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スキル《絶対殺すマン》持ちの俺は、死ねない少女と旅をする  作者: 日並うたたね
第2章

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第32話 恵みの港町と、赤き嵐

本日より、いよいよ第2章が開幕します!


まずは、先日更新した「間の章」を読んでくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。

少し間が空いてしまったこともあり、楽しんでいただけるか不安もありましたが、更新直後からたくさんの反響をいただけて本当に嬉しかったです。

(※まだ「間の章」を読まれていない方は、ぜひそちらからお楽しみください!)


第2章は、新しい街を舞台にさらに怒涛の展開が待ち受けています。

2章の完結までコンスタントにお届けしていく予定です(毎週水曜20:00更新/筆が乗れば土曜にも更新予定)。


それでは第2章、最後までどうぞよろしくお願いいたします!


「うわぁぁぁ……! ウィルさん、見てください! 街が……街が山みたいに大きいです!」


船のタラップを降り立った瞬間、スピカが目を限界まで見開いて叫んだ。

首が折れそうなほど見上げている先には、シルフィーナ大陸の長閑な景色とは完全に一線を画す、圧巻の光景が広がっていた。


石造りの頑強な岸壁。海へと幾重にも突き出た巨大な桟橋には、何十隻もの外洋船がひしめき合っている。

港から伸びる幅の広い大通りには、頭上に届きそうなほどの高さを持つ石造りの建造物が所狭しと立ち並び、行き交う人々の数も桁違いだ。


潮の香りに混ざって、どこかの屋台から漂ってくる香ばしい肉の焼ける匂い、未知の香辛料、そして熱気。


「すげぇな……。これが、グローリア大陸か」


「ああ、大いなる商業都市『フルメシア』さ」


背後から、優雅な足取りでカーティスが歩み寄ってきた。銀髪を潮風になびかせ、片眼鏡の奥の瞳を細めている。


「どの国にも属さない自由都市にして、富と欲望の坩堝(るつぼ)だ。流通する物資の量も、シルフィーナとは比べ物にならないよ」


「本当ですね……! あっちの屋台、見たこともないお魚が丸焼きになってますよ! あ、あっちの甘そうな果物も……じゅるり」


「スピカ、頼むからよだれを拭け。お前、船でもずっとクッキー食ってただろ」


呆れる俺の横で、カーティスが懐から懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。


「さて、ふたりとも。私はこれから魔法協会のフルメシア支部に顔を出してくるよ。キリム支部長から『着いたらまず支部に連絡を入れろ』と、耳にタコができるほど釘を刺されていてね。サボると後が恐ろしい」


苦笑いしながら肩をすくめるカーティス。あの自由奔放な男でも、サルティアの支部長の小言には敵わないらしい。


「あ、もう行くのか?」


「ああ。王女殿下への定期連絡もあるし、少し手続きに時間がかかる。夕方まで、君たちは自由に街を見て回るといい。……あそこをごらん」


カーティスが長い指先で、街の中央を指し示した。

建物の屋根を遥かに越えて、空へと突き刺さるようにそびえ立つ、白亜の巨大な建造物。


「あれが街の中央広場にある大時計塔だ。夕暮れ時、あの鐘が六回鳴ったら、あの塔の下の広場で合流しよう。どれだけ路地に入り組んでも、見上げれば必ず目に入るはずだ」


「わかりやすいな。了解した」


「くれぐれも言っておくがね、ウィル、スピカ。ここはシルフィーナのような平和な田舎町じゃない。路地裏一本入れば、平気で裏社会の者が蠢いている。……ウィル、君は嘘が下手だし、スピカは食べ物に釣られやすい。絶対に面倒事だけは起こさないようにね?」


