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スキル《絶対殺すマン》持ちの俺は、死ねない少女と旅をする  作者: 日並うたたね
第2章

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第33話 地下の隠れ家と、確殺の理

「ほらよ、着いたぞ。入れ」


アルデーレに両脇を抱えられたまま路地裏を猛スピードで駆け抜けること十数分。

辿り着いたのは、フルメシアの下町の外れ――崩れかけの古い集合住宅や倉庫が密集する、陽の光すら届かない陰湿な一角だった。


彼女は周囲の気配を素早く探ると、薄暗い路地の奥に積まれていた木箱の山を器用にどかした。そこには錆びついた鉄の格子扉があり、懐から取り出した真鍮の鍵でそれをガチャリと開ける。


急な石段を駆け下りると、カビと湿気の匂いが鼻を突いた。

地下室の奥、古びたランプに火が灯されると、薄暗い部屋の全貌が浮かび上がった。


置かれているのは、ギシギシと軋みそうな木製のベッドが一つに、傷だらけの丸テーブルと、木製の丸椅子。壁には所狭しと地図やロープ、予備の水筒などが引っ掛けられている。決して綺麗とは言えないが、外からの追っ手をやり過ごすには十分すぎるほど頑丈なセーフハウスだった。


「ふぅ……ここまで来りゃ、衛兵の犬どももおいそれとは嗅ぎつけられねぇよ。適当に座りな」


アルデーレは背中から例の『布巻きの巨大な塊』を無造作に外すと、部屋の隅の壁へガシャンと立てかけた。床の石畳がわずかに軋むほどの重量感だ。


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

「ウィルさん、視界がぐるぐる回ってます……!」


俺とスピカは、椅子に崩れ落ちるように腰を下ろした。

ついさっきまで港の活気に浮かれていたのが嘘のようだ。新大陸に来て早々、またしても逃亡劇を繰り広げる羽目になるとは。


「それにしても兄ちゃん、いい度胸してんな。あの状況で躊躇なく一撃で心臓をひと突きだ。……どこの暗殺組織の出だ? ただの旅人には見えねぇが」


アルデーレが椅子を引いてどっかりと腰掛け、琥珀色の鋭い瞳で俺を射抜くように見つめてきた。

引き締まった腹筋、固く巻かれたサラシ、そして肩から腕にかけて刻まれた無数の浅い古傷。間近で見ると、その立ち姿だけで並の戦士ではないことがありありと伝わってくる。


「……暗殺組織なんて入ってないよ。俺はただの旅人だ」

俺は少し声を上ずらせながら答えた。


「ハッ、冗談だろ? あんな無駄のない急所への刃の通し方、場数を踏んでなきゃできねぇ芸当だぜ。……まあいい、詮索は野暮だな。名乗りがまだだったな。俺はアルデーレ。各地を転々としながら、運び屋と傭兵をやってる」


「俺はウィル。こっちは連れのスピカだ」


「スピカです! アルデーレさん、助けてくれてありがとうございました!」


ぺこりと頭を下げるスピカ。

その瞬間――


ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜……。


静かな地下室に、まるで飢えた獣の唸り声のような盛大な腹鳴りが響き渡った。


「…………」

「…………あはは、すみません。そういえばお昼ご飯、まだでした……」


スピカが顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。

張り詰めていた空気が一瞬で緩み、アルデーレが呆れたように吹き出した。


「カカッ! そりゃそうだ、飯食いに入った酒場であんな大立ち回りしたんだからな。ちょっと待ってな」


アルデーレは棚を漁ると、紙袋に包まれた固焼きの黒パンと、干し肉の塊をテーブルに放り投げてくれた。


「美味いもんじゃねぇが、腹は膨れる。食いな」


「わぁぁっ! ありがとうございます!!」


スピカは目を輝かせ、固いパンにガブリと噛みついた。もごもごとリスのように頬袋を膨らませて咀嚼している。不死身のくせに腹は減るらしい。

俺も干し肉をちぎって口に運びながら、ずっと気になっていた疑問を口にした。


「……なあ、アルデーレ。あいつらはお前を狙って酒場に来てたよな。何があったんだ?」


アルデーレは顎をポリポリと掻きながら、忌々しそうに吐き捨てた。


「くだらねぇ話さ。最近、裏のブローカーから割のいい運び屋の依頼が舞い込んできてな。この街の倉庫から、別の街の取引先まである『ブツ』を運ぶだけで金貨数十枚ってヤマだ。だが、中身を嗅ぎ回ってみたら――どうやら最近裏通りで出回ってる、質の悪いヤバい薬物らしくてな」


