312. その手を掴むために
釜に閉じ込められた者達を引き出すには、物理的に大きくなると必要な力も大きくなる。
ルシンは、まずマグダリーナと繋がりの強く、小さなタマから助けるよう指示を出していた。そして1番年若いアンソニー、レベッカ、ライアン、そしてそれぞれの主人に自分の従魔を出させてから、最後にダーモット。
従魔達はタマが救助してくれたので、問題ない。人と従魔だと、やはり小さな従魔たちの方が簡単に引き寄せられるのだ。
役に立たない魔獣ことカーバンクルであるヴヴは役に立たてないが、アンソニーとシン、ナードにタマはルシンから伝授してもらった救助方法を伝授していく。
2人と3匹でレベッカを思い浮かべ、釜に手を入れる。1番先にレベッカの指先を捉えたのは、悔しいことに更生妖精熊のナードだった。
くっまぁ!!
熊に負けては熊殺しのショウネシーの名が廃る。
わたしとアンソニーは頷きあって、ナードの捉えた場所から、強くレベッカを思い浮かべて、その手を掴んだ。
そうやって助かったレベッカが、タマちゃんから救助方法を伝授される。
拳と拳を打ちつけて、レベッカは闘志を燃やす。
「真っ先にライアンお兄様を掴んで見せますわ」
宣言通りレベッカは秒でライアンの手を掴んだ。しかし、そこから引き抜くまでが難しかった。
重い。ずっしり重いものを水の中から引き出すような感覚だ。ガチの体力勝負だった。
「はっ、ふぅ、ライアンお兄様でこんな重く感じるなら、お父さまはどれほど重いんでしょうか……」
「ふー、考えちゃダメよトニー。それにライアン兄さんが出て来れば、かなり頼りになるはずよ……」
「そ、そうよ……私達、絶対負けないんだから!」
ライアンの腕は釜の外に出ている。
「ぼく、帰ったらもっと筋トレします」
「わ、私も」
「成長期に無理な筋トレは良くないわ。しっかり、マゴーに、相談、して……」
頭と肩が出てきた。
アンソニーが再度釜の中に手を入れ、脇の下に両手を回す。身体強化魔法を上掛けした。
「いきます!」
一気にライアンを引き摺り出す。
「わっ!」
体勢が体勢だっただけに、アンソニーはライアンの下敷きになった。
「大丈夫?! 2人とも」
回復魔法をかけようとするマグダリーナを、レベッカが止めた。
「まだ何があるか分かりませんわ。魔力は温存しましょう」
レベッカはポーチから回復薬を出して配った。
「ごめんトニー、痛くないか?」
「はい、回復薬のおかげで大丈夫です!」
ライアンは早速周囲を見回し、状況を確認する。
その変化に最初に気づいたのは、やっぱりレベッカだった。
「ライアンお兄様、目の色が変わっていますわ……」
薄茶色だった瞳が紫色になっていた。
ついでに耳も長くなっている。
「あの中に入ったせいで、姿変えの魔法が解けたのか……」
「まあでも、エステラがハイエルフになった時もうちの領民達は気にして無かったし……?」
「ははっ、そうだった」
マグダリーナの言葉に、ライアンはごく自然に笑った。もう彼にとって、生まれも身分も種族も気にするものではなくなったのだ。
ショウネシー伯爵家で成人を迎え、ダーモット・ショウネシーの息子であることだけを胸に刻んで前を見ている。
ライアンも早速タマから伝授される。
「じゃあ後はダーモット父さんとエステラを助けないといけないのか……」
ヒラとハラが手を繋いで言った。
「エステラのことはぁ、ヒラとハラでなんとかするからぁ、大丈夫ぅ!」
「ここは崩れるかもしれないなの。ダーモットを助けたら、すぐ避難するなの」
そして2匹は口からドラゴンブレスのようなものを吐き出し、壁を破壊した。
スライムなのに……。
壁の外は雨のように落雷が降り注ぎ、周囲の建物も崩壊している。
