第19話 顕現!水の精霊
巨大な球体は水のヴェールに覆われ、その動きを止めた。
先ほどまで共振していた洞窟内に静寂が訪れる。
背後にいた"ナニカ"が、ウィルを追い越しそのヴェールに触れると________
バシャァァァァ!
包んでいた水が弾け、辺り一面に広がった。
先ほどまで確かにそこにあった球体は____
跡形もなく消えている。
突如現れた"ナニカ"を見て、ゾーイは驚愕した。
ゾーイ「セ......セイレイ......ダト!?」
腰まで伸びた美しい青い髪。
青白い肌に白い細身のドレス。
手には三つ又の青い杖を携えている。
そして___
彼女の周りには、型のない液体が幾つも浮かんでいた。
ウィル「あ......あんたは......?」
目の前で起きたことに思考が追いつかないウィルは、とっさに思い浮かんだ言葉を口にした。
?「ねぇ.......」
彼女は宙を浮かびながら、音もなくウィルの目の前まで近づくと______
?「あんた馬鹿なの? 生身で突っ込んで何とかなるとか本気で思ってたわけ? しかも『さぁこぉぉぉぉい!』とか言っちゃってさ? ねぇ? ここにちゃんと脳みそ入ってんの?」
罵倒しながらウィルの頭を人差し指で何度も突いた。
ウィル「い......いてぇってば!」
(一体なにが起こったんだ!? 急にあのでかい球が水に覆われたと思ったら.......跡形もなく消えちまった。で.......急に現れたこいつ。もしかしてこれって______)
ウィル「.......あんたがやってくれたのか?」
?「他に誰がいるってのよ? このアホチン」
(アホチン!? なんて口が悪い女なんだ! 初対面だってのによ!?)
(まあでも........助かったことには変わりないよな)
ウィル「あ......ありがとう」
?「別にあんたの為じゃあないわよ」
そう言うと、彼女はスピカへと視線を向けた。
?「ねえ! そこのあんた!」
スピカは急にゆびを指され、思わず姿勢が伸びた。
スピカ「え? わ、私ですか!?」
?「サンドイッチ......美味しかったわよ! あんた、なかなかいいセンスしてるわね!」
スピカ「サンド......イッチ......」
彼女の言葉で、スピカは村に訪れる前に湖で起きた出来事を思い返した。
野盗と戦ったこと。
カーティスと出会ったこと。
そして______
小さな石像の前に、お供え物をしたことを。
スピカ「もしかして......精霊さん.......なんですか?」
?「そうよ! 水の精霊.......名前はイリア」
スピカ「イリアさん......」
(綺麗な名前......それに.......凄く綺麗なお姉さん!)
スピカ「私の名前はスピカです! あの.......助けてくれてありがとうございます!」
スピカは、イリアに向かって深々と頭を下げた。
イリア「スピカね! 覚えとくわ! まぁ、さっきのは.......サンドウィッチのお礼みたいなもんだから!」
イリアは照れながらスピカから視線を外した。
青白い肌に、少し赤みがさしている。
そんな雰囲気とは対照的に、ゾーイは最大限の警戒心を持ってその様子を見つめていた。
(ナゼダ.......ナゼセイレイガニンゲンナンカ二テヲカス!? )
全て食事の前の余興。
まるで遊びのような感覚で始めた戦いだったが、ゾーイにとってはイレギュラーが多すぎた。
カーティスの本領、スピカのセイントフィールド。
そして___
水の精霊の出現。
圧倒的不利な状況の中、まるで自分の存在を忘れているかのように話をしている姿を見て、魔族の本能がゾーイを突き動かす。
(セナカヲムケテイル......マリョクハサホドノコッテハイナイガ.......イマナラセイレイモロトモマトメテ........)
ゾーイは右手に力を込めた。
だが________
イリア「ねえあんた......さっきからなに睨み利かせてんのよ」
その企みに気づいたイリアは、持っている杖を振り上げた。
すると____
天井にある大きな裂け目の上に水で出来た巨大な雲が出現した。
雲の中で、無数の光が眩く輝き_______
洞窟全体が、まるで日差しを浴びているかのような明るさに包まれる。
イリア「流星雨」
光は無数の雨粒へと形を変え______
とてつもない勢いでゾーイ目掛けて降り注いだ。
ドドドドドドドドドッッッッ!!!!
ゾーイ「ガァァァァァァァ!!」
弾丸の様な雨に打たれ、地面に押し付けられるゾーイ。
イリア「そもそもさぁ......ここ、わたしのお気に入りの場所なのよ。月光浴しにたまに来るんだけどさ.......普段はだ~れも寄り付かないから、良い穴場スポットだ~なんて思ってたわけ。それが......久々に来たら、あんたみたいな醜いのが住み着いてるじゃない?」
イリアはゾーイを睨みつける。
イリア「困るのよね~勝手に使われると........ちゃんと場所代払いなさいよ、クソ魔族!」
降り続く雨は、身体を覆うゾーイの魔力を喰らいつくす。
ゾーイ「ダメダ......モウ.......マリョクガ........」
イリアが杖を振ると、先ほどまで降っていた豪雨がピタリと止んだ。
訪れた静寂の中_______
ゾーイの身体がビクン、ビクンとうねる。
イリア「ふん.......もう虫の息みたいね」
ゾーイ「グ.....ソ.....コノ......ワタシ.......ガ........」
己の手を握り締めるゾーイ。
悔しさを滲ませるその目に映る光景が___
ひとつの影に覆われる。
ゾーイ「ヂ.......ヂクショ......」
ーースキル《絶対殺すマン》発動ーー
ウィル「あばよ」
慈悲など一切ないその一撃が______
ゾーイの心臓を一気に貫いた。