305. スライム心
ヒラは夜明け前の空を、じっと見ていた。
何かがやって来る。
ショウネシーの方角から。
それが何かは、よくわからない。
でも不思議とぽかぽかで、元気の出る何かだった。
ヒラは窓辺からぽよんと降りると、温かいお茶を用意しはじめる。
スライムは割と寒暖差に強い。
だけど、冬は“あったかい”を楽しむのが通なのだ。
ハラとシンも起きてきた。
2匹は順番に、ヒラから生姜の入った甘いミルクティーを受け取る。
まだ寝ているササミ達を起こさないよう、ゼラのいる暖炉のそばへ向かった。
にんげんのみんなは、持参したテントの中で寝ている。おトイレもあるし快適なので。でも、テントから出た時に寒いと元気に頑張れないから、暖炉の火は絶やさないようにしてある。
3匹はゼラのお腹を背もたれにして、ミルクティーを飲む。
「美味しいなの。ヒラまた淹れるの上手くなったなの」
「ヒラはぁ、明るい未来の可能性を、ぷるるんボディぃに詰め込んだぁ、魅惑のスライムぅなのでぇ!」
「シンも! シンもヒラとハラみたいになれるにょ?」
ハラは神妙に頷いて見せた。
「いつでもスライム心を忘れなければ、立派なスライムになれるなの」
「スライムここにょ?」
「主にぃ愛されたスライムはぁ、その何倍もぉ何倍もぉ、たぁ〜っくさん、愛をお返しするのぉ。それがヒラもぉ、ハラに教わったぁ、スライム心だよぉ」
ハラは神妙に頷いた。
「スライムの生命の中心には”何かの役に立ちたい“という本能があるなの。それがスライム心の根っこなの。そのために魔力と技を磨くなの」
シンは目に力を入れて頷いた。
「シンもー、トニーいっぱい愛ちゅるにょ! それで魔力と技を磨くなの!」
「ハラはヒラに感謝なの」
「ヒラもぉ、ハラにいつもぉ感謝だよぉ! おばあちゃんやタラだけじゃなくぅハラもぉヒラを鍛えてくれたからねぇ!」
ハラはミルクティーの中に浮かぶ、自分の瞳を見た。
「スライムの生命は儚いなの……。ずっと諦めてたけど、ヒラがスライムの可能性を見せてくれたなの。ディンギルまで進化してくれてありがとうなの」
「どういたしましてぇ」
「そしてスライムの国を作ってくれて、ありがとうなの。スライムの祖たる精霊獣として、こんなに嬉しいことはないなの」
カララン。
ハラのカップの中に、宝石が落ちた。
「ハラー、シンもー、シンも立派なスライム心を持ったディンギルスライムになるにょ!」
「シンはいい子なの」
ハラとヒラはシンを撫でた。
「シン今日……、トニーと会えるにょね?」
シンはヒラ達と夜明けを待った。
✴︎ ✴︎ ✴︎
全員動きやすい、冬の運動服に着替えた。靴も滑りにくいものだ。
レベッカはナードとスライム達が入る大き目のかけ鞄と、鞄に取り付けられる、サブポーチをセットする。このポーチが大容量収納鞄になっている。そしてエステラから貰ったかわいいマントを羽織る。
「それじゃあ先に行って、エステラお姉様達と内側から対応しますわね!」
ナードが作った妖精のいたずらは、青い花の円だ。レベッカが中に入ったあとは、しっかり摘み取っておかないといけない。
レベッカ達が消えたのを確認して、チャーが妖精のいたずらの後始末をした。
残ったマグダリーナ達はまず食事にする。腹が減っては戦はできぬ。
ヴェリタスがゼラを見た。
「なあ、ゼラ。元の姿に戻って、アレやってくれよ。エルロンド王国やギルギス王国でやったやつ」
『うむーそうじゃな。その方が効率良いか』
「モモちゃんは、本当にハラ達と一緒に行かなくてよかったの?」
マグダリーナは心配になって聞いたが、モモは黙って頷いた。
『教国のどこかに、ワイバーンがいるかも知れないし桃色星竜のモモもいた方がいいと思うの』
ルシンとフェリックスが仲間になった時、ワイバーンの卵が教国にあることを、モモは聞いていたという。
『だからモモ、今回ヴェリタス達と行動するわ。ウイングボードだけじゃ不安。それにゼラやササミがもしワイバーンに襲われたら、モモとプラで応戦しないと、乗ってる住民達が危険』
「あんがとな! モモ」
ヴェリタスはモモを撫でる。
ということは、マグダリーナ達が教会に入ると、プラは別行動ということだ。
心もとないが、頑張るしかない。
動きやすい運動服の上からしっかりマントを羽織り、寒さに凍えないよう、耳の隠れる帽子を被る。
「どうしたんだい?! リーナ! どこか痛いのかい」
ダーモットが慌ててマグダリーナに聞いた。
