299. 吹雪の向こう
まずはじめに、ヒラが来た。
そしてエステラの元に転移できないと知ると、涙でひと財産をつくりはじめた。ショウネシー邸の居間で。
「うぁぁぁぁん! エステラぁ!! エステラぁぁ!! リーナぁ、はやくお迎えにいこぉ! いこぉっ!!」
マグダリーナはそっとハンカチでヒラのまだ宝石化してない涙を拭った。
「ええ、もちろん迎えに行くわ。でもその前に、なるべく万全な準備をしないと。その中には、ヒラが可愛い状態でいることも入ってると思うの。ヒラ達に元気がないと、エステラも悲しいでしょう?」
「ぐずぅ……」
ヒラは、むんっと力んで、涙を止めようとする。
ヒラの泣き声と、従魔としての能力で、既に異常事態に気づいたエステラの従魔達が集まっていた。ニレルも。
ニレルは目を見開いて固まったまま、居間の一画……レーヴィ&エステラ親子の置き土産を見つめている。
そう。
錬金術で造った、エステラの腕だ。
切り口には血が流れて固まった跡があり、ご丁寧にエステラの細胞から造られた、正真正銘のエステラの腕だ。
造った本人は、レーヴィーに習いながら、嬉々として造っていた。
しかし複製品と分かっていても、気持ちの良い物ではない。
只ならぬ魔力を揺らめかせているニレルに、マグダリーナも無意識のうちに震えていた。頭も痛い。
「あの……ニレル、それは錬金術で造った複製品なの。エステラには傷一つないの。本当よ!」
「……分かっている。だが、僕にこんなものを見せただけで許しがたい」
普段温厚な人を怒らせると怖いと言うのは、本当だった。
マグダリーナは身体の震えに、無意識のうちに自分の手で抱きしめるように両腕を押さえる。
「あとそろそろ片付けても良いかしら? 流石にレベッカ達には見せたくないのよ。私も……」
ニレルがパチンと指を鳴らすと、そこにあった模造品と血の跡は、光の粒となって、瞬く間に消え去った。
ニレルがやって来てまず行ったことは、マグダリーナの脳から直接記憶を共有することだった。今もまだ、地味に鈍い頭痛がする。
「リーナ、君が眠り妖精精霊と契約して、エステラを守ってくれたことに感謝する。その上で、こんな乱暴な扱いをしてしまったことを済まなく思う……」
「反省してくれてるなら、謝罪を受け入れるわ。まだ頭が痛いけど」
ヒラが回復魔法をかけてくれて、ようやくマグダリーナの震えも頭痛も止まった。
次にやって来たのは、エデンとルシンだ。
エデンはニレルの様子を見て、またしてもマグダリーナの脳から直接記憶を読もうとしたので、反射的にニレルの胴にしがみついた。
当然ニレルは先の横暴を反省しているはずだから、マグダリーナを助けて然るべしとの打算あってのことである。
「頭痛はもうゴメンだわ!!」
マグダリーナの剣幕に、ニレルの魔力の出力がおさまった。
ニレルは徐ろにハラの頭を掴むと、そこから眩しい魔法の光が放たれる。
「僕が〈視た〉ものは、今ハラにも伝授した。リーナはしばらく安静にしておいてあげてほしい」
ニレルは優しくマグダリーナの手を解いた。
「どこに行くの? ニレル」
「女神の塔に」
「待っ……」
待って、一緒にエステラを迎えに行くんでしょう?
