309. 聖エルフェーラ教国の崩壊
「リーナお姉さま! お父さま! ライアン兄さま!」
アンソニーが、両肩にシンとタマを乗せて手を振っている。
マグダリーナはいの一番に駆け寄って、アンソニーを抱きしめた。
「トニー……! 良かった元気そうで」
「はい。僕は元気です。エステラが一緒に居てくれたので何も不安はないです」
アンソニーがそっと抱きしめ返してくれる。
「お姉さまは? 今朝タマちゃんが急に泣いてたので心配しました……」
「タマちゃんも? あ、私もみんなも、この通り元気よ。シグアグルム達がこの国までゆーふぉで送ってくれたし」
「良かったです!」
アンソニーはダーモットとライアンにも、ぎゅっとしていく。
「タマちゃんは今朝何かあったの? お腹が痛いとか」
マグダリーナはタマを抱えて聞いた。
「何もないよ。何もないけど、涙が出たのー」
「何もなかったわよね……なのに何で涙が出たのかしら……ま、まさかこれが思春期?!」
「リーナ思春期なのー?」
「どうかしら? エステラは?」
マグダリーナはエステラに会わなくてはいけないのだ。ルシンの星読みだと。
勿論それがなくても、エステラに会いたいのだけど。
「あっちの部屋で準備中なのー。みんな早く行こー」
案内されたのは、広い部屋だった。片付けたのか元々そうだったのかわからないが、本当に机1つない……絨毯すら無い部屋。
その奥に黒い大きな鉢のようなものと、“原初魔法”の大きな錬成空間が見える。エステラが魔力の輝きを纏って何か作業していた。
肩にはヒラとハラが、そして頭には見知らぬ黒いスライムが乗っている。
『何を混ぜた?』
「海水よ」
『海水?!』
錬成空間で撹拌した液体を、エステラは鉢に入れる。
マグダリーナ達に気づいたレベッカが寄ってきた。
「あの中の空間は、“世界の綻び”に繋がってるらしいんですの……」
既に外には“神形”の気配があり、轟音と共にニレルが近づいて来たのがわかる。
レベッカの言葉にアンソニーが頷いた。
「それが顕れたのは今朝ですが、確認したエステラが、準備が足りてないことに気づいたんです。“綻び”は“女神の子”と同じ世界の機構になっているので、修復するには代償が必要なんだそうです」
マグダリーナは言い淀んだ。
「……だったら代償は、ニレルが神になって、その、厄災のレーヴィーを斃すことではないの?」
アンソニーは頷いた。
「それは繕うことに喩えると、縫い針にあたるそうです。もちろん神の神力は縫い糸にもなるのですが、今あの釜にエステラが入れているものは、糸を更に補強したり、布地を足したりする為のものだそうです」
アンソニーがそう言ったあと、エステラは女神の精石の入った小袋の中身を、全部釜の中にぶち撒けた。そして螺旋に絡まる二本の木の枝から造った、大きなヘラで、中をかき混ぜる。
半月状の釜はゆらゆら揺れている。縁はエステラの膝辺りだが、半径が大きいので、エステラは釜の周りをヘラを持って早歩きしながらかき混ぜていた。
流石に見兼ねてダーモットが声を掛ける。
「私が代わろう、エステラ」
「あ、ダーモットさんおはよう! そしてありがとう! でも大丈夫。後はヒラとハラに任せるから」
待ってましたとばかりに、ヒラとハラはぴゅっと飛んでヘラの柄を取る。
2匹に作業を任せると、エステラは腰の後ろに手を当てて伸ばす。
「んぁぁ、思ったより腰にきたぁ」
そのひと声に、マグダリーナはタマと共に回復魔法をかける。
エステラの左右色違いの瞳が、とびきりの笑顔でマグダリーナを見た。
「ありがとうリーナ! それにタマちゃん。ダーモットさんやライアンもここまで来てくれて」
マグダリーナはエステラの元に走って抱きついた。
今頬を濡らしているのは、今朝のような理由の無い涙ではない。ちゃんと自分の中の想いから生まれ出たものだ。
「良かった……無事で……本当によかった……」
エステラもとても大切なもののように、マグダリーナを抱きしめ返した。
そしてエステラの頭に乗っていた黒いスライムが、ふわりと飛んでライアンの元に来た。
『仮の器で失礼する。わたしはレーヴィー。元は始まりのハイエルフの1人だったものだ。リーン王国からよくぞ遥々と来てくれた、パイパーの息子よ』
ライアンはスライムの姿に少し面食らって、それでも真っ直ぐレーヴィーを見た。
