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傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活)  作者: 天三津空らげ
15章 星を追いかけて

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298. 夢の日

 新年が明けて4日。

 ニレルもレベルが999までカンストし、2号の回収も滞りなく終わった。なのに、女神の塔の最上階ボス部屋を何度周回しても、それらしいものは現れなかった。


 神の御座位(みざくら)


 どんな姿をしたものかわからないが、確かにここの宝箱から出現すると、ニレルもエステラも、あの雷の中で女神の意思を受け取ったのだ。


「まさか確定報酬じゃなくて、確率なの?」


 エステラは杖で身体を支え、ササミ(オス)に座ってぐったりと身体を預ける。汗びっしょりだった。それでもそのまま、ササミ(オス)ごと、広範囲の回復魔法と、ととのえるの魔法をかけた。


「いくらなんでもそんな暢気なことは無いと思うよ。時期的な条件でもあるのかな……」


 基礎体力が違うので、ニレルはまだ余裕があった。刀をゆっくりと鞘に納める。


「あとは時を待て、みたいな? それこそ手にするものを手にしてからがいいなー」


 99階。この階のボスは……というか、このフィールド全体がボス部屋とも言えた。そこに現れる魔物は、ハイドラゴン3頭の写身だった。1頭だけで世界を破壊する神命を負っているというのに、白黒金と3色揃った、つよつよつよの存在である。


『ワシもう、当分ワシと戦いたくないんじゃよ。スススに行って、ヤラの顔を見るのも嫌じゃぁ』

『ぷぅ〜。これあげるから元気出して』


 ハイドラゴンの姿に戻ったゼラが、しおしおと弱音を吐いた。そこにプラが葉っぱを1枚切って、さらに切り目を入れて開きにしてから、ゼラの額に貼り付けた。


『んああああ。しみるぅぅ』

『ゼラ、小さくなったら? その方が回復はやいでしょ』


 桃色星竜になったモモが、背にヒラとハラを乗せて戻ってきた。ゼラは素直に仔竜姿になって、モモに乗ろうとしたが、モモもスライムに擬態して、ヒラとハラと一緒にぽよぽよとエステラの側に向かってしまった。


『モモのやつ、すっかりワシよりスライム達を優先するようになってしもうた……』

『ぷ。プラもいるからさみしくないよ』


 プラはゼラの背中を、優しくぽんと叩く。


 そして拠点に戻ると、珍しく空が荒れはじめた。



✴︎ ✴︎ ✴︎



 激しい風と雪が、無慈悲にショウネシー邸の窓を叩いていく。

 とは言っても、それでびくともしないのがエステラの建てたショウネシー邸なのだ。ただ、窓硝子にびっしり白い雪が張り付いているだけ。それはそれで冬の印象的な一場面。


 マグダリーナはウモウ毛織の温かいショールを羽織って、窓辺に近づいた。タマはしっかりとショールの中に入り込んでいる。


「あんなにめんどくさいと思ってたのに、もう契約の精霊と妖精達がいないと思うと、ちょっと寂しいわね……今だけの感情だけど」


 新年を迎えた日のお供えを最後に、眠り妖精精霊も妖精達も、祭壇ごと姿を消してしまった。あの祭壇、ニレルが素材を用意して、ドワーフが造った超高級品なのに……!