眉根を寄せ、吐き捨てるアルデーレの横顔には、荒くれ者とは思えない筋の通った矜持が宿っていた。


「俺は荒事は好むが、人の頭をおかしくして街を腐らせるようなクソの片棒を担ぐ気はねぇ。だからその場で依頼を蹴ったんだ。……そしたらあいつらだ。大方、依頼を受けねぇなら余計なことを触れ回る前に消せとでも言われてきたんだろうよ」


「……なるほどな」


筋は完全にアルデーレ側にある。

だが、そのトラブルの火の粉にスピカが巻き込まれ、結果的に俺の手でチンピラを一人殺めてしまったのだ。


俺は腰から短剣を抜き、布で刃を拭った。

血は綺麗に落ちているが、刃を通じて伝わってきた、相手の肉と骨を断ち切るあの生々しい感触だけが、右手に嫌な熱として残っている。


(……また、やってしまった)


自分の意思とは無関係に、オートで発動する必殺の一撃。

あの時の感覚を反芻する俺の脳裏に、数日前――新大陸へと向かう外洋船の甲板での、カーティスとの会話が鮮明に蘇っていた。


◇


『――なるほど。君がこれまでその不条理な力を発揮してしまった状況を整理すると、実に興味深い共通点が見えてくるね』


潮風が吹き抜ける船首で、カーティスは優雅に紅茶を傾けながら、片眼鏡の奥の瞳を細めていた。


『最初に森でエルフを誤って手にかけてしまった時。盗賊に襲われた時。そして……スピカの氷の棘を浴びた時。君の記憶にある限り、身体が勝手に動いてしまったトリガーは大きく分けて三つだ』


カーティスは長い指を一本ずつ立てて見せた。


『一つ、物理的・魔法的なダメージを直接受けた時。

二つ、相手から明確な殺意や攻撃の意志を向けられた時。

三つ、君自身が相手に対して強い敵意や殺意を抱いた時。

……このいずれかの条件が満たされた瞬間、君のユニークスキルは強制的に起動する』


『……全部、当たってる。でもカーティス、それなら一つ納得がいかないことがあるんだ』


俺はずっと胸の奥に引っかかっていた疑問をぶつけた。


『サルティアで、あのゾーイと戦った時だ。俺はあいつに対して、最初から明確な殺意を持ってアウルスガーレを撃ち込んだ。だが、あの一撃でスキルは発動しなかった。あいつの首を撥ねることもできず、ただ浅い傷を負わせただけだった……あれはなんでなんだ?』


もしあのスキルが「触れれば相手を絶対に即死させる」無敵のチートスキルなら、最初の一撃でゾーイは死んでいたはずなのだ。


カーティスはふっと口元に皮肉げな笑みを浮かべ、首を横に振った。


『君たちは自覚がないようだがね、ウィル。ゾーイという魔族は、本来なら今の君たちふたりが手も足も出ずになぶり殺されて終わっていたような異質の怪物だよ』


『なぶり殺し……!?』


『あれだけの高位魔術を、詠唱破棄に近い速度で自在に行使できる上位の魔族など、そうそう存在するものではない。並の騎士団はおろか、一流の魔法使いが一小隊束になって挑んでも全滅しかねないほどの絶望的な戦力差があったのさ』


淡々と告げられる事実に、背筋が凍りついたのを覚えている。


『では、なぜ勝てたのか? 理由は単純だ。まず、私が背後で見張っていたこと。ゾーイは私を強烈に警戒し、怒りと焦りで大技を立て続けに繰り出して自ら魔力を著しく消耗させた。そして最大の決定打は、水の精霊イリアの規格外の一撃だ』


あの大瀑布のような流星雨。

天井の大穴から降り注いだ、あの圧倒的な水流を思い出す。


『彼女の一撃によって、ゾーイの肉体は文字通り限界まで削り取られていた。……その瞬間だったからこそ、君の刃が通ったのさ』


カーティスはスプーンをソーサーに置き、冷徹な目で俺を見つめた。


『君のスキルは、相手を無条件に一撃必殺できるような万能の神業ではない。

発動の絶対条件として――「相手の実力や残存生命力を、君自身の攻撃能力が上回っている状態(=一撃で屠れる圏内)」であり、かつ「攻撃が届く間合いの内側」でなければ、決して発動しない安全弁がついているのさ』


『……残HPのミリ削りに対する、強制フィニッシャー(確殺)判定……』


思わず前世のゲーム用語が口から漏れそうになった。

つまり、相手がどれだけ格上だろうと、瀕死まで削りさえすれば発動する。だが、相手が万全でピンピンしている状態なら、いくら殺意を向けられようがスキルは沈黙するのだ。


『勘違いするんじゃないよ、ウィル。ゾーイ戦はいくつもの奇跡が重なっただけの例外だ。次に同格以上の敵と出会った時、私や精霊の助けがなければ、君のその短剣は届く前にへし折られる』


