300. 暗黒歴史
レーヴィーが齎した情報は、もう1つあった。
エヴァがショウネシー領に向かっているとの事だった。
そして最後に、救いの言葉を残してくれた。
『エヴァの身体を乗っ取っているオリガは、君達とは血の繋がりのない他人だ。シャザーン・エルロンドに姿変えを教わった際に、呪いと、他者の身体を乗っ取り操る異能に目覚めた者。本当のオリガは産褥で亡くなった。名も知らぬその女は、オリガの美貌を気に入り、その姿と子を盗んだ』
レーヴィーは確かにそう言った。
つまり血の繋がったマグダリーナとアンソニーの祖母だったと思ったオリガは、赤の他人だったのだ。
あんな人を人とも思わぬ所行をする人が祖母ではなくて、心底安心した。
エヴァの話を聞いて、ルシンは憮然としてセレンに言った。
「なんにせよ、見つけたらすぐ葬送する。一目会いたいとか言ってぐずったり、邪魔したりするなよ」
「…………分かっておる」
なにせハイエルフの正しい葬送が出来るのが、エステラとニレル、ルシンの3人しかいない。
当然ルシンはショウネシー領に残ることになる。
そんな重要な時だと言うのに、マグダリーナの中では乙女の秘密のピンチがざわめいていた。
レーヴィーに暴かれたマグダリーナの恋心は、ソワソワと浮き足立ちながら、ルシンについてアレコレ考えさせて、眠れなくする。
期待して……期待しても良いはず。
自分がルシンにとって、特別な存在だと。でなければ、あんな風に構ってきたり、何より重要な秘密を共有することは無いはず。
寝台の上で身体を左右にぐるんぐるんと転がしながら、頬を染めてマグダリーナは囁いた。
「……ルシン」
途端に胸が熱くざわめき、切なくため息が出る。
重症だわ、これは。
「で、なんの用だ?」
まさかの、だけどいつも通り。突然無遠慮に乙女の寝室に現れたルシンを、マグダリーナは呆然と見た。
「え? なんで……?」
「呼んだだろう。俺を」
「いや、それだけで? ちょっと名前を呼んでみただけよ」
「お前の声はよく聞こえる。それにこんな時間にわざわざ名を呼ぶなど普通はあり得ない。だから、気になった」
マグダリーナは頭が真っ白になった。
やらかした。やらかした……。
1人の寝室で、誰かの名前を囁くなど……、そんなシチュエーションは限りなく限られている。
あわわわわ。あわわわわ。
脳内で、タマの代わりにすやすや隣で寝ているシンに踊ってもらいながら、マグダリーナは上半身を起こしてふわっふわの勢いで言ってしまう。
「もしかしてルシンって、わたしが好きなの?!」
「そうじゃない。認めたくないが、愛してる……」
リンゴーン。と脳内に鐘が鳴り響き、ヒラとハラがイケスラパウダーを撒き散らす。
「わ……わたし、も。ルシンが……好き……」
勝った。無垢な乙女心が勝利を掴んだのだ!
「そうか。だが、残念だったな」
「ん?」
もじもじとお布団の端を弄っていたマグダリーナは、理解できない返答に、顔を上げてルシンを見た。
ルシンは底意地の悪い顔で笑う。
「俺は言っただろう? お前の初恋は必ず破れると」
「は?」
そういえばルシンを揶揄って、そんなことを言われた気がする……。
「俺はお前を愛してるが、それは恋愛感情じゃない。お前だってあの白い睾丸を愛してるが、恋愛感情ではないだろう? それと同じだ」
マグダリーナは肩を震わせた。
地を這いずるような声が出る。
「タマちゃんのことを、そんな風に言わないで……それにタマちゃんの出身地は国家機密よ……」
国家機密である。
「何処の、なんて言ってないから大丈夫だ」
「それにしても、タマちゃんに失礼だから、ちゃんと名前で呼んで!」
ルシンは諦めのため息を吐いた。
「……そうだな。マグダリーナには俺の義理の母になってもらわないといけないし」
「へ?」
義理の母?? 母??