そう聞けないまま、ニレルは転移魔法で姿を消した。
その間にハラから記憶を吸い上げたエデンは、珍しく長いため息をついた。
「あの、莫迦。後は自分を殺させるだけだと思って、煽るだけ煽って行きやがった」
ルシンもハラに手を伸ばしたところで、マグダリーナは慌ててハラを引き寄せ抱き抱える。
「だ……ダメよ! これ以上ハラに負担をかけさせちゃ! エステラを迎えに行くのに支障が出ると困るもの。みんなが帰って来たら、ちゃんと説明するから!!」
「ンハハ、乙女の秘密がピンチだな!」
「乙女の秘密がピンチなの」
マグダリーナは、エデンの足を思い切り踏み付けた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
マゴーに大事な話があるからと、ショウネシー領の中心人物達をサロンに集めてもらった。
マグダリーナ達家族とアスティン家の2人、ハイエルフ達はデボラだけペルラちゃんのお世話で不在だ。
そしてドーラ伯母様にセレン、ドミニク。
グレイは東門に詰めたままだ。彼は当分東門を離れず見張ることになる。
そうしてマグダリーナは、何が起こったかを説明した。レーヴィーから得た情報も包み隠さず。そう、ライアンの本当の父親が、元エルロンド国王だったことも。
「そういう訳でわたしは準備を整え次第、エステラの従魔達とシンと一緒に、教国へエステラとトニーを迎えに行きます! あと説明した通り、ライアン兄さんは一緒に来て欲しいの」
「わかった」
ライアンは頷いた。レーヴィーが彼に授けた力は、世界の綻びの器である精霊獣ゼフから、その綻びを切り離して最終工程である錬金釜に焚べる為に必要らしい。
だったら初めから、ライアンを教国かエルロンドで育てれば? と思ったが、その疑問に対してのレーヴィーの答えは『母と子を引き離すのは良くない』ただそれだけだった。
当然パイパーは。
「お嬢様、私もお連れ下さい。私は実際に教国で暮らしていたこともあります。必ず助けになるはずです」
マグダリーナは頷いた。こうなると分かっていたし、全く知らない国だからパイパーの手助けは必須だろう。
「ええ、お願い。助けてちょうだい」
問題はレベッカだ。
案の定、綺麗な姿勢で挙手をしている。
聖エルフェーラ教国は、対ハイエルフ結界が張り巡らされ、ハイエルフの手助けは期待できない。得体の知れない危険な国だ。
マグダリーナはちらっとダーモットに視線を送る。止めてくれるのを期待して。
ダーモットはマグダリーナの視線に頷いた。マグダリーナは、ホッとした。一瞬だけ。
「初の家族旅行が聖エルフェーラ教国というのは、悪くないかも知れないね」
「お父さま?!」
「伯爵?!」
「ダーモット……」
マグダリーナとシャロンは驚いた顔をしたが、ドーラ伯母様だけ、顔に「そう言うと思った」と書いてある。
「姉上」
「あーもーいいわよ。私は粛々とドロシー王女との婚姻の準備をすすめておくから、ちゃんと間に合うように帰って来なさい」
ひらひらと手を振るドーラに、マグダリーナは慌てて聞いた。半分悲鳴になっていた。
「いいの?!」
「だって世界が滅亡したら、王女との婚姻もリオローラ商会の繁盛も、ショウネシーの繁栄も何もないでしょ。私もショウネシー家の胆力を出すから、貴方達も見せなさい。特にダーモット、お前よ。お前」
ドーラは、トントンと指でダーモットの胸を突いた。ダーモットはへらりとそのまま揺れている。
「家族旅行なんですのよね! ダーモットお父様、私もご一緒してよろしいんですよね?」
「もちろん、レベッカ」
レベッカは、勢いよくダーモットに抱きついた。
「や、でも、お父さま?!」
目を白黒させてる長女を見て、ダーモットは微笑んだ。
「教国はリーン王国より暖かい。学園が長く休暇に入るこの時期に、貴族が家族で旅行するのは珍しいことではないよ。教国に入るには、とても自然な動機だ」
「……なる、ほど……?」
