297. 黄金のゆめ
「スライムは弱いうちは、ふんわり生きてるけど、基本的に何かのお役に立ちたい生き物なの。だから死んで素材にされるのも喜びなの」
「でもぉ、特殊個体はぁぼっちで生まれるからぁ、ベビーぃの頃から、ちょっと自我が強いんだよねぇ」
「なの。ヒラはちっちゃい頃から、エステラに甘えたがりだったの」
「いいの、いいの。いつまで甘えてくれても」
エステラは、笑顔でヒラを撫でた。
そこはススス王国の王宮だった。
エステラと従魔達は、工房で2号と新年の挨拶だけ交わすと、ニレルの邪魔にならないようにスススに来ていた。
エステラ達を迎えてくれたのは、代王ヤラとシグアルルの代表、もとギルギス王国正妃のリアンナだった。
「新年のめでたき日に、お2人の真王様にお会いできるなんて……なんて幸運なんでしょう。それにこんな愛くるしい方々だったとは……」
「そうであろ? リーン王国には其方の息子達を行かせて正解だったな」
リアンナの2人の息子は、友好の使者としてリーン王国のセドリック王に新年の挨拶に行っている。エリック王太子とともに。2人が一緒なら、エリックも大人しくスススに帰って来るだろうという思惑も含まれている。
母親が美人だったし、ハイエルフになったし、容姿を褒められるのは慣れているエステラだったが、ヒラと一緒に「愛くるしい」なんて言われるのは初めてで、なんだかいつもより嬉しかった。
むふふと思わずにやける口元を、ヒラで隠す。
「リアンナさん、ここでの生活で困ったこととかない? 他の子達は大丈夫?」
「ええ、ハラ様がおっしゃったように、何かあればシグアグルムの皆さんが助けて下さいますので安心です。ここは本当に美しく豊かで夢のような国……もう少し子供達が大きくなりましたら、シグアグルムの奉仕への感謝の心を忘れないよう、リーン王国に留学させるか、シグアグルムの商団と一緒に他国に行かせるかしようかと計画していますの」
「あっそうね。そういうところで結婚相手を見つけたりとかもしないとね」
リアンナは微笑んで頷いた。
その様子を見て、この元ギルギス王国正妃は、王を陰でかなり支えていたんだろうなとエステラは思った。他の妃やその子供達が好き勝手やらかす分、尚のことだ。
「リアンナさん達がスススに残ってくれて良かった。安心して任せられるもの」
「わたくしの方こそ、支え甲斐のある国と仕え甲斐のある主をありがとうございます」
✴︎ ✴︎ ✴︎
ニレルは金と星の魔法工房の最奥、その一室で己の半身と向き合っていた。
エステラ達に2号と呼ばれているそれ、は、はじめは黄金の光だった。方向性もなく、揺蕩うような存在であったはずだった。エステラに出逢う前までは。
そう、それは己と同じく。エステラに出逢うまで微睡んでいたのだ。月に守られた黄金の夢の中で。
やがて世界に触れて、意思といえるのか、何かしらの方向性を持ち始め、人の形を取るようになり、今ではその色以外はニレルそのものの姿に変わってしまっている。
「君は……せっかくヒラとも仲良くなったのに、そのまま僕に吸収されても良いのかい?」
髪も肌も瞳も。全てが黄金の輝きでできた、もう1人の自分に、ニレルは問いかけてみた。
〈構わない……でなければ、世界の綻びを修復できない〉
「もし僕が、神にならないとしたら……」
〈世界は1度滅びる。そして女神はもう1度造り直すだろう。世界を。はじまりのハイエルフを。僕らは予定通り11番目のハイエルフとして生まれ、そしてエステラとは2度と会えない。新しい世界には、彼女はいない。ハラも。ヒラも〉
「そういう……ことか」
ハラはなんと言ったか。女神は11番目のハイエルフの中身をレーヴィーに入れ替えたと言わなかったか。
レーヴィーの元の姿がシグアグルム……だからディオンヌはハラを造った。
ニレルの魂が、女神の新しい錬金釜……卵の中から、やがて神となる者として生まれ出でなければ、ニレルはエステラの魂となるものを得られなかった。
そしてレーヴィーが居なければ、エステラが生まれることもなかった。
エステラ。
エステラ。
エステラ……。
僕が神にならなければ、君は世界に居られないのか――――
そうだ。彼女はこの世界の僕にだけに与えられた女神の奇跡。女神の魂の一雫。
「そうだね。約束したんだ……たとえ神になっても側に戻ると。僕はエステラのためだけに、世界の綻びを修復する神になる」
創世に、なぜ綻びを見つけたその時に、女神は世界を造り直さなかったのか。
足掻いたからだ。
女神の子達でもある始まりのハイエルフの3人が。
2番目のエルフェーラ。3番目のルシン。4番目のディオンヌ。
よりによって、あの時女神の側にいたのは蚊帳の外にされたエデン以外は、諦めの悪いあの3人だ。