『……分かってるよ。でもまあ、あんな化け物とやり合った後じゃ、大抵の相手にはビビらなさそうだけどな』


俺が苦笑いして答えると、カーティスは片眉を上げて面白そうに笑ったのだった。


◇


(……だから、さっきの酒場のチンピラは一瞬で死んだんだ)


短剣を鞘に納め、俺は深く息を吐き出した。

相手は、何の訓練も積んでいないただのゴロツキ。最初から俺との実力差は歴然で、向こうの耐久力は俺の短剣の一撃圏内――つまり最初から『格下判定』だった。そこに胸ぐらを掴まれるという物理接触と敵意が重なり、オートの心臓一突きが強制発動してしまったのだ。


「……ウィル? どうした、難しい顔して」


アルデーレの声で、思考が現実へと引き戻された。


「あ、いや……なんでもない。それより、明日のことなんだが」


俺はテーブルの上の地図に視線を落とした。


「俺たち、夕方に街の中央の大時計塔で、連れの魔法使いと合流する約束をしてたんだ。でも、こんなことになっちまったから……」


「大時計塔か。あそこは街の中心で衛兵の巡回も多い。今夜はここで大人しく夜を明かして、明日の朝、鐘が鳴る頃に様子を見に行ってみるしかねぇな。もし広場にいなけりゃ、そいつの行きそうな場所はあるのか?」


「魔法協会のフルメシア支部に顔を出すって言ってた。最悪、そこへ行けば会えるはずだ」


カーティスなら、俺たちが待ち合わせ場所に現れなかったとしても、何かしらの事情を察して動いてくれるはずだ。彼ほどの男が、この程度の騒動で俺たちを見失うとは思えない。


「よし、なら決まりだ。今夜はここで泥のように眠りな。ベッドはひとつしかねぇから、嬢ちゃんに使わせろ。俺と兄ちゃんは床で雑魚寝だ」


「はい! アルデーレさん、ありがとうございます!」


すっかりお腹を満たしたスピカは、毛布にくるまると秒で小さな寝息を立て始めた。この無類の図太さだけは、本当にある意味で尊敬に値する。


俺もアルデーレから渡された薄い布切れを被り、硬い石畳の床に身を横たえた。

張り詰めていた緊張が解けたのか、急激な眠気が襲ってくる。

明日、カーティスと合流できさえすれば、この濡れ衣もなんとかしてくれるはずだ――そう信じて、俺は瞼を閉じた。


◇


――翌朝。


地下室の小さな通気口から、わずかに白んできた朝の光が差し込んでいた。


「おい、起きなふたりとも。……大変なことになったぞ」


アルデーレの低く緊迫した声で、俺は跳ね起きるように目を覚ました。

見ると、早朝に外の様子を探りに出ていたらしいアルデーレが、険しい表情で部屋に戻ってきたところだった。


「アルデーレ? どうしたんだ、そんな顔して」


目をこする俺の目の前、テーブルの上へ――

アルデーレが、インクの匂いも真新しい一枚の紙を、バシィィンッ!!と叩きつけた。


「街中、この紙だらけだ」


「……え?」


スピカと一緒に、恐る恐るその紙を覗き込む。

そこに大々的に踊っていたのは、信じがたい太文字の見出しだった。


『――緊急指名手配――

昨日に発生した酒場における殺人、並びに暴行事件の首謀者。

黒ローブの少年、及びその共犯の少女。

見つけ次第、速やかに衛兵隊へ通報せよ』


そして、その見出しの下には。

極悪非道な悪人面で描かれた、見覚えのありすぎる俺の似顔絵と、その横でおどおどと悪巧みをしていそうなスピカの似顔絵が、見事に並んで印刷されていた。


「…………」

「…………」


俺とスピカは、完全に凍りついた。


「おいおいおい……冗談だろ……?」

「う、ウィルさん……私、こんなに悪人面じゃありません……!」


「そこじゃねぇよ!!」


到着初日。

一晩明けただけだというのに、俺たちは見事、フルメシア全域に指名手配される『お尋ね者』へと成り果てていた。


「これじゃあ大時計塔どころか、一歩でも表通りに出た瞬間にお縄だぜ、兄ちゃん」


部屋の隅、立てかけられた巨大な布巻きの塊の前で、アルデーレが獰猛な笑みを浮かべながら首をコキリと鳴らした。


絶望に頭を抱える俺たちの前で、事態はさらに最悪の方向へと転がり始めていた。

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