314. ここに愛をもって、スライム報恩となす
混沌の釜の中に入った時、ヒラとハラはエステラ、ディオンヌの魂を引き寄せ繋ぎ止めた。
「りーんりーんぷるぷるすーん」
ヒラが歌う。
「りーんりーんぷるぷるすーん」
ハラも歌う。
この歌が、ニレルに届くと信じて。
やがて、金と虹色の輝きが顕れる。
『ハラ、ヒラ、これはどういうことだい? 何故その釜の中にエステラと叔母上の魂がある』
「良かったぁ。ニレル、ヒラたちのことぉ忘れてないぃ」
「良いから少しずつ神力を寄越すなの!」
✴︎ ✴︎ ✴︎
エステラは眩い光の中にいた。
そこは不安もなく。孤独もなく。
ただ愛されている安心感と充実感があった。
温かい場所。女神の腕の中。
知っている、この場所を。
ずっと還りたいと思っていた。
還りたい。
帰りたい。
不意に冷たく凛と、真新しい空気を感じた。
それは独りで風を受け、星を眺め、歌いながら歩きだすこと。
そうせねば得られないものもある――
いつでも、この場所には帰って来れるから。
✴︎ ✴︎ ✴︎
ヒラの側にいた、エステラがゆっくり目を覚ます。
「ヒ……ラ?」
ヒラがぽよんと跳ねて喜んだ。
「エステラぁ! 良かったぁ存在が安定したのぉ」
「確かお師匠の魔力の矢が額に……」
エステラは額に触れて、泣きそうな顔になった。
「無い。お師匠の精石が……やだ」
ヒラはぴとっとエステラの頬にくっついた。
「大丈夫だよぉ。エステラはぁ、ニレルのハイエルフだからぁ、精石は本来ニレルから貰うのぉ。ニレルちょうだいぃ。ついでにお名前もぉ!」
「あっ、そうだわ。神になったニレルの名前を1番初めに貰うのは私なんだから! ところでなんで起き上がれないの」
かろうじて首は動く。ヒラとハラが側に居るのもわかる。腕も動くが、背中が床に貼り付いたように動かない。床あるのか知らないけど。
『……エステラ』
こんな愛おしそうにエステラを呼ぶ声は、紛れもなくニレルだ。
『目を瞑っていて。精石を造るから』
素直に目を瞑ると、微かに額が温かくなる。
ディオンヌから受け継いだ精石は無くなっているが、女神の落雷を受けた時に増えた精石は残っていた。
「リーナ達は無事なの……?」
『心配いらないよ』
「ニレルの神力、女神様みたい」
『並び立つ者らしいからね』
ニレルがエステラの精石を造る間に、ヒラとハラは現状を説明した。
「……足りない代償を、お師匠の魂で?」
「なの。エステラから離れたディオンヌの精石から、ディオンヌの魂を感じるなの」
「流石にそれは悪手だわ。エデンがどうなると思って……え? もしかしてそのエデンをどうにかさせないことを期待されてる? 私」
「胸がドキドキするぅ賭けだねぇ!」
「本当に! どうせ賭けるなら、もっと楽しいことがいいわ」
ヒラとハラは、うんうんと頷いた。
「ハラは久しぶりにおこなの。ディオンヌは弟子も従魔も家族も侮り過ぎなの」
「そうねー。ハラもしかして何か作戦あり?」
「そうなの!」
「エステラがスライムだったらぁ、こうするぅっていうのを考えたよぉ!」
エステラの額の輝きが収まり、新しい精石が出来ていた。その額には今までの楕円形と違い、八芒星の精石が輝いている。
そこへ早速ハラは自分の額をくっつけて、作戦を伝えた。
それはまだエステラの精石と繋がっているニレルにも伝わった。
「というわけで、ハラ達はスライムを見せるなの。ニレルも男を見せる時なの!」
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厄災の獣が顕現した。
エステラはヒラとハラに、魔力を集めている。
なるべく負担にならないよう、ニレルの攻撃は慎重だった。
だがマグダリーナの願いが女神の奇跡を呼び、彼らを後押ししてくれた。
ニレルはエステラを追った。後はヒラとハラに任せれば大丈夫なのだ――
厄災の獣が霧になり、世界の綻びが修復されてゆく。それは見えざる領域で、確かに行われていた。
世界の修復の代償となったもの。
世界の綻びを集めた魔石。
厄災の獣となる存在。
厄災と世界の綻びを繋げた国の滅び。
新しい神という存在。
海の水。
世界樹。
生命の木。
創世の女神の精石。
厄災の呪いを受け止めた証の砂時計。
女神の奇跡の代行者。
代償は無くすものばかりではない。
ニレルが神となったように、存在の変化もまた代償なのだ。
ディオンヌには見えなかった。誰にも見えていなかった。気づいたのは、エステラとヒラとハラだけ。
もう一人の“女神の子”に。
「神獣ヒラが創世の女神の名においてぇお願いなのぉ。次元の扉を開いてぇおばあちゃんとレーヴィーのいる場所にぃ連れてってぇ!」
ヒラとハラは手を繋いで、スライムサイズの小さな扉を開いた。
そしてぽてぽて進んでいく。イケスラパウダーを弾けさせながら……。
✴︎ ✴︎ ✴︎
こうするより他なかった。
あと少し、あと少し代償が足りない。
ディオンヌは暗闇の中を歩いていた。
ただ1つの存在を探して。
レーヴィー。
こことは別の、分岐の世界の中で産まれることなく世界の滅びにとり残された、エデンとディオンヌの子。
母親の資格などない。だからと言って、彼に全て押し付けるようなやり方はずっと嫌だった……。
せめて一緒に滅ぶことくらいしか出来ないが。
黒い海のような景色が見える。あそこへ行けば良いのだろう。
ディオンヌは一歩踏み出そうとした。
だが。
「おばあちゃゃゃあん!!」
聞き覚えのある、可愛らしい甘えた声。まさか?!
