301. 星の行方
「それじゃあ行ってくるよ。ハンフリー、いつも通りよろしく頼むよ」
まるでちょっとそこまで。
日課になった女神の塔にでも行ってくるような気軽さで、ダーモットはハンフリーに声をかけた。
「無事のお帰りをお待ちしています」
ハンフリーのその返答を合図かのように、マグダリーナ達ショウネシー家、パイパー、ヴェリタス、エステラの従魔達、そしてエデンは空からのスポットライトに照らされ、そのまま上空へと引き上げられる。
一定の高度まで上がると、転移魔法が発動して、その乗り物の中にいた。
隠密機能搭載、非確認飛行物体ゆーふぉー。
ススス王国で国外を移動するために使われる移動手段である。
エデンは眉を顰めた。
「地上から直ぐに転移魔法で掬い上げれば良いのに、エステラはなんでこんな非効率な搭乗手段にしたんだ?」
ヒラは無垢な瞳で答えた。
「ゆーふぉーだからだよぉ。ゆーふぉーはこうやって乗り降りするのが、正しいんだってぇ。今回はたくさんだからしなかったけどぉ、正式なお作法だとぉ、両手をシグアグルムと繋いで乗るんだよぉ! ね、リーナぁ」
「え!? え……えぇ、……そうね、エステラのロマンが設計図だから、そうね」
おそらく真にこの設定の意味を理解しているのはマグダリーナだけだ。
エデンの話では、確かにこの地は球体である。
それなのに、太陽はどこからでも等しく位置を同じくし、どの国も同じ暦と時計が使える。
夜空の星は女神様の御光だと言うのだから、宇宙人なんて概念は通じないだろう。
そしてこの搭乗方法は、観光時のパフォーマンス込みのお作法であって、普段のシグアグルム達はそんなことをしていない……ということを、添乗員シグアグルムに説明されて、エデンは納得したようだ。
シグアグルムのスライムはご機嫌にマグダリーナ達を案内してくれる。
「真王スラルイル様とお仲間の皆様を、お乗せできるなんてー光栄ですー。どうぞ短い旅ですがー、こちらでおくつろぎ下さいー」
とても豪華な1室だ。神獣であり、ススス王国の真王の1人であるヒラが居るから当たり前か。それにしても豪華だ。
ドワーフの造ったテーブルにディオンヌ絹の絨毯、ふかふかのソファ。カーテンで仕切られた美健マッサージ室もあり、薔薇の花びらを浮かべた足湯施設まである。
召使いよろしくスライム達がやってきて、薔薇のお茶と新鮮なフルーツの生菓子を用意していく。
「どうぞお召し上がり下さいー。こちらは穢れに対する抵抗力を高める素材を使用しておりますー」
「ンッハハ。至れり尽せりだな。ドウモアリガトウ」
エデンが先陣切ってソファに座ったので、ふらふらとマッサージ室に行きそうなダーモットの腕をとって、マグダリーナ達もソファに座った。
「まあ、お口の中で花が咲いたみたいですわ! ナードも気に入って?」
くまっぷー くまー
満足そうに目を細める更生妖精熊を見て、レベッカは優しく頭を撫でた。
(エステラの香りだわ……)
マグダリーナは声には出さず、そっとそのお茶の香りと味を堪能する。
ティーカップを見つめて、ぽつりとヒラは呟いた。
「ロサぁ・ラルメアぁ……」
それから、スライム達を見た。
「なんでぇ? 自分で食べなかったのぉ? 進化ぁできるのにぃ」
スライム達はにこにこ笑って言った。
「進化はー、ススス王国が健在で真王様達がいらっしゃればー、また花を育ててできるのですー。でも皆さんはー、ここ1番の時とお見受けしましたー。万全な状態でー送り出すのがーシグアグルム魂なのですー」
ヒラはぷりんと跳ねて、ありがとねぇとスライム達とくっつきあって、ぷるぷる揺れだした。
マグダリーナはヒソヒソとハラに尋ねた。
「このお茶、そんなに貴重なものなの?」
ヒソヒソとハラも答える。
「お茶だけじゃないなの。お菓子に使ってある素材やこの部屋のアロマ……全てスススで収穫出来る最大限に貴重なものばかりなの」
「ショウネシーの真珠より?」
「ショウネシーの真珠よりなの。だから用意されたものは遠慮なく使ってなの」