マグダリーナは自分の頬に手を当てて、その濡れた感触に驚いた。
「わからないわ……なんで涙が出てるのかしら?」
本当にわからない。
エアがマントの中からぴゅんと飛び出した。
『マスターの体調には異常はないぴゅん。何かと偶然同調したせいぴゅん』
「同調……? ならタマちゃんかしら?」
『わかんないぴゅん!』
マグダリーナは左手の人差し指の指輪に意識を集中した。指輪から、タマの居場所と、シンに会えて嬉しそうな様子が伝わってくる。
「何の現象かわからないけど、わたしもタマちゃんも大丈夫だわ。行きましょう。流石にそろそろニレルは神の御座位を手にしてるかもしれない」
宿を出てもう一度教会を眺める。相変わらず武装集団が周りを取り囲んでいるけど、エステラの結界で中には入れないようだ。
『通信が入ったぴゅん!』
マグダリーナの腕輪型魔導具が一瞬輝き、そこから小さな光が飛び出し、5人と4匹と1マゴーの額と魔石に吸い込まれた。
マグダリーナ達の脳内に、教会内への侵入方法や、元気なアンソニーの様子、レベッカ達と無事合流したことが伝わる。
しかも。
「普通に教会の入り口から入って、なんて……」
確かにどの窓も小さくて、壊して入るのは不可能そうなんだけど。
口に出した瞬間、急に周囲が暗くなった。
見上げた空に、重い雷雲が立ち込めはじめる。
「……うそっ、もう?!」
ダーモットが、素早く両脇にマグダリーナとライアンを抱え、家族乗り用のウィングボードに乗り込む。
コッケェェ!!
ササミ(メス)がササミ(オス)になって、武装兵を蹴散らしながら、入り口迄の露払いをすると同じく速さでダーモットの操るウィングボードが難なく入り口に着いて中に駆け込んでいく。
「うわ。俺ら撹乱する必要ないじゃん」
ばさりと、飛ぶはずのないコッコカトリス(オス)が空を飛ぶ。そして軽く火を吐く。
それだけでもう、兵達は隊列を崩して、住民達も慌てて逃げ出した。
『ではワシも行くかの』
ゼラは高く舞い上がり、仔竜姿から、白く輝くハイドラゴンの姿に戻った。
モモとプラがパイパーと一緒に、ヴェリタスのウィングボードに乗り込む。
「運転は私がします。ヴェリタス様は魔力を温存なさってください」
「わかった。助かる!」
✴︎ ✴︎ ✴︎
『我が名はゼラ。創世の女神に造られしハイドラゴンなり』
暗雲を背に、白く輝くゼラはとても美しく……そしてとても恐ろしく、人々には見えた。
『今、創世の女神に並び立つ新しい神が生まれたり! 神はこの国を滅ぼすと定められた。だが彼の神も決して無慈悲ではない! 今からコッコカトリスと共に舟を引いて周る故、助かりたい者は乗るが良い。ただし行き先はメイティア王国の奴隷商。それが嫌なものは、今すぐこの国から逃げよ! 舟に乗るものは白き布を掲げよ!』
ゼラはゆっくりと魔法収納から2艘の大きな舟を出して、ササミ(オス)と共にハーネスをつけて地上を低空していく。
ゆーふぉの中で、トレント木材を使ってエデンが造った舟とハーネスだ。
「邪神……」
人々はザワついた。
「リーン王国の邪神が、この教国を滅ぼすというのか……!!」
「おお、救い給え女神よ……!」
冬の風を見に受けながら、不思議と寒さを感じない。身に纏う全てのものに魔法が付与されていることがどういうことか、パイパーは今更ながら実感した。
「……あれ、命を救って欲しかったら、他国の奴隷になれって言ってるじゃんか……。流石に邪神って言われても否定できないよ。もうちょっと良い受け入れ先なかった……からだよなぁ」
ヴェリタスは頭を抱えた。
「仕方ありません。どの国も、他国の難民を受け入れることは嫌がりますからね……。リィンの町に受け入れられたドワーフ達は、本当に奇跡としか言いようがないのです」
「エステラとリーナがいたしな」
パイパーは首を横に振った。
「最終的にはそうですが、まず彼らを買取った奴隷商の存在が奇跡です。商品にならない状態のドワーフ達を助けるために奔走していたのですから。そんな所で受け入れて貰えるなら、そう悲観するばかりではないと信じたいですね」
「……そっか。そうだといいな」
◇◇◇
ダーモットはそのままウィングボードを操作して、エステラ達のいる3階まで向かう。
マグダリーナとライアンは、ダーモットの素早さにすっかり驚いていた。
そして目の前に、満面の笑顔で手を振るアンソニーが見えた。
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