れずに作ってくれよな?」
「……はい」
はたして冷蔵庫にある材料は足りているだろうか?
急な不安に襲われつつ、僕はとぼとぼと賽原基地へ帰投するのだった。
次の投稿は土曜日です。