娘の背後からそっと話を聞いていたダーモットは、ハラと目が合うと頷いてお茶を飲み干し、マッサージ室へと行った。
シグアグルムのマンドラゴンが、プラに話しかけている。
プラはうんうん頷いた。
『ぷ! 教国までの通り道で起こる落雷は、〈神兵獣〉たちが受け止めて、被害を最小限にしてくれるって!』
「くっは、やっぱりそうなるか!」
ライアンとヴェリタスは視線を交わし合い、ヴェリタスがエデンに聞いた。
「エデン、通り道って?」
「以前のルシンの星読みだ。『神の怒りの雷』確かにそう言った。神になったニレルに人の姿はない。雷になって、聖エルフェーラ教国に進むということだ」
ライアンはマグダリーナを見た。
「雷って、女神の塔ができる前にすごい音と光で落ちてきたアレのことだよね? あの時はエステラとニレルがなんとかしてくれたけど……リーナ、実際にはどんな被害が想定されるんだ?」
「音と光だけじゃなく、熱も伴っているの。木に落ちれば焼けるし、場所によっては火事になる……石材の建物とかに落ちれば、崩れる可能性もあるわ……」
パイパーは表情を曇らせた。
「大災害になりますね……」
「そうだ」
エデンは頷く。
「残念なことに、俺達ハイエルフには、それを止めることは出来ない。女神の伴侶たる神の成すことに逆らえないからな。精々知人の奴隷商が教国の難民を受け入れる準備を手伝うことくらいしかできん」
マグダリーナは以前エデンと奴隷を買いに行ったことを思い出す。きっとエデンはこのあと、あそこに行くつもりなんだろう。
元々エデンは世界の綻びに近寄るなと言われているのだ。途中まで同行してくれるだけで、ありがたい。
「いいか、これから起こることは天災であり、神の所業だ。悪いのは神となるものを怒らせたレーヴィーであり、どんな惨状にも君達に責任はない。エステラを見つけたら、兎も角にも雷が追いつく前に逃げろ! それから、絶対ダーモットから離れるな。ダーモットがエルフェーラの生まれ変わりなら、神はその存在を感知できるからな」
「それはエルフェーラ様が始まりのハイエルフだからですの? 同じハイエルフでもニレルさんはエステラお姉様のことは分からなくなってしまいますの? あんなに想いあっていらっしゃるのに……?!」
「レベッカ……」
エデンは自ら格闘術を伝授した少女を見た。
「ああそうだ。神にとって、始まりのハイエルフだけが、個を識別出来る存在だ。どんなにニレルがエステラを強く想っても。神とはそういうものなんだ。だからニレルはあんなに神になるのを嫌がってたのさ」
「そんな……あんまりですわ……」
エデンはレベッカの涙をそっと拭った。
「理屈はわからん。だがおそらくルシンの星読みは、マグダリーナとエステラが出会えば、神になったニレルにもエステラを見つけられるってことだと俺は思っている。俺の代わりに正解を見届けてくれ」
レベッカはそっと頷いた。
「エステラぁ……ちゃんと美味しいご飯食べてるかなぁ」
こてんとヒラが転がった。
✴︎ ✴︎ ✴︎
ヒラの心配は杞憂で、既にエステラとアンソニーは聖エルフェーラ教国の中枢、聖十一教会の厨房を掌握していた。
ウモウの骨をじっくりコトコト香味野菜と煮込んでスープストックを作ると、そのままウモウのお肉とお野菜をたっぷり入れ、スパイスも追加して煮込みにしていく。
小皿に掬って、エステラは味を確認した。
「ん。上出来」
「エステラ、ナンも焼き終わりました!」
「ありがとう、トニー」
エステラは笑顔でアンソニーを労うと、器に盛り付けていく。
アンソニーは厨房の様子を眺めながら、不思議そうに尋ねた。
「聖エルフェーラ教国も貴族はお野菜食べないんですね……こんなに美味しいのにどうしてなんでしょう?」
4人分の食事を台車に置いて、歩きながらエステラは答えた。
この教会にいたのは、貴族ではないが、教会で地位のある者は実質貴族のようなものだ。