女神は嬉しかったのだろう。不出来な世界を愛して、修復しようとする姿に。だから、世界の造り直しを一旦保留にした。
「おいで、僕はもう迷わない。一緒にエステラに会いに行こう」
ニレルは自ら、一度捨てた己の一部に手を差し伸べた。
◇◇◇
リーン王国、新年の王宮。その華やかな舞踏会。
社交の場では、いつも空気になっていたダーモットが、今回ばかりは衆目を集めていた。
エステラが用意した、真紅の薔薇の花束のせいだ。
この世界で花を贈るのは基本的に1輪。
成人男性の腕に抱えるほどの花束には、セドリック王も、ど肝を抜かれた。
そして今のダーモットはしっかりと筋肉を付けて、花束に見劣りすることは無かった。
いつも通り国王に挨拶を済ませて、婚約者であるドロシー王女に、ダーモットは花束を渡した。
「これはススス王国から取り寄せた、特別な花です」
「まあ、なんて美しくて豊かな香りなんでしょう!」
大量の薔薇の花束は受け取ったドロシー王女の嫋やかさと可憐さを一層引き立てた。何よりその香りは、天にも昇る心地の華やかさで、王宮を満たした。
いつもの穏やかでのんびりとした表情のダーモットは、そのまま微笑んで1輪、王女の髪に刺した。
「高貴で艶やかで貴品がある……貴女にぴったりの花ですね」
意外なことにドロシー王女の顔が、みるみる薔薇のように赤く染まる。
マグダリーナの心中はとっても複雑だった。
「リーナお姉様、今日のダーモットお父様はすごく素敵だと思いません?」
レベッカがヒソヒソ耳打ちしたが、全くその通りなのが悔しい。
いつもののんびりした様子が、ヴァイオレット氏の仕立てた衣装と大輪の真紅の花束の効果で、なんだか大人の余裕と包容力のようなものを醸し出している。
内心、女神の恩恵アップ期間中に、キングスライムボス部屋周回に行きたいと思ってるくせに。
今回ダーモットがドロシー王女とファーストダンスを踊るのは決まっていた。
マグダリーナ達はその分他の王族とのダンスの相手から逃れられたので、のんびりとソファに腰掛けてダーモットのダンスを見学する。
「ハンフリーさんもだったけど、ダーモット父様も体幹がしっかりしてて安定感があるね」
「ライアン兄さんドロシー王女と踊れなくて、ちょっと物足りなくない?」
「いや、その分リーナやレベッカと踊るよ。今まであまり2人と踊ってなかったし。でもその前にパートナーを誘っておくべきだよね」
入場時のパートナー問題。今回ダーモットはドーラ伯母様をエスコートした。公爵は公爵代理をパートナーにしたので、ライアンはヴィヴィアン公爵令嬢を誘っていた。
色々あったおかげで、ライアンとヴィヴィアンは今ではそれなりに遠慮のない間柄になってる。というか、お互い素がバレているので今更遠慮しようがなかった。
もうケンカ腰ではないことだけはありがたい。
あとはマグダリーナがヴェリタスをパートナーにして、レベッカがアンソニーと入場した。
「そういうわけでヴィヴィアン公爵令嬢、1曲お相手願います」
ライアンは律儀にヴィヴィアンをダンスに誘った。
「むむむむ無理ですわぁ」
「大丈夫。ただ音楽を聴いて、自慢の庭園やショウネシーの海の波でも思い浮かべて居ればいいよ」
有無を言わせぬ笑顔で、ライアンはとうとうヴィヴィアンをホールに引っ張り出した。
「目を瞑って」
ライアンは片手でヴィヴィアンの目をそっと隠した。
「音楽が始まったら、ここはショウネシーの青い海だよ」
不安そうだったヴィヴィアンの顔に、喜びが浮かぶ。彼女は今、自分がショウネシーで初めて浸かった、青く透明な海とその塩辛さ、裸足の足に流れる砂の感触を思い出す。それを味わう原因になった男が目の前にいるんだけれども。
音楽が流れだす。
「波が引いてく。3歩追いかけよう」
「魔魚がやってきますのぉ」
「じゃあスライムボディアタックだ。モモみたいにくるっと回って」
「こうですの?」
「ああ、でも魔魚は手強いからもう2回」
ヴィヴィアン公爵令嬢は、ライアンのリードでくるくる回った。
「…………踊りに、なってる。あのヴィヴィアンが……」
公爵代理が、社交の場で初めて踊る娘を目にして、目頭を押さえた。
「あは。中々やるもんだね彼。将来有望そうだ」
ヴィオラ・オーズリー公爵の興味を引いたようで、マグダリーナとレベッカはライアンを誇らしく思った。
そしてちょっぴり不安になった。
ライアン兄さん、あれはモテるわ。やっぱり。
ライアンはとてもカッコいいし頼りになるけど、複雑な生い立ちや過去の出来事で、自己肯定感が低い。
変な女に目をつけられ、一緒に堕ちていくような危うさもある。
しっかり目を光らせておいて、気をつけないと!
マグダリーナとレベッカは、がっちり意思疎通をして頷き合った。
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