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傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活)  作者: 天三津空らげ
終章 ショウネシーで待ってる

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311/315

311. ふたつ目の願いごと

 そこに現れたのは、以前見た貫禄のある老婆ではなかった。

 白銀の髪を靡かせ、白い肌で白い衣装に同じく白い杖を持っている青年……。


「3番目のハイエルフ、ルシン。魂を分け与えし者の願いに応え、女神の庭より(ことわり)を超え参らん。さあ、秘密の話をしよう」


「はいぃ??」

 マグダリーナは思いっきり、顔を(しか)めた。


 目の前に居るのはショウネシー領で一緒に過ごして……マグダリーナの乙女の秘密を見事に打ち砕いたルシンとは違う姿……ルシンの前世の姿なのだろう。


 ハラは珍しくぽかんとして、マグダリーナとルシンを見比べていた。


 マグダリーナは悔しさに歯ぎしりした。今まで奇跡的に順調に行きすぎたのだ。まさかこの最大の局面で、こんな大きな失敗をしでかすなんて……!


 ポタポタと石の床に涙が落ちる。


「エステラ……トニー……みんな……」

 ハラがマグダリーナを叱咤する。

「まだ諦めたらダメなの。そいつを馬車馬のように働かせて、この状況をなんとかさせるなの」


「馬車馬のように働くのは、私ではなくマグダリーナだ」


 3番目の始まりのハイエルフは、容赦なくそう言った。


 ヒラは結界をもう1段階強化して、ぽてぽてとこちらにやって来た。


「スライム手はぁ、必要ぉ?」

「要らない」


 ハラはジトっとルシンを見た。

「ルシンとリーナ、本当に同じ魂なの? リーナはすごく常識があって真面目で可愛いなの。ルシンと全く違うなの」


「え? 待って、なにそれどういうことなの? わたしと同じ魂なのはタマちゃんでしょ」


 ルシンは深いため息をつくと、マグダリーナの額の小さな精石に触れた。

 一瞬頭の奥が熱くなる。


「地上の時間は有限だ。マグダリーナ、あの釜の中に手を入れて、まずお前のスライムを抜き出せ。やり方は今伝授した」


 確かに時間は有限なのだ。今最優先なのは、皆を助けること……。

 小走りに新月のような錬金釜に近づき、思い切ってその手を入れた。


 手を入れた瞬間、色んな情報が頭の中に入ってくる。情報量が多く処理できずにすり抜けていくばかり。ヒラが苺とりんごの混ぜ混ぜジュースと例えた意味がよく分かった。


 でもわたしがするべきことは、仕分けじゃなくて引き寄せること……。


 泣き虫で恋愛話が大好きなおしゃまで可愛い真っ白なスライムを心の中にしっかりと思い浮かべた。


「ハラはエステラの魂のことは気づいているか?」

「女神のカケラなの。いくらなんでもニレルが産まれたばかりの赤ちゃんに求婚するのは異常だから、ディオンヌが()かせたなの」

「そうだ。ニレルが造ったハイエルフに宿す為に、女神が切り離した睫毛1本分ほどの微かなカケラ……それを見て、私も自分の魂の1部を分離させた」


(え? その話このタイミングでする? わたしが集中力必要な作業してる最中に?!)


「女神にとっては忘れる程小さなカケラでも、私にとっては違う。だからそのカケラの魂を追わせる為に、己の中で比較的小さな要素を分離させた」

「よく分かったなの。それ、優しさとか良心とかそういうのだったなの」


(それ、普通だったら分離させちゃダメなやつ――!!)


 手のひらに手応えを感じ、釜から引き抜くと、真っ白なまるいスライムが現れた。


「リーナ!!」

 タマは胸元に飛び込んできた。

「タマちゃん!!」

 そっと抱きしめる。


「私も初めての試みだったので、綺麗に分離出来ずにうっかり零れたのが、アレだ。まさかこの時代まで存在しているとは思わなかった」


「うっかりタマなの」


 やめてよ! これからアンソニーを助けなくちゃいけないんだから!