アンソニーの質問に答えてくれたのは、エステラの頭の上にいる漆黒の中に幾つのも星が煌めいてみえるスライムだ。
「戦乱の時代から復興する際に、限られた食糧で多く生かすために、力があり地位が上の者が弱い労働者から搾取し過ぎないようにと、土に近い食べ物は平民のものとして手を出さないと定めた者がいた。それで領地を栄えさせた。当然、誰かが成功させたことは多くが真似る。そうやって方々の国に広まった名残だ」
「平民の食糧確保のため……」
じっとお野菜を見つめるアンソニーを、エステラは優しい視線で見つめた。
「まあ、今は時代も変わって来てるし、ショウネシー領はちゃんとみんなご飯が食べられるようハンフリーさんがしてくれてるんだから、好きな物を好きに食べれば良いのよ」
アンソニーは頷いた。
エステラがアンソニーと聖エルフェーラ教国に着いてまず行ったのが、レーヴィーの器を造ることだった。
弱々しい精霊が、起き上がることの出来ない年老いたエルフ……前教皇の身体によろよろと入ろうとしているところを見て、仕方なく器として精霊獣を造った。それが今エステラの頭の上に乗っているスライムだ。
老エルフは、スライムに宿ったレーヴィーをみて、微かに微笑んでから息を引き取った。……引き取って、しまった。
つまりこの国のトップがいなくなったのだ。本来ならセレンが教皇なのだが、彼はショウネシー領で匿っているので、現在進行形で行方不明中。しかも恐ろしいことに、誰も捜索はしていなかった。
当然次のトップを狙って、陰謀渦巻くあれやこれやが展開されるところを、やけっぱちになったエステラは「もうじきこの国は滅びるであろう!」と宣言して、この教会の中にいた人を全員追い出したのだ。
無駄に豪華でただっぴろい教皇の間に、平民の家ほどのキノコがデンとあった。
それには、窓や扉もあり、エステラ達はそこに入って食事を配膳する。
「うーん、教国はエルロンドと共同で魔導具を造ってたって聞いてたから期待してたけど、厨房には大した物なかったわ。なんでなの?」
ナンをちぎりながら、エステラはレーヴィーを見た。エステラの摘んでいるナンの端からは、トロットロのチーズが糸を引いている。
「なぜ厨房に大した魔導具が有ると思ったかの方が謎だ。いや、いい。何も言うな。この家を見れば大体の予想はつく」
レーヴィーなスライムは、器用にスプーンを使って、ウモウ肉と野菜のスパイスカレーを口にする。背中にスターサファイアのような金の星がフワリと現れて消えた。
カレーはお口に合ったらしい。
「エステラ、タマはもっと甘口がいいのー」
「じゃあこっちの蜂蜜漬けの果物の摺り下ろしを足してあげる」
「わーい」
エステラは居間からのっそりと歩いてきた獣を見た。それは真っ黒で、赤い目で、エステラが乗れそうなほど大きな狼の姿をしていた。
近寄ってきたそれの顎を、エステラがさこさこ掻いてやると、狼の額の紫の宝玉が光る。
「ねぇ、本当にゼフにご飯食べさせなくていいの?」
「ああ、普通の精霊のように遍在する魔力を食事にしているからな」
レーヴィーはチーズがたっぷり入ったナンを頬張りながら答えた。
「あまりそれに構うな。役目を終えたら機能を停止するように造ってある」
「そう? でもいいのよ。それでも誰かに撫でられる経験くらいあったって」
エステラの言葉にアンソニーも頷いて撫でた。
世界の綻びを集約するのが役目の精霊獣ゼフは、エステラとアンソニーに見つかるやいなや、撫でまわされ、毛をすかれ、ととのえられ、すっかり愛玩動物化していた。
世界の綻びを閉じ込めたゼフの宝玉と厄災のレーヴィー。
それを特別な錬金釜に焚べれば〈破滅の獣〉が生まれ、神になったニレルが〈破滅の獣〉を倒せば、世界の綻びは修復されて、この世界の破滅の運命は無くなる……。
錬金釜は造り終わった。
あとは、その時が来るのを待つだけだった。
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