「訂正を。俺はダーモット・ショウネシーの息子です」
キッパリとそう言ったライアンに、レーヴィー以外の全員が、心の中で喝采をあげていた。
あんなに心の重しだった出自に対して、彼はもう囚われることをやめたのだ。
『……そうか、では改めて。ダーモットの息子ライアンよ、どうか私が与えた能力で、成して貰いたい事がある』
「俺は何をすればいい?」
部屋の奥から、大きな黒い狼が現れた。
『あれの額の石を分離してほしい。心配せずとも触れればその力が発揮できるようになっている』
「1つ聞いても?」
『何かな』
「どうして、俺だったんだ……」
『君はエルフで十分な魔力がある。そしてまだ胎児だった……隠れて能力を与えるには最適だった』
ライアンはしっかりと思案しながら聞いている。何かしら想いがあってと言うよりも、自分のこととして知っておかないと行けないから聞いているようだった。
「つまり隠しておかないといけない事情があった?」
『そうだ。既に聞いているだろうが、君の種は元エルフ族の王シャザーンだ。“神の御座位”はウシュ帝国時代にはその存在がハイエルフ達に知らされていた。そしてエルフ族はそれを手に入れようと、代々の王にその存在を伝えていた……。彼はその為にずっとリーン王国を狙っていた』
雷鳴が鳴り響き、レーヴィーはちらりと外を見た。
『彼は私の目的を知らない。君の能力が特別なものと知られれば、ここに辿り着く前に使い潰されていたかもしれないからだ。現に彼は、エルロンドがリーン王国のものになってから、漸く君を取り戻そうと躍起になった……』
「もう1つ聞いてもいいか?」
『ああ』
「俺はこのまま、人族として生きていけるのか?」
ライアンの問いに、マグダリーナとレベッカはハッとした。エルフの寿命はハイエルフほどではないが、そこそこ長い。
『君の寿命はエルフのそれだ。やがて肉体の成長がゆっくりになる時が来るだろう。君にかけられた姿変えの魔法は、君が心から願えば解けるようになっている。もう良いかな。さあ、ゼフの石を取って、釜に焚べてくれ』
「ゼフ……」
ずっと本当の父親だと思っていた、その名を呟く。黒狼は、大人しくライアンの前に座った。
◇◇◇
とうとう落雷が追いついた。
轟音と共に人々の悲鳴と建物が崩れる音がこだまする。
「せや……っ!」
ヴェリタスは魔剣で、教国の結界の魔導具を斬り崩す。
聖二十二教会。別名聖女教会と言われる、結界魔導具とそれに魔力を与える聖女達のいる教会だ。
聖女達の殆どが雷に気絶していた。意識のあるものは、パイパーの説得で舟に乗ってもらう。気絶している者は問答無用でモモとプラにササミ(オス)の舟に転移させる。
ゼラとササミ(オス)の舟は、教国中を雷の間を縫いながら高速で飛行している。
はじめこそ奴隷商行きの舟に誰が乗るかといった空気だったが、落雷がゆっくりと蹂躙しはじめると、当然形振り構わず舟に乗ろうとする者が出てくる。
それでも、馬車や馬で、各々逃げていく者が多かった。
田畑が燃え、灰が雪のように舞い上がり、町が容赦なく瓦礫になっていく……。
心配していたワイバーンは、真っ先に教会の司祭達が逃げる為に使われた。そして皆、雷に打たれて地に落ちてしまった。
モモとプラとチャーの防御結界に守られながら、ヴェリタスとパイパーは魔導具を破壊する為に走る。
「チャー、後はどこだ?」
「ハイ! 聖属性の魔力を動力源にするものは、今ので最後です!」
「そっか、じゃあリーナ達と合流するか」
モモの身体が輝き、桃色星竜の姿になった。
『乗って。この雷の中だと、モモの方がウイングボードより安全よ』
「助かる! でもモモ、無理してないか?」
『大丈夫。これだけ神気に満ちてると、寧ろ調子が良いの』
『ぷ。プラも元気! パイパーずっとハンドル握ってたから、プラの葉っぱで湿布してあげる』
パイパーは一瞬、赤く腫れた手のひらを見たが「葉っぱはいけません。恐れ多い」と遠慮した。
『ぷぅー。じゃあ、スライムコラーゲンシートEX使う?』
「あんがとな、2人とも。そっか、じゃあ頼んだ」
ヴェリタスは、パイパーと一緒にモモに乗ると、ウィングボードを魔法収納に仕舞った。
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