「ヒラ! なんだってこんな所に居るんだい」
「ヒラはぁ、おばあちゃんをお迎えにきたのぉ。女神の庭に還帰ろぉ」
「ついでにこれも見つけて来たなの。消滅させたくなかったら、大人しく女神の庭に還帰るなの」
ハラはレーヴィーを引っ張って来た。
彼は本当に小さな灯火のようで、明らかにもうすぐ消えてしまう状態だった。
「レーヴィー……!」
彼はもう、言葉を発することもできない。
ディオンヌは怒鳴った。
「これはどういうことだい、お前達! エステラはどうしてる」
「どういうことかはハラがおこぷんで聞きたいなのっ! 犠牲を出すことだけが代償じゃないなの!」
「それにぃ、レーヴィーは“女神の子”だからねぇ」
「なんだって?!」
ディオンヌは驚いてレーヴィーを見た。
「標なんて見当たらないよ!」
「エステラとぉ、従魔のヒラ達ぃしか見えない標だよぉ」
「一体何を代償にするつもりなんだい?!」
ハラとヒラは手を繋いだまま、万歳をして笑った。
「スライムこころなの」
「スライムこころぉだよぉ」
ヒラがかわゆくぷるんと揺れる。
「おばあちゃんはぁ、いっぱいヒラにぃ知らないことを教えてくれたのぉ。大好きぃ」
ハラがふるふる揺れてイケスラパウダーを撒き散らす。
「創世からディオンヌと一緒にいたなの。まだ返し切れないスライムこころ満載なの」
「そしてぇ、ニレルのぉ秘密のお名前貰いましたぁ」
「なの!」
「何やってんだい、あいつは……」
ハラとヒラの身体が、真紅の進化の光に包まれた。
「スライムの精霊獣たるハラが、神獣たるヒラが、“輝ける生命の”ディンギルスライムに進化すれば、スライムという種は新たな階梯を昇るなの!」
「これがおばあちゃんの代わりのぉ代償だよぉ」
進化の光が収まれば、今までと変わり映えのしないぷるつやてりんのスライム達が現れる。
「そして“女神の子”の代償なの!」
「新たなぁスキル! 報恩発動ぉ!!」
ディオンヌは眩しさに目を閉じた。
「“スライムこころ”がいーっぱいになってぇ、発動するぅ究極スキルなのぉ!!」
輝きが辺りに広がりはじめた――
「ここに愛をもって、スライム報恩となすなの!!」
ハラは陽光のように輝きはじめた。
そのスキルは、女神の奇跡と等しい奇跡を齎した――
レーヴィーの魂を癒し、新たな生命に生まれ変わらせた……そう、スライムの“卵”に。
ヒラは恭しくハラから卵を受け取ると、女神の塔へ転送する。
「これでぇ、レビはもう“この世界”のものなのぉ」
2匹のスライムは、イケスラパウダーを煌めかせながら、グッとディオンヌに親指を立ててみせた。
ディオンヌは、呆れたような、泣きそうな顔をした。
「全くとんでもないスライム達だよ……主人の顔を見てみたいもんだね」
ハラとヒラは得意げにスライムボディを揺らした。
「女神の庭でお茶でも飲みながら、じっくり眺めてるといいなの!」
「そだよぉ」
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