310. こんとん。と、混沌に溶けて
ライアンが触れると、ゼフの額の宝石は、一瞬火花のような円形の光を瞬かせたあと、するりと取れた。
黒い狼のゼフは、役目を全うして、光の粒になって消えていく。
アンソニーがそっと口元を引き締め、涙を我慢していた。彼の手には、黒い毛並みを撫でた感触がまだ残っている……。
驚いたライアンは、一応確認する。
「エステラ、これはあの中に入れて良いのか?」
「入れて入れて! すぐ入れて。長く持ってると、どんな影響あるかわかんない物だから。何なら、そこから投げ入れても良いわよ」
釜の中をかき混ぜていたヒラとハラも、木のヘラから手を離して戻って来た。
ライアンは頷いて、世界の綻びを集めて封じた宝石を投げ入れる。
こん……とん。
小さな音を響かせて、釜の中に沈んだ。
ぱちぱち。しゅわしゅわ。しゅうしゅう。
釜の中は小さな光を弾けさせはじめた。
エステラは釜に近づき、中を確認する。
「うん、こんな感じかな。ヒラとハラは、リーナ達の近くにいてみんなを守ってね。レーヴィーがこの中に入ったら、この教会は崩れるから」
「わかったぁ。みんなぁ、ダモの周りにしゅうごーう!」
ヒラとハラが、ぽてぽてやってくる。
代わりにレーヴィーがぽてぽてエステラの側に行った。
エステラはレーヴィーを拾い上げた。
「なんて言ったら良いのかしら。私がもし、貴方の立場だったら、きっとここまでできない……。だから」
エステラはレーヴィーの頬に口づけた。
「まあ後はニレルと一緒に良いようにしておくから、心配しないで」
レーヴィーの瞳から、ホロリと涙が溢れた。
『私はこの一瞬の為だけに、今まで有り続けたのだろう』
レーヴィーは釜の縁に上り、スライムの身体を脱ぎ捨て、精霊としての最後の灯りを灯す。
『……我、創世の女神の名において願い奉る。我が権能の全てを、私の〈女神の星光〉に……!』
エステラは驚いて、レーヴィーを振り返った。その瞳が揺れる。
『そして“神の御座位”につく新たな神による世界の修復が、我が魂を糧に成さしめ賜わんことを…………!!』
レーヴィーの輝きが、眩くあたりを照らす。
そして彼はゆっくりと、釜の中へと沈んだ――
エステラはくしゃくしゃの泣きそうな顔をした。
そんな顔をしても、エステラは可愛いなどとマグダリーナが暢気に考えた瞬間、ぞくりとするほど、強烈な魔力の波動を感じた。
エステラは驚きのあまり涙が引っ込み、茫然と呟いた。
「お師匠……、なんで?」
その視線の先には、どこから現れたのか、魔力で造られた矢がある。それはエステラの師匠のディオンヌの魔力だった。
そしてそれは既にエステラの額の精石を貫いていて。
エステラはそのまま、レーヴィーが溶けた釜の中に、倒れて沈んだ。
「エステラぁぁぁっ!!!」
「エステラ――っ!!」
ヒラとマグダリーナは、同時に叫んだ。
釜に駆け寄ろうとしたマグダリーナとヒラを、誰かが突き飛ばす。
ダーモットだ。
ダーモットはそのまま、釜から現れた、黒い帯の様なものに巻き取られ。
釜は触手のように帯をうねらせ、捕らえたものを引き込んで型を変えていく。
「ナード!!」
「くそっ、レベッカから離れろ!」
同じく黒帯に巻き取られたナードをたすけようと、ナードと共にレベッカが捕らえられ、レベッカを助けようとライアンは剣を抜いたが、幻のように剣身がすり抜けた。2人と1匹がのみこまれていく。
そして同時に、シンとタマ、アンソニーも。
「なんなのこれ?!」
マグダリーナとヒラは思い切り突き飛ばされたおかげで、黒帯触手の射程範囲外に出たようだ。怪我も、咄嗟にハラが大きくなって受け止めてくれたので、何処にもない。
気がつけば半月の形だった釜は、満月のような球体になって、質感材質も変わっている。皆を閉じ込めたまま――
「ど、どうしよう……」
「えいぃ!」
とぷん。と小さな音がして、ヒラが球体のなかに手を突っ込んだ。
「いけそうなの?」
ハラが真剣な目で確認する。
「んんーっ、確かに存在を感じるのぉ。でもみんな苺とぉ、りんごのぉ、混ぜ混ぜジュースにぃなったみたいな感じぃ。存在をぉ、掴めないぃぃ」
しゅるると手を元に戻して、ヒラは戻って来た。
ハラと額を合わせて情報共有をする。
「やばいなの」
ハラは振り返ってマグダリーナを見た。
心臓が、くるしい。
「ヒラはぁ、雷からここを守るぅ。時間稼ぐからぁ」
ヒラがうーんと魔力をこめて光を放ち、結界のようなものを張ったのがわかった。
ハラはじっとマグダリーナを見て言った。
「リーナ、アレなの。アレを使う時なの」
「助かるの……? 助けられるの? みんな……」
ヒラは難しい顔をしている。
「やってみないと、わかんないなの。でもさっきの魔力はディオンヌのだったの。待ってても状況は変わんないなの!」
そうだ。ヒラの言う通りだ。
こんな時のために、エステラは大事な魔法を分けてくれたのだ。
マグダリーナはすっと目を閉じて、深呼吸した。
(ここは優しい雪と美しく香る薔薇の溢れるススス王国の神域……)
エステラから魔法を受け取った、あの場所を思い浮かべる。
ハイエルフでも原初の魔法使いでもないマグダリーナは、まず神域を肌で感じられるほど想像する必要があった。
ふわりとマグダリーナの髪が風に靡く。微かな光をはらんで。
ハラは息を潜めて見守った。
「我が願いに、世界よ震えよ」
マグダリーナは、目を瞑ったまま詠唱をはじめた――
「震えながら理を超えよ」
両手を胸の前で組む。
「我、リィンの町の長なるもの。ショウネシーの魔法使いの代行者なり。ゲインズ領の大魔法使いの最後の魔法、そのふたつ目を行使する。出よ権能持ちし始まりのハイエルフよ、今が、その時!!」
マグダリーナの腕輪から、眩い銀の輝きがあたりを満たす。
(どうして――!!)
光が収まり、姿を現した者を見て、マグダリーナは思い切り叫んだ。
「チェンジ!!」
続けてハラも叫んだ。
「入れ替えなの!!」
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