313. 11の輝き
とうとう、ニレルが姿を変えた落雷がやってきた。釜の中にいく筋もの電気の光が明滅する。
「リーナ! タマ・シャリオ号だ」
ダーモットの声にはっとして、慌てて魔法収納から、エステラ式特別仕様魔導車タマ・シャリオ号を出す。
「運転はお父さまお願い! みんなはやく乗り込んで! エア、ここで1番安全なところはどこ?」
「リーナ!? リーナも早く乗って!」
タマ・シャリオ号に乗らないマグダリーナに、ライアンは慌てた。
「……わたしは行かないわ。女神の星光をしっかりと見届けるのが、ルシンの言う〈星を追う者〉の役目だと思うから」
「ダメだ! ここは危険なんだぞ」
「わかってる。無理はしない。そんな勇気はないもの。いざとなったら秘書マゴーを呼ぶから」
「いざとじゃ駄目だ。呼ぶんだったら、今直ぐだ! それを見届けないと、出発しない!」
「ライアン兄さん……」
マグダリーナは素直に頷いて、腕輪の魔導具で通信を入れる。
「秘書マゴー1、2、3号、お願い側に来てわたしを守って」
直ぐに転移魔法の光が現れ、3体の白いマゴーがピシッとマグダリーナの前方と両脇を固めた。
そして背後に。
ライアンが驚きつつも、安堵の表情を見せた。
「ルシン兄さん?! ヴェリタスが結界の魔導具を壊したのか!」
「行け。後の心配は要らない」
ライアンとダーモットは、頷き合う。
「リーナを頼むよ、ルシン君」
ルシンが頷くと、タマ・シャリオ号は飛行モードに変形して、空へと飛び出した。
色々文句を言ってやろうと思っていた。ルシンには。
だが彼は、背中からマグダリーナをそっと抱きしめて呟いた。
「あたたかい。良かった……」
ルシンの身体から、微かに血の匂いがした。
「生きて、いる……」
すっかり毒気を抜かれてしまった。
「ルシン、怪我をしてるの?」
「俺じゃない。いや、俺もか。――心に怪我をした」
「……それは、とても重症ね」
空気が震える。まるで世界が泣き出しそう。
ふと朝、何もないのに涙が出たことを思い出した……あれはルシンの涙だったのかもしれない……。
落雷が天井を削る。
周囲の惨状とは違い、まるで釜の様子を伺うように慎重に、細かい雷が降ってくる。
「この雷が本当にニレルなの?」
「ああ、エステラは?」
「あの釜の中……」
「は――?」
“ふたつ目のお願い”で召喚された“ルシン”と、ここにいる“ルシン”は同じ魂だけど情報共有はされないのね。それを言えば、わたしとルシンもそうだもの……。
わたしとルシンはしばらく情報共有しあった。
「……なるほど、だからニレルが戸惑ってるんだな」
ルシンはしゃがみ込み、杖で床に何か書き込んでいく。
「はじめに計画していた、世界を修復するために必要なものはこうだ」
世界の綻びを集めた魔石
厄災の獣となる存在
厄災と世界の綻びを繋げた国の滅び
新しい神という存在
「だが実際に釜にはこれだけの追加が必要だった」
海の水
世界樹
生命の木
創世の女神の精石
厄災の呪いを受け止めた証の砂時計
女神の奇跡の代行者
「なんだ、この砂時計って」
「……っ! お父さまが持ってた物だわ」
「じゃあ、エステラが釜に沈んだあと、そいつを探すのに皆が捕えられたと考えていい」
ルシンはずっとマグダリーナを抱いたままだった。心を怪我したと言うのだから、癒しの小動物のような取扱いで。
マグダリーナは色々複雑な気持ちを抱えて眉間に皺を寄せた。
「この“女神の奇跡の代行者”って、エステラのことよね? エステラをなんとか助けることはできないの?」
「……多分、それはニレル次第だ」
背後の声が硬くなったことを感じて、わたしも緊張する。
「ディオンヌの矢が額の精石を貫いたなら、おそらくディオンヌは“女神の奇跡の代行者”として自分自身の魂を捧げるつもりだ。エステラの額の精石は元を辿ればディオンヌの物だからな……」
「そ……そんなのダメよ! エデンはディオンヌさんの魂にまた出会える縁に縋って生きてるのよ!?」
世界に修復が成功しても、今度はエデンが喪失の悲しみで世界を破滅させようとするかも知れない。
本来迎える道筋がそうであったように。
「ニレルは必ずエステラを助けようとするはず。マグダリーナ、お前はちゃんと間に合った。だから今も落雷が俺達を直撃することはない」
「ニレルは……神になっても、ちゃんとエステラを覚えていてくれた?」
ほっとして、身体から力が抜けそうになる。
「俺にはエステラの星は読みにくい……今はもう読めないと言っていい。後は最後に釜に入ったもの達に賭けるしかない」
ルシンは床に書き足した。
スライム と。
その瞬間、全ての音が消えた――
新月のような釜が割れ、中から漆黒の狼のような巨大な魔獣が現れると、天に向かって駆け上がった。
(あれが“厄災の獣”なの?!)
本能的な恐れで、身体が震える。
「エステラ……」
釜だったものは、サラサラと砂になり全て厄災の獣に吸い込まれていく。
エステラは? あの獣の中にいるの?
いるんだわ!
獣の胸の中心に、エステラを包んでいた白金と虹の女神の輝きが見えた。
それはまるで、星のように――
不思議とヒラがエステラの存在を引き寄せ、守るように側にいるのが感じられた。
獣は雷を噛み砕こうとし、雷は獣の背を撃つ。
「額を狙えば一瞬で終わるのに。エステラが気になってできないのか……」
「エステラ――!! お願い、エステラを返して! 女神様!!」
「――違う」
ルシンが耳元で囁いた。それは。
「――――だ」
振り返って、ルシンを見た。何を言われたか、一瞬信じられなかった。
「俺はもう、泣きじゃくる子供のような声を女神に届けることはできない。恥だ。だがお前なら出来るだろう?」
「…………」
(それって、わたしに恥をかけってことよね?)
「マグダリーナ、お前の魂は権能を持つ“始まりのハイエルフ”のもの。女神にとって特別だ。その声は、必ず届く」
ルシンは片眉を上げた。
「なんだ、その顔。エステラだってヒラに教えてたんだ。俺がお前に教えても一緒だろう?」
「……その後、ヒラは神獣になったんだけど? わたしも耳が長くなったりとかない?」
そういうのは、困る。
「そこまでは俺も知らん。女神次第だ」
相変わらずの無責任。
なんでわたし、うっかりこの人を好きになって、黒歴史より恥ずかしい暗黒歴史をつくってしまったんだろう。
姿勢を正して、胸の前で手を組む。
「どうか……どうかわたしの大切なエステラと、エステラの大切な者達を助けて!」
わたしは深く息を吸った。
これから自分の中心から叫ぶのだ。
「創世の女神アヌディンメル!!」
ぶわりと眩い女神の光と花びらが舞い上がる。
一際大きな落雷が、獣の額を直撃した。
虹色を纏う神達の輝きと、落雷の輝きに満ちたそれは、恐ろしくもあり美しくもあり、一生忘れない光景だろう……。
獣は霧散し、そこから一筋の流星が落ちる。エステラだわ!
「ルシン!」
「大丈夫だ。ニレルが受け止める」
その言葉どおり、人の姿に戻ったニレルが、エステラを追いかけた。
その直後、獣がいた場所から、雲間を縫う陽光のように、幾筋もの光が放射線状に広がった。数多の小精霊を溢れさせながら――
世界は真っ白になった。
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