 いや、語弊があった。姿……というか、気配を消したのは眠り妖精精霊だけだ。

 時々、目を離した隙に、サブレやチョコが1つ無くなっていることがあるので、妖精達はまだいる。マグダリーナの妖精のいたずらも健在だった。


『なるほど、眠り妖精精霊と契約したのか。賢いやり方だ。お陰でこうして道を繋ぐことができた。君に感謝を』


 知らない声が聞こえて、マグダリーナは咄嗟にその方向へ振り向いた。

 淡く、弱々しい丸い光が、ぼんやりと佇んでいる。

 咄嗟にそれを指差した。


「タマちゃん、回復魔法(ヒール)!」

「タマ回復魔法(ヒール)!!」


 恐ろしいとか、不気味だとかの感情は、少しも湧いて来なかった。そんなことより今にも消えそうなその光に、喪失の不安だけが生まれる。

 マグダリーナも続けてそれに、上位回復魔法をかける。


上位(ハイ)回復魔法(ヒール)!!」


 心持ち、光が持ち直した気がしてほっとする。

 そこに魔法の気配を感じたアンソニーが、駆けてくる足音が聞こえた。


 ライアンとレベッカは、この悪天候でもまだハンフリーが仕事を納める気がないと知って、パイパーと一緒にハンフリーを迎えに行ったばかり。

 グレイは門番に休みを取らせるために、今日は東門に詰めているし、双子はちょうどそんな父の差入れに行ったところだ。

 ダーモット? 彼はもちろん女神の塔のキングスライム部屋だ。


「お姉さま! 何が起こったのですか?!」


 アンソニーはマグダリーナがいた広間の扉を開け、不審な光の玉を見つけると、素早く世界樹でできた杖を取り出した。


「ととのえよ!!」


 謎の光る玉は、随分と存在がはっきりとしてきた。


『……このように問答無用で回復魔法を使用してくるとは……私が善くない存在とは思わないのか』


 アンソニーはちらっとマグダリーナを見て、それから光の玉を見た。

「でも、今にも消えそうでしたし……」


 マグダリーナも頷く。

「いくらなんでもその状態で攻撃とかしにくるのって、どうかと思うわ」


『やれやれ。そののんびりさはエルフェーラの影響か? 残念ながら私は君達の好ましくないことをしに来たのだ』


 光る玉は微かに瞬いた。


(あれ? どこかで見たことがある……?)


 マグダリーナは慌てて記憶を探った。

(ああ……!!)


『マグダリーナ・ショウネシー、エステラを五体満足の状態にしておきたいなら、ニレルに気づかせず彼女をここに呼び出すんだ』


(11番目のハイエルフ。教国の大精霊レーヴィー!!)


 彼が。

 でも。


「えっと、その状態で脅されても、ちょっと……」


 正直、負ける気がしない。

 弱ってるとは聞いていたけれど、これほどまでとは。

 マグダリーナとアンソニーは、困惑して視線を交わす。


『脅しではなく交渉だ。代わりに君達の欲しい情報を提供しよう』

「あの……本当に良いんですか? エステラは確実に1人でも、あなたをボコって捕えることができますよ?」

『ボコって……?』


 うっ、うっかり令嬢らしくない言葉が出てしまったわ。


『つまりそれは、君がルシンに恋愛感情を抱いているが認めたくないという相反する思いを抱えており、そして絶対にルシンはその気持ちを受け入れないという現実を突きつけるという行為のようなことか?』


 マグダリーナは、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 タマがショールの隙間から、ニュルっと顔を出して叫んだ。


「違うもんっ!! だってタマちゃんのカンにピンと来ないもんっ」

『自分自身のことは、往々にしてわからないものだよ』

「お姉さま?」


 アンソニーが心配して覗き込むと、マグダリーナの顔は、茹で上がったように真っ赤になっていた。そして今にも泣きそうだった。


「……ルシンは意地悪だけど、いつだって守ってくれたわ……」

『それはそうだろう。彼には彼の理由がある。だがそれが、君の期待している理由とは限らない』


(否定、できない……っ)


『彼の理由が知りたいなら』

「……そんなことで、友達を売ったりしないわ。知りたいなら本人に聞けば良いだけだもの。でも……」


 マグダリーナは最大限の目力を込めて、レーヴィーを睨んだ。

「エステラに危害を加えないって、女神様に誓える?」

『私の力の及ぶ限りにおいてなら』


 これが。

 手繰り寄せた最善の運命だとしても。

 私がエステラを、教国に行かせてしまうきっかけになるなんて!


 運命はなんて意地悪なんだろう。


 マグダリーナは意を決して、腕輪の魔導具に魔力を流した。


「助けて! エステラ。乙女の秘密がピンチなの!!」


 すぐに転移魔法の輝きが溢れ、従魔も連れずにエステラが現れた。乙女の秘密のピンチだから、たった1人で。


 エステラは素早くレーヴィーから、マグダリーナを庇うようにして対峙する。


「あなたがレーヴィーね。まさか乙女の秘密をピンチにするような、変態ロリコン精霊野郎だったなんて……」


 エステラの魔力が、白金の湯気のように練り上がってゆく。


 レーヴィーはそれを見ても臆す事なく、言った。

『エステラ、ニレルを神にする為に、君は私と一緒にくる運命にある。何故なら〈神の御座位(みざくら)〉は君がニレルの側にいる限り、顕現しない』


 エステラは息を呑んだ。

『聖エルフェーラ教国で、世界の修復の為に綻びを焚べる錬金釜を造る。手伝ってくれるだろうか? エステラ』

「手伝うわ。ただし、リーナを利用して私を連れてくんだから、その代償は払って! ライアンの父親のゼフって何者なの?」


 レーヴィーは頷くように瞬いた。

『あれは器。世界の綻びを収める器。来るべき時に釜に焚べられる、その時の為に造った精霊獣。故に生殖能力はない。人の形すらしていない』


 エステラとマグダリーナは目を見張った。

 アンソニーが首を傾げる。

「ではライアンお兄様の本当の父親は?」


『……エルフ族では見目麗しい程、魔力も膂力も強いという迷信がある。そして王族の中に、とても醜く生まれた男がいた。生まれてすぐに石の床に落ちて、顔に一生消えぬ痣と歪みを持った男』