「起こさねぇよ! 俺をなんだと思ってんだ」


「ふふ、ならいいのだけれど。では、また夕方に」


カーティスはひらりと手を振ると、人混みの中へと優雅に消えていった。


残された俺とスピカは、顔を見合わせる。


「……さて。どうする、スピカ? 夕方まで結構時間あるけど」


「決まってますよ、ウィルさん!」


スピカがバッと胸を張り、拳を突き上げた。


「情報収集と言えば酒場! そして酒場と言えば、その土地の美味しい名物料理です!!」


「お前の目的、後半の飯が九割だろ」


まあ、腹が減っているのは事実だ。異世界に来てからというもの、まともな外食らしい外食もできていなかったし、街の空気を知るには酒場が一番手っ取り早いのも確かだった。


「よし、美味そうな店を探すか」


「はいっ! 私の鼻が、あっちの路地から物凄い『美味しい気配』を感知しています!」


スピカの謎レーダーに引っ張られるがまま、俺たちは大通りを外れ、少し入り組んだ石畳の路地へと足を踏み入れた。


表通りの華やかさから一転、頭上を張り巡らされた洗濯物と、薄暗い影が落ちる路地裏。

怪しげな男たちが壁に寄りかかり、こちらを品定めするようにチラチラと見てくる。治安の悪さが目に見えて上がっている気がするが、スピカはお構いなしにぐんぐん進んでいく。


「ここです、ウィルさん! 『荒波の亭』……看板はちょっとボロいですが、絶対美味しいですよ!」


木製の重たそうな扉。中からは、すでに昼間だというのに酒臭い怒号と、下品な笑い声が漏れ聞こえていた。

……嫌な予感しかしない。


「おいスピカ、別の店に――」


「お腹ペコペコです〜!」


制止する間もなく、スピカが元気に扉を押し開けてしまった。


ギィィ……と軋む音を立てて開いた店内は、薄暗く、煙草の煙と安酒の匂いが充満していた。

客層は最悪だ。革鎧を着た柄の悪い傭兵崩れや、タトゥーを入れたチンピラ風の男たちが昼間からエールを煽っている。


だが、店内の空気は、ただの酒盛りのそれじゃなかった。

奥の一角――カウンターの周りに、十人近い荒くれ者たちが群がり、異様な殺気を放ちながらひとりの客を取り囲んでいたのだ。


「おい、聞いてんのかよ、アルデーレの姉ちゃんよぉ」


ドスの利いた男の声が響く。

男たちの中心、丸イスにどっかと腰掛けていたのは、異様な存在感を放つ人物だった。


燃えるような真紅の髪を、後頭部で雑にひとまとめに束ねている。

男物の革ジャケットの前をはだけさせ、引き締まった腹筋には晒(サラシ)を固く巻いただけの、極めて露出度の高いワイルドな装い。座っているだけでもわかる、すらりとした手足の長さと、無駄のない筋肉美。

そして何より目を引いたのは、カウンターの壁に無造作に立てかけられた、汚れた布で何重にも頑丈にぐるぐる巻きにされた――異様なまでに巨大な『何か』の塊だった。


彼女は、エールがなみなみと注がれた木製のジョッキを片手に、取り囲む男たちを一瞥すらしていなかった。


「てめぇ、うちの旦那の依頼を蹴ったらしいじゃねぇか。運ぶだけで大金が転がり込む美味いヤマだってのによぉ」


「……」


「ただの運び屋風情が、色気出してんじゃねぇぞ? 仕事を受けねぇなら、それなりの落とし前をつけてもらわねぇとなぁ。そのツラを拝めなくなる身体になっても知らねぇぞ」


下卑た笑みを浮かべ、チンピラたちが腰のダガーに手をかける。

明らかにヤバい裏社会の揉め事だ。関わっちゃいけないやつだ。


「スピカ、出直すぞ。静かに扉を――」


俺がスピカの肩を引こうとした、その時だった。


「あの! 大勢でひとりの女の人を囲んで脅すなんて、みっともないですよ!」


――は?


俺の思考が完全に停止した。

なんとスピカが、スタスタと大股でチンピラたちの輪へ歩み寄って行ったのだ。


「ちょっ……おま……スピカ!?」


「ウィルさんは下がっててください! 私の身体なら、殴られたって刺されたって平気ですから!」


満面の正義感で言い放つスピカ。

違う、そうじゃない!! お前は死ななくても、場の空気が死ぬんだよ!!