言われて見れば確かにそうだ。コソコソ潜入するより安全かも知れない。
そしてヴェリタスが、じっとシャロンを見つめていた。
「……仕方ないわね」
「ありがとう、母上! 伯爵、俺も連れて行って下さい」
ダーモットは一瞬悩んだが、すぐ頷いた。
「よろしく頼むよ、ヴェリタス。君の魔剣は頼りになりそうだ」
「ご期待に添えられるよう、尽力します」
呆気なくいつもの冒険メンバーが揃って、マグダリーナは一気に気が抜けた。
ライアンがそっと、マグダリーナの背を叩く。
「大丈夫だよ。俺達はただエステラとトニーを、みんなで迎えに行くんだ。誰かを傷つけにいく訳じゃない」
そっと的確に不安を言い当て、取り除いてくれたその言葉と行動に、マグダリーナはライアンに対する心が「家族になった男の子」から「兄さん」に変化してることに気づき、少し照れながら笑った。
そんなやりとりをしてる間に、レーヴィーが現れた居間に、匂いを嗅ぎに行っていたドミニクが眉間に皺を寄せて戻ってきた。
ヨナスが「何かあったの?」と尋ねる。
「どうにも腑に落ちねぇんだよ。セレンを見つけた時の匂いと全く違うんだぜ? レーヴィーってのは、セレンの身体を乗っ取ってたんだろ?」
「かなり弱ってたって言ってたから、その影響なんじゃない?」
ヨナスはドミニクが座れるよう、身体の位置をずらした。そしてドミニクは遠慮なくドカッとソファに座る。
レベッカがジト目でドミニクを見た。
「仮にも元貴族だったのに、どうして所作に品が無いのかしら」
苦笑いを浮かべて、マグダリーナは1人離れた場所に座っている、ルシンを見た。
彼は杖を手に目を瞑り、星読みの瞑想をしていた。
不意に開いたルシンと目が合って、マグダリーナは慌てて目を逸らした。
「どうだ、ルシン。星読みの結果は」
エデンの問いかけに、ルシンは2、3度瞬きをすると、無表情のまま答えた。
「聖エルフェーラ教国の滅亡は確定した。神の怒りの雷が、あの国を蹂躙するだろう」
そしてルシンは、マグダリーナに視線を移した。
「がんばれ、マグダリーナ」
感情のない声でそう言われて、マグダリーナは嫌な予感がした。
「……どう言う……意味?」
「言葉通りだ。お前は〈星を追う者〉。ニレルでは駄目だ。どんなに求めても、生まれたての神の目にエステラは見つけられない。お前がまずエステラに辿り着けないと、ニレルは怒りと哀しみで世界を焼き尽くすだろう。だから、がんばれ」
「待って、意味わかんない」
(これは何かが抜けてる。絶対、何か重要な過程が抜けてない?!)
「ンハ! ルシンの神託じゃ仕方ない。単純に考えようマグダリーナ」
「……エデン」
「教国の滅びは絶対だ。つまり教国が滅びる前にキミが俺の娘のところに辿りつけば、滅びるのは教国だけ。そうじゃなかったら、世界が滅びるだけ。この2択だ。くっははは」
精神的重圧が半端なくなってしまったじゃないの!!
マグダリーナは震えながら、拳を握り締めた。
「だから旅には俺もついて行こう。教国が滅びるなら、道中色々根回しが必要だ。ま、教国の手前までになるがな」
「……もしかしてエデン、私が間に合わないとか全く考えてない?」
エデンはニヤリと笑んだ。
「俺の読みでは、マグダリーナは俺の娘のことに関しては、今まで正解しか選んでない。キミは余計なことを考えず、君の大事な星だけ見ていればイイ。それでイイんだ……」
不意に以前、出会った頃にルシンに言われたことを思い出した。
――そうだな。マグダリーナ、気をつけていても仕方ないから、星だけ見失わないようにしていろ――
星は、創世の女神様であり、エステラなのだ。おそらく今は分けて考えてはいけない。
(どうか女神様、私達を無事エステラの元に導いて下さい……)
マグダリーナは吹雪の向こう側を見つめた。
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