 疲れた様子でレーヴィーは、一拍置いた。


『男は己の醜さを隠す為に、姿変えの魔法をずっと研究していた。そうして本当の姿を隠しつつ、兄弟達を殺して遂に国を手に入れた。……末の弟だけは、エヴァの伴侶だったので、私の器にすると言って手は出させなかったが』


 小さくエステラが唾を呑む音が、聞こえる。

「まさか、それは元エルロンド国王の話? 今もエデンが探してるのに上手く隠れてる……」

『そうだ。彼は……シャザーン・エルロンドは最早、本当の己の姿を思い出せないだろう。ある時は王として。そしてまたある時は、商人として。時に魔獣や魔導具を売り、そして才あるものに、己の姿変えの魔法を授ける。己と同じく自身が何者であるかを見失なう者を増やす為。そして「ゼフ」という名前を利用して、教国をも操っていた……』

「あなたはそれを、特に止める理由も……そこに費やす力もなくて、放置してたのね」

『そうだ』


 マグダリーナは、へたりとソファに座り込んだ。顳顬(こめかみ)を揉んで、正解を口にする。


「それじゃあ、ライアン兄さんの父親は元エルロンド国王なの……」


(最悪だわそんなの。ライアン兄さんがより気に病むような血筋じゃない!!)


 頭を抱えたマグダリーナの鼻腔を、花のような紅茶の香りが、優しくなでていく。

 エステラがそっと、マグダリーナの前に紅茶を置いたのだ。

 アンソニーも紅茶を受け取り、エステラは肉体を持たぬ者に聞いた。


「飲める?」

『いただこう』


 うっかり絶望より好奇心が勝って、マグダリーナは顔を上げた。アンソニーと2人で、ソファに収まったレーヴィと、その前にある紅茶をガン見する。当然、エステラもそうだった。


 不思議なことに紅茶は、徐々に確実に、カップの中から減っていく……。


『素晴らしい紅茶だ。肉体が有ればもっと感動は深かったことだろう。後悔はしてないが、時折こんな気持ちになるのは仕方ないな……』


 その言葉は、幾千年にも渡る孤独の証左だった。そしてそれは、マグダリーナやアンソニーには、残念ながら心の芯からの理解に到達できないものだ。


「うん、仕方ないよね。でも一過性の風邪みたいなものよ。対処方法が分かってたら、ちゃんとやり過ごせるでしょう?」


 そしてマグダリーナは、エステラが紡いだこの言葉に、心底切なくなった。


 表情は見えなくても、レーヴィーもまた、驚いていることがわかった。


『ああそうか……君は。君の魂は……。随分と異世界で転生を繰り返したようだが、本来ならこの世界でハイエルフとなったはずの魂だ。女神に近しい分、どの生でも世界に馴染めない孤独を抱えていたのか』

「そうなのかしら? ……そうなのかもしれない。リーナみたいにはっきりと前世の人格が思い出せないのも、だからかしら……?」


 レーヴィーは言葉を選んだ。それがマグダリーナには分かってしまった。


(エステラの魂が、女神様の一雫であることは、やっぱり本人には秘密なのね)


 ハイエルフだったからではない。女神様の一部だったからこそ、エステラはきっと前世でずっと孤独を抱えていたのだ。母親に見捨てられた子供のように。帰る宛のない旅人のように。

 マグダリーナはギュッとエステラの手を握った。


「エステラが教国に行かなきゃいけないんなら、私も一緒に行くわ!」

「リーナ……!」


『それは許可できない。マグダリーナ・ショウネシー、君は〈星を追う者〉だ。この局面で君を連れて行くことは出来ない』

「 星を……追う……? 」


 戸惑うマグダリーナの背後を超えて、アンソニーが反対側のエステラの手を握った。


「でしたら、僕がエステラと一緒に行きます!」

「トニー!! ダメよ」


 マグダリーナは止めたが、アンソニーは首を横に振った。

 エステラは、ただただ呆然と2人を見つめて、両手の熱さに泣きそうになった。


「お姉さま、シンとタマちゃんを交換して貰えますか?」


 マグダリーナはアンソニーの意図を理解して、エステラから手を離し、タマを両手で優しく包んだ。


「タマちゃん、しばらくトニーとエステラと一緒に居てね」

 額に口付けて、そっとアンソニーに渡す。アンソニーもシンに頬擦りをすると、マグダリーナに渡した。


「お姉さま、エステラは僕が守ります。だから、必ず迎えに来てください」


 いつかアンソニーに告げた言葉が、そのまま返ってきた。


「……それが私の〈役割〉なのね」

 人差し指の指輪を見つめ、マグダリーナは頷いた。


「エステラ、トニー、必ず迎えに行くわ!」


『では、聞き分けの良い子供達に、特別な贈り物をしよう……』


 そうしてレーヴィーは、マグダリーナとアンソニーに救いの言葉を与えた――

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