315. 裁定
真っ白な空間にマグダリーナはいた。
マグダリーナだけではない。
ルシン。それにタマ・シャリオ号で先に行った筈のダーモットにアンソニー、そしてレベッカとライアン。別行動していたはずのヴェリタスとパイパー。
そして、エデン。
誰がこの現象を起こしたのかは、誰もがわかっていた。
ニレルがいる。神の光を纏って。
それはマグダリーナの知っている女神の輝きより、少しだけ冷たく厳しいものだった。
女神様は皆等しく慈愛を下さる存在だが、ニレルはその衣の裾に入れる者を選ぶ神だ。本能的にそうだとわかった。
ニレルの横には、その手を握ったエステラと、2匹のスライムが微笑んでいる。
この“場”に喚ばれた者達は、新たな神の庇護を受けた者だと思って良いのだろう。
『世界の修復は成った』
ニレルは静かにそう言った。
神々しいその姿は、嵐の中の雷光のようであり、世界を覆う雪のように、美しく、恐ろしい。だが目を逸らすことは出来なかった。
『僕は神として、この場に喚んだ者達を裁定しなくてはならない。何故なら僕は女神の造った物質世界を統べるものだから……』
ニレルの瞳は、どこか硬質。
だが名を呼ぶその声は、とても優しかった。
『リーナ、トニー、よく頑張ったね。皆、褒美に何が欲しい?』
(裁定って、そういう意味?!)
ヒラとハラがぷるんぷるんとご機嫌に揺れる。
「遠慮しなくていいよぉ。エステラもニレルの新しいお名前貰ったしぃ」
「ハラとヒラは限界突破して、新たな進化を遂げたなの」
「輝ける生命のディンギルスライムになったよぉ!」
見た目は特に変わってない。敢えて言うなら、額の精石が星形になっていた。
しかし神様からご褒美を貰えると言われても、直ぐに思いつくものはない……。
皆戸惑っていたが、真っ先にアンソニーが叫んだ。
「行かないでニレル! ずっとぼく達とエステラの側にいてください!!」
わたしもハッとした。
「そうよ! エステラと約束したんでしょう? それをしっかり守って。わたしとトニーの願いはそれだわ!」
ニレルはいつもの優しいお兄さんの顔で笑う。
『ありがとう。その願いは僕の力になる。僕は一旦女神のところへ行き、それから必ずエステラの元に帰ってくる。ただ……』
ニレルは厳しい表情になる。
『僕の中の神は、僕自身をも裁定する。事態がここまで複雑になったのは、僕が逃げていたせいだ。だから再び肉体を得て戻るまで100年……それが今のリーナとトニーの願いをくんで僕に課された条件だ」
ヴェリタスは真っ直ぐニレルを見た。
「100年なんて冗談じゃないよ! エステラだけじゃない、俺達もニレルを待ってるんだ! 俺の願いは時間の短縮だ。もっとはやく会えるように!」
ニレルの瞳が、驚きに揺れた。
「だったら俺も」
ライアンが手をあげる。
「俺とヴェリタスで20年ずつ、合計40年の時間短縮を願う」
レベッカが続いた。
「だったら私も20年!」
パイパーも遠慮がちに言う。
「もし私にも願う資格があるのでしたら、更に20年の時間短縮を……」
百年が一気に残り20年になった。
ダーモットが微笑む。
その言わんとする事を察して、ニレルは先手を打った。
『流石に今直ぐには無理だ。僕の中の神の部分もそれは赦しはしない』
「では1年。1年後に君は戻って来るんだ。みんなでショウネシー領で待ってるよ、ニレル」
ニレルの中で一瞬、ダーモットの微笑みにエルフェーラのそれが重なる。
『……了解した。では1年後にまた会おう』
ニレルの輪郭がぼやける。
「んはっ、俺とルシンは放置か?!」
『追って注意事項を伝達する』
マグダリーナはエデンの声で現実を思い出した。これ、また女神教に影響するんじゃない? 王様にも報告必要そうだし。
「ニレル! 神様の方の貴方はなんて呼ぶようにしたらいい?!」
『好きなように……いや、“天の輝き”そう呼称することにしよう』
エステラの誕生日に贈った薔薇の名を言って、ニレルは輝きと共に消えた――
眩い光の中、皆の意識も途絶えた。
◇◇◇
その日は突然の雨だった。
松田理奈は両手に買い物袋を提げて慌てて横断歩道橋を降りる。
そして足を滑らせた。
落ちてくる理奈に驚き、散歩中の犬の飼い主が、リードから手を離す。
犬は車道に飛び出して、軽自動車が急ブレーキでハンドルを切った。なんとか犬を避けたものの、後続車がぶつかって、軽自動車は潰れた。
(大惨事じゃないの――!!)
マグダリーナは映画でも見るように、どこか遠い気持ちでその状況を見ていた。
やがて軽自動車から、見知った魂が浮かび上がる。
(エステラ――!!)
ああそうだ。ルシンから離れたわたしは、ずっとその存在を追いかけていた。
ウシュ帝国滅亡の反動で、別世界に飛ばされた女神のカケラを。この世界に連れて帰るために……。
そして松田 理奈がやっと追いついたのだ。
理奈の魂は、女神のカケラを大事に抱えて飛翔した。
異世界へと――――
前世のエステラへの罪悪感は一切無かった。この時の 理奈は、確かにルシンの二つ名である、白の死神としての本当の使命を果たしたのだ。
✴︎ ✴︎ ✴︎
ススス王国の非確認飛行物体ゆーふぉの中で目覚めた。従魔達も含めて全員揃っている。
先に目覚めていたのはエデンとエステラで、マグダリーナに気づくと手招きした。
「それは?」
エデンが薄紅色の精石を眺めて、難しい顔をしている。
「元お師匠と私の精石よ。ハイエルフの精石としての役割が果たせなくなってしまったの。まあ、世界の修復の代償の一つね」
「エステラは大丈夫なの?」
エステラの隣に座って、薔薇茶をいただく。
エステラは前髪を上げた。その額に、ローズピンクの八芒星の精石が一つ輝いている。
「ニレルが新しい精石をくれたから大丈夫」
「良かった。エデンはなんで難しい顔をしてるの?」
「指輪にするか耳飾りにするか首飾りにするか悩んでるの」
「なるほど」
「でもね、お師匠が生まれ変わってもお師匠だった記憶はないじゃない? 昔の女の形見をいつまでも身につけられちゃ、きっとたまったもんじゃないわと、娘として的確なアドバイスをしたところ」
「あー、それは嫌よね」
マグダリーナも深く同意した。
そして悩みが平和で安心した。
「きっと1年なんて、あっという間よね」
エステラはぽつりと呟いた。
それからふわりと笑った。まだ寝ている周囲を眺めつつ。
「みんなありがとう。大好きよ」
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