突然現れた小柄な少女に、チンピラたちの視線が一斉に突き刺さる。

カウンターの赤髪の女――アルデーレと呼ばれた女も、わずかに眉を動かしてスピカを見た。


「あぁん? なんだこのガキ……」


一番近くにいた、顔に傷のある大男が、忌々しそうにスピカを睨みつける。


「邪魔だ、すっこんでろ! 子供の遊び場じゃねぇんだよ!」


男の太い腕が、無造作にスピカの肩を突き飛ばした。


「わっ……!?」


体勢を崩し、後ろへと倒れ込むスピカ。


「――っ、スピカ!」


考えるより先に、身体が動いていた。

俺は一歩踏み込み、倒れそうになったスピカの背中をとっさに抱きとめる。


「だ、大丈夫か!?」


「は、はい……ちょっと痛かったですけど、平気です!」


怪我はない。だが、突き飛ばした男は、俺たちをゴミでも見るような目で見下ろし、ズカズカと間合いを詰めてきた。


「あぁ? 連れのガキか? 調子乗ってんじゃねぇぞ、クソガキが――」


男の大きな手が、俺の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。


グッと締め付けられる首元。

男の濁った瞳から、明確な『敵意』と『暴力の意志』が、ドス黒い瘴気のように俺の皮膚を刺す。


――あ。


脳内で、カチリと何かが噛み合う音がした。


自分に対する、物理的な接触。

向けられた明確な害意。

そして、目の前の男と自分の戦力差――圧倒的な、格下。


全ての条件が、パズルのピースのように揃ってしまった。


(やめろ――動くな、俺の身体!!)


俺の理性による必死の悲鳴を、内なる『呪い』が冷酷に踏みにじる。


視界が、スローモーションに切り替わる。

掴まれた胸ぐらを外すでもなく、俺の右手は完全に自動化された精密機械のように、音もなく腰の短剣の柄へと伸びていた。


ドスッ。


あまりにも鈍く、重い感触だった。

短剣の切っ先が、掴みかかってきた男の分厚い革鎧の隙間――左胸の心臓へと、寸分の狂いもなく吸い込まれていた。


「が…………?」


男の手から、一瞬で力が抜けた。

刃を引き抜くと同時に、男の瞳から完全に光が消え失せ、白目を剥いて前のめりに崩れ落ちた。


ドサッ……。


床に広がる鮮血。

痙攣すらなく、男は完全に絶命していた。


酒場の中が、氷点下に叩き落とされたように静まり返る。


「……ひっ」


誰かが短く息を呑んだ。

チンピラたちも、酒を飲んでいた客も、全員が目を見開き、信じられないものを見る目で俺と、足元の死体を見下ろしている。


「……う、嘘だろ……」


俺の口から、乾いた掠れ声が漏れた。

手のひらに残る、生々しい肉を裂いた感触。


殺すつもりなんてなかった。ただ、スピカを突き飛ばされてカッとなって、胸ぐらを掴まれて――それだけで、身体が勝手に『確殺』を遂行してしまった。


「ウィルさん……?」

スピカがおずおずと俺の服の裾を引く。


(終わった……。到着初日、まだ一時間も経ってないのに……人殺しになっちまった……!!)


冷汗が背筋を滝のように流れ落ちる。

完全に硬直したその静寂を――


「――ぶはッ!!」


豪快な吹き出し声が、粉々に打ち砕いた。


カウンターにいた赤髪の女――アルデーレが、木製ジョッキをバンッ!!とテーブルに叩きつけ、腹を抱えて笑い出したのだ。


「ギャハハハハハッ!! なんだそりゃあ! おいおいおい、手加減って言葉を知らねぇのかよ兄ちゃん! 一撃で急所ブチ抜いてんじゃねぇか!!」


「な……!?」


チンピラたちの顔が、恐怖から一転、怒りで真っ赤に染まる。


「て、てめぇ……! ガロウを一撃で……!? 殺せぇぇぇ!! このガキどもごと皆殺しだぁぁぁ!!」


八人の荒くれ者が、一斉に抜剣した。

白刃の煌めきが、薄暗い酒場を照らす。


「しまっ――スピカ、逃げるぞ!!」


俺が短剣を構え直そうとした、その瞬間。


「おいおい、待ちな三下ども」


目の前に、巨大な影が割り込んだ。


アルデーレだ。

彼女は背中の布巻きの武器にすら手を触れず、素手のまま、獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべていた。


「俺のツラを拝めなくなる身体にする、だったか? ……テメエらのそのナメ腐った顔面を、二度と鏡で見られねぇツラにしてやるよ!!」


バチィィィンッッ!!