 もう一度釜の中に手を入れる。


「どうしてディオンヌはエステラを攻撃したなの? そのせいでこんな状態になってるなの」

「……エステラの魂は無意識で覚えている。自分が女神から切り離された存在だということを。どれほど生まれ変わっても、どこに居ても“帰る場所がない孤独”は消えない」


 聞いていて、胸が痛んだ。

 エステラの優しさは、どこか大人びた優しさだと感じてはいたけど、それが雪のように静かに降り積もる孤独の積み重ねから来ているものかと思うと、息が苦しくなる。


 わたしの魔法使い。

 わたしの天使。


 そしてわたしは、もう1人のわたしの天使を、強く思い浮かべる。

 アンソニーを。


 エステラに辿り着く前に、この弟が居なければ、わたしはきっとダメになってた。


「ディオンヌは創世時に近い、この“混沌の釜”を使って、エステラを女神の元に還すつもりなんだ……」


 ヒラはこてんと首を傾げた。


「なんでぇ? エステラ(タラ)の側にはぁヒラもハラもササミもモモもゼラもプラもいるよぉ。それにエステラ(タラ)は女神様と離れても、女神様と繋がってるよぉ」


 アンソニーの気配を感じる。

 気配がするのに実体を掴めない感覚。まだ足りないのだろうか、愛する弟を思い浮かべる力が。


「世界はぁ弱肉強食でぇ、親元を離れたらぁ泣きながら嬉しーや、楽しーを見つけていくものなのってぇ、おばあちゃん言ってたよぉ。整理できない荷物は背負って歩けってぇ」

「そうなの。らしくないなの。ディオンヌなら試練を与えこそすれ……」


 何かに思い当たったのか、ヒラとハラはお互い顔を見合わせた。


 ルシンは無情に言った。

「じゃあ、私はそろそろ行く」

「ちょっと待ってよぉぉぉ!!」


 ルシンの言葉に、マグダリーナはキレた。


「まだタマちゃんしか助けてないんだから! ちゃんと最後まで面倒みてよ!!」


 ルシンは無表情にマグダリーナを見ると、タマの額の精石に触れてから銀の霧になって消えた。


 消えた……。


(わたしが歯軋りで、顎関節症になったら絶対ルシンのせいなんだから!)


 ルシンへの怒りのせいで、せっかく掴みかけたアンソニーの気配が薄くなった。


「そうなの……試練なの!」

「世界の修復はぁ“女神の子”と同じぃ代償が必要な機構(システム)でぇ、おばあちゃんはまだ足りないって判断したんだぁ!」


 タマがマグダリーナの肩によじ登った。


「タマ手伝うよー。タマとリーナの本当の出身地はルシンだったんだねー」

「おのれ、出身地……」


 マグダリーナの乙女の秘密が暗黒歴史になってしまったのも、出身地のせいに違いない。理解出来てしまった……ルシン的にはマグダリーナは完全に恋愛対象外だったのだ。


 どうやらルシンは最後にタマにマグダリーナと同じ情報を伝授していったらしい。


「タマちゃんは従魔達をお願い」

「分かったー、シンからやるねー。タマの弟だもん」


 そう言ってタマは、一本釣りのようにシンを引き出した。

 負けじとマグダリーナもアンソニーを思い浮かべて手を伸ばす。


 雷鳴と雷光が近づく。


(トニー! 絶対助けるわ)


 指先に温かい感触が伝わる。


(……リーナ……お姉さま……?)


「トニー!!」


 離すものかとその手を掴んだ。そして思い切り引っ張る。

 とぷん、と水中のような釜の中からアンソニーの全身が引き抜けた。


 そのままアンソニーを抱きしめる。


「トニー! 怖くなかった? 怪我はない?」

「リーナお姉さま……ぼくは大丈夫です。あの中も不思議と怖くなかったです。よく覚えてませんが、お母さまの腕の中にいたような感じでした……それからエステラも側に居てくれた気がします」


 アンソニーはふわっと笑んだ。

「でもぼくは、お姉さまの声が聞こえて……行かなくっちゃって思ったんです」

「戻ってきてくれて、ありがとう」


 アンソニーはそっとマグダリーナの涙を拭った。

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