皆、息を呑んだ。
ヒラがふにゃりと笑って手を振った。
「ダモは友達ぃだから、よろしくねぇ」
2匹はぽよんと跳ねると、混沌の釜の中にとぷんと入って行った。
それを見た途端、胸に嫌な予感が走った。
「早くお父さまを取り出しましょう!!」
だが振り返って釜を見た瞬間、誰1人として言葉を発することが出来なくなった。
釜から大人の両腕が。
続いて榛色の頭部が。
目が合って“彼”は、自分の子供達が全員揃っているのを確認して、暢気に笑った。
「良かった。全員無事だね」
ダーモット・ショウネシーは、自力で出てきたのだ。
✴︎ ✴︎ ✴︎
そこは真っ暗で、だが不思議と居心地は悪くなかった。
頬を殴られていること以外は。
「この鈍感」
ぺちん。
「朴念仁」
ぺちん。
「再婚? しかもセドリックとブロッサムの娘と?」
ぺちん。ぺちん。
「君がいるということは、ここは“女神の庭”なのかな?」
ダーモット・ショウネシーは、のんびり目を開けた。彼の亡き妻は相変わらず美しく、そして。
「そんな訳ないでしょ。わたくしのような悪女には“女神の庭”は遠いの。あまりにも滅びの呪いが身についているから“世界の綻び”の一部になったのよ」
ダーモットの両頬をつねりながらそう言った。
「……君を、解放してあげるにはどうしたらいい?」
「世界の綻びが修復されれば、自然に任せてやがて飛び立てるわ。そんなことより自分の心配をしなさい、お莫迦さん」
クレメンティーンは、ダーモットの鼻を摘んだ。
「いいこと? 娘と変わらない歳の王女と再婚ってなによ、変態。責任とってちゃんと幸せになるのよ」
「幸せにしてあげろじゃないのか……」
「なんでわたくしが、知らない小娘の心配をしなくてはいけないのよ。ダーモット、貴方はわたくしにとって2番目に大切な人なのだから、家族と一緒に幸せにならなくてはダメ!」
ダーモットは心底驚いた顔をした。
「私が2番目? 4番目あたりの間違いでは?」
「本当にお莫迦ね! セドリックとの恋なんて一時的な熱病よ。わたくしに家と家族と居場所を与えてくれたのは、貴方しかいないわ」
「……そうか、2番目か。随分光栄だね」
「そうよ、光栄すぎて首を垂れるべき事態よ。だって3番目がリーナとトニー。わたくしが求めて本来の寿命と引き換えに産んだ、愛しい子達だもの。4番目はケーレブね」
クレメンティーンは可憐で美しい毒花だった。美しいからと手折れば、折った先からそれと知られぬ毒で相手の命を奪うような……。
ダーモットは毒耐性が強かった。
微笑んで、妻を見る。
「私に子を与えてくれて、ありがとうクレメンティーン。そして愛してくれて」
クレメンティーンの頬が微かに赤く染まる。
「分かったらここに砂時計を置いて、外に出て。貴方がわたくしの呪いに打ち勝った証明。それが代償の1つになる」
ダーモットは腰の収納鞄から、黒い砂の無くなった、金の砂時計を取り出した。
それはクレメンティーンがゲインズ領の大魔法使いから受け取った魔導具だった。呪いの残量を計るための……。
呪いから解放されたあとは、収納鞄を手に入れたので、なんとなく御守り代わりに入れっぱなしにしていたのだった。
「せっかくシャロンお姉様が、わたくしを思い浮かべるような相手と幸せになる世界を、無かったことになんてさせるものですか!」
亡き妻らしい言動に、ダーモットは微笑する。
金の砂時計は、光を放って闇の中に溶けていった。
「道は教えて差し上げる。さあ行って、子供達を守って!」
そうしてダーモットは外へ出た。
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