空気を破る轟音と共に、アルデーレの右拳が一番近くにいた男の顔面に直撃した。

人間が殴られた音じゃない。まるで攻城槌が城門をブチ破ったような凄まじい衝撃音。


「ゴブァッ!?」


男の顔面がくの字にへこみ、吹き飛んだ身体がそのまま酒場の木製テーブルを二つ叩き折りながら壁に激突した。


「ヒッ……!?」


「オラァッ!!」


間髪入れず、アルデーレの長い脚が唸りを上げて旋回した。

美しいサラシの巻かれた腰の捻りから放たれた回し蹴りが、二人の男の首筋を同時に捉える。


ドガァァァンッ!!


「アギャァッ!!」


二人の大男が木の葉のように宙を舞い、カウンターの酒瓶の棚へと突っ込んで粉々に砕け散った。


「な、なんだこの女……!? 化け物かよ!!」


「ひ、怯むな、囲んで刺せぇぇ――」


「遅ぇよハゲ!!」


アルデーレが床を蹴る。その踏み込みだけで石畳にヒビが入った。

懐に潜り込み、みぞおちへの強烈な掌底。顎をカチ上げるアッパー。カウンターのイスを片手で軽々と引き抜き、残りの男たちめがけて豪快にぶん投げる!


メキメキッ、バキバキッ、ギャアアアッ!!


「……」

「……」


俺とスピカは、完全に口をポカンと開けて立ち尽くしていた。

さっきまで威張り散らしていた屈強な男たちが、武器を使う暇すら与えられず、ただのステゴロ(素手喧嘩)でゴミのように宙を舞い、床に転がされていく。


わずか数十秒。

酒場の中に立っているのは、肩で息をしながら満足そうに首をコキコキと鳴らすアルデーレと、呆然とする俺たち二人だけだった。


床には、ボロ雑巾のように倒れ伏し、呻き声を上げる七人の男たち。

……そして、俺がトドメを刺してしまい、完全にピクリとも動かない男が一人。


「ふぅ……エールの邪魔しやがって。安酒が不味くなるだろうが」


アルデーレはペッと唾を吐き捨てると、くるりとこちらを振り返った。

間近で見ると、本当に背が高い。俺よりも頭ひとつ分高く、見下ろされる形になる。

だが、その琥珀色の瞳は爛々と輝いており、口元にはワイルドな笑みが浮かんでいた。


「おい、兄ちゃん。細身の優男に見えたが……いい腕してんじゃねぇか。あの間合いで躊躇なく急所を突くなんざ、どこの暗殺者(アサシン)かと思ったぜ」


「い、いや……これは事故というか、その……」


冷や汗を流しながら言い訳しようとした、その時。


ピィィィィィィーーーーッ!!

ピィィィィィィーーーーッ!!


酒場の外、路地の向こうから、けたたましい金属の笛の音が響き渡った。


『いたぞ! 荒波の亭だ!』

『衛兵隊、周囲を封鎖しろ!!』


石畳を鳴らす、大勢の鉄靴の足音。


「げ……ッ!? もう衛兵が来やがったのか!?」


「そりゃあ来るだろ! 兄ちゃんが一人ブチ殺して、俺が店を半壊させたんだからなぁ!」


アルデーレはカウンターに立てかけてあった布巻きの巨大な得物をひったくるように背負うと、不敵に笑った。


「おい、ボーッとしてる暇はねぇぞ! 捕まったら即・地下牢行きだ! 巻き込んじまった礼だ、ついてきな!」


「えっ、ちょ――!?」


アルデーレの屈強な両腕が、俺とスピカの首根っこをまるで仔猫のように軽々と鷲掴みにした。


「掴まってろよッ!!」


ドガァァァンッ!!


彼女は迷うことなく、酒場の裏口の木製ドアを蹴り破り、俺たち二人をぶら下げたまま、薄暗い路地裏の闇へと風のように駆け出した。


遠ざかる酒場。

鳴り響く追っ手の笛。

そして、はるか頭上の青空にそびえ立つ、白亜の大時計塔。


(カーティス……すまん……!! 到着初日、一時間持たなかった……!!)


俺は心の底から叫びながら、見知らぬ赤髪の女戦士に抱えられ、フルメシアの街を全力で逃走し始めたのだった。

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