「エヴァが亡くなって、その権能はエヴァの子孫に引き継がれている。細い糸のように……。シャロンさんがハイエルフの子を生むなんて、普通なら有り得ないことがおこったのも、そのせいだ」
残念なことに、マグダリーナはこの時点で気づいてしまった。エヴァの子孫であるイラナは、マグダリーナの先祖でもある。
「つまり……」
マグダリーナの絶望的な呟きに、ルシンは頷いた。
「俺は待っている。お前が、ハイエルフの女の子を生むことを」
「……ペルラちゃんがいるじゃない」
ルシンはフルフルと首を横に振った。
「シャロンさんのガードは固い。それに俺はやっぱりお前の娘がいい。俺以外の男と結婚して、沢山子供を生んでくれマグダリーナ」
(さいあくだ――! 訳がわかんないくらい最悪だ……)
マグダリーナは涙を堪えた。
「ルシンのバカ……」
彼は僅かに微笑んだ。
「もう寝ろ」
ルシンの手がマグダリーナの目を塞ぐと、そのままふわりと仰向けに寝かされた。
「子守歌が必要か?」
「歌ってくれるの……?」
意外な提案に、マグダリーナの涙が引っ込んだ。
「ハラとヒラを呼んで、歌わせる」
「……やめてよ」
エステラが居なくて、ニレルも居ない。
ヒラは寂しくて、今夜ダーモットと一緒に寝ている。他の従魔達も一緒だ。
呼べばおそらくダーモットもやって来る。こんな……乙女の純情が敗れたとこなど、絶対男親には見られたくない。
マグダリーナは勢いよく布団を頭から被った。
「おやすみ」
ルシンの囁きが聞こえたかと思ったら、あたりはもう冬の夜の静寂に包まれていた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
脇腹に刃が突き刺さり、ニレルは後退する勢いに任せて、それを引き抜く。
なるべく距離をとり、回復魔法をかける時間を稼がないといけない。最も、その時間を与えてくれるような容易い相手で無いのだが。
女神の塔99階。
フロア全体がボス部屋となっているそこでニレルを待っていたのは、エステラ達と周回していた時に現れたハイドラゴン3体の写身ではなかった。
4番目の始まりのハイエルフ。力の権能を持つ、始まりのハイエルフ最強の存在でありニレルの叔母、そしてエステラの師匠、ディオンヌだった。
そしてディオンヌのその奥に、今までは無かった階段がある。
(あそこに辿りつかないと、僕は2度とエステラに会えない――)
本能のように、ニレルはそう悟っていた。
杖を仕舞い、武器を取る。エステラが造ってくれた杖は戦いに使いたく無かった。
よくできた写身なのか、女神の奇跡かわからないが、目の前のディオンヌのその強さと剣筋は間違いなく本人のものだ。手強すぎる。
口の中に溜まった血を吐き捨てて、ニレルは刀を構えた。
神の御座位は、容易に手に入るものではないのだ……。
✴︎ ✴︎ ✴︎
その深夜、ニレルとルシン以外のハイエルフは全員女神の塔の1階に集まっていた。ついでにセレンとドミニク、フェリックスもいる。
「ドミニクはこの塔でニレル様をずっと待ってる気?」
香草と果物の皮で淹れたお茶を配り、ヨナスが聞いた。
「左様! 神となった我が君の御姿を見逃すわけにいかぬので!! 空間魔法も伝授していただかないといけませんしな」
ちゃっかりテントを持ち込んでいるドミニクだった。
ふわりとルシンが現れる。
「どうだった? マグダリーナの様子は?」
ヨナスは心配して聞いた。ハイエルフ達の中で、ヨナスが一番ショウネシー領の子供達と親しい。
「ちゃんと寝かせてきたし、ヒラももうぐずってなかった」
全員揃ったのを確認して、エデンが頬杖付いたまま指示を出す。
「ハイエルフの身体を乗っ取るなんて前代未聞だ。向こうも1人でやって来るわけじゃ無い。領民には怪我の無いように。これが我らが領主様の願いだな、フェリックス」
フェリックスは頷いた。
「よっし、ダーモットもマグダリーナも居ない間はハンフリーが要だ。フェリックス、黒マゴー達とうまくハンフリーを守ってやってくれ」
「はっ」
「デボラはシャロンとペルラを頼む。邸に結界を張って、ヨナスは吹雪を呼んで領民達が外に出ないようにすること。それから後のことは頼んだぞ、アーベル」
「ああ」
「イラナはいつも通り診療所だ。どんな怪我人が出るかわからんからな」
イラナはマグダリーナと同じ薄荷色の髪を掻き上げると、その瞳に憂いを滲ませる。
「なんだか嫌な予感がします……。呪いというのは、死の狼の穢毒に似たものでしょうか……? 念のために女神の光花と闇花を補充しておきますか……」
各々が自分の役割を確認する。
ショウネシー家の家族旅行の出発は、夜明けに迫っていた。
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