失われた未来を頂きにあがります。 Part.3
「くだらない未来を……変える為……」
青く腫れた痛ましい瞼の中から覗かせた真剣な目は、多かれ少なかれオズワルドの心を動かした。
彼女は泥棒だ。卑怯な犯罪者だ。きっと息をするように嘘だってつく。
不思議なことにオズワルドは、そんな彼女の言葉を信じようとしていた。
その折、土の壁に「うっ」という苦しみ混じりの声と鈍い音が反響する。
「なんだ!?」
声と音にオズワルドが顔を向けると、そこにいたのは大きな鳥を肩に乗せた赤いローブの男性教徒。
彼の足元では、さっきまで監獄の見張りをしていた教徒が力なく倒れている。
「安心してください、気を失っているだけです」
冷淡な口調でそう告げると、鳥を乗せた男は気絶する教徒を担いでアキラの隣の牢獄に投げ入れた。
「教団の人間……ではないな」
腰の剣を握り、警戒の眼差しを向けるオズワルド。しかし男はローブの下で表情一つ変えず、オズワルドの下へ歩み寄る。
「ご察しの通り、私は教団の人間ではありません」
感情というものが少しも見えない男に気味悪さを覚え、オズワルドが剣を抜き取ろうとした瞬間――、
「やあ、君は帝国軍のオズワルド・マッカーゼスだね?」
男の肩に乗っていた鳥が大きく丸い嘴を開いて人語を話し始めた。
「その声、ラーマ!?」
どうやらアキラの方は鳥の声に聞き覚えがあったらしく、彼女もよく知るラーマの名を口走る。
「そうとも、私はラーマ・クラウドフィッツ、商人ギルド『クラウドフィッツ商団』の経営者さ」
「クラウドフィッツのマスターが、何故僕の名を」
肩に乗せる男とは対照的に、弾むような口調で語るラーマ。何よりもオズワルドが気になったのは、ラーマという有名人の口から自分の名が出てきたことのよう。
「帝国軍の若きホープの噂は聞き及んでいるとも、我々商人にとって情報は命だからね」
「かのラーマ・クラウドフィッツからそう言ってもらえるとは、非常に光栄です」
「顔を直接合わせて話してみたいものだがね、しかし今回はオウドバーム越しの対話という無礼を許してくれ」
アキラもオズワルドも、ラーマの言うオウドバームという単語に首を傾げるが、言葉足らずの彼女に細くしたのは赤いローブの男だった。
「オウドバームはこちらの鳥の形をしたマスターの召喚獣です、このオウドバームがあれば遠く離れた場所でもマスターと交信することができます」
「うむ、そういうことだ……言い忘れていたが彼は我が商団で潜入や情報収集を得意とするスティーブという男だ、今回は彼の協力でここまで足を運ぶことが出来た」
ラーマに紹介されたスティーブは肩のオウドバームを落とさない様、小さく頭を下げる。
「では僕の方から質問をよろしいでしょうか」
「なんだね? 我々商人という職業は秘密が多いので、答えられる質問のみ答えよう」
「ハンターは、先ほどあなたの声でラーマ様であると判断しました……あなたはハンターの協力者という見方でよろしいでしょうか?」
するとラーマは大きな嘴を介してケタケタと笑い声をあげた。
「協力者、それはちょっと違うな帝国軍のホープ君。
私と彼女はクライアントとベンダーの関係さ、私が彼女に仕事を依頼し彼女が相応の仕事をしてくれる。私と彼女を繋ぐのはビジネスだけで、それ以上でも以下でもありはしないよ」
どうやら協力者という言葉がツボにでも入ったのだろう。言い終えた後も、まだ「ふふふ」と笑い声を零している。
「それで私は彼女の仕事ぶりを覗いてみようかと思ったんだが、随分なやられようじゃないか」
牢の中で両腕を縛られて吊るされるアキラを見るなり、ラーマはまた笑い声をあげた。
「明日、婚約の儀は予定通りに行われるようだが、聖杯はどうなったのかな?」
「今は祈りの塔の最上階よ、盗もうとしたらこのザマ」
自分を嘲るように口元を緩めて笑うアキラ。彼女の人差し指の長い爪が、自らを縛る鎖を固定する南京錠へ向かう。
「場所は特定していたか、他に何か分かったことは? 以前にも言ったが、私達の情報を持ってしてもこの教団は分かりかねるものでね」
「そりゃもう色々と……どうせあんたも今フォルトゥナ内にいるんでしょ? 聖杯が発動してネフティスが召喚されれば、あんたも私も全員屍に変えられるわよ」
アキラの言葉に最も大きな声で反応したのはオズワルドだった。
「全員屍だと? どういうことだ」
「祈りの塔の頂上にあった金と黒曜石でできた大杯、あれはネフティスの聖杯っていう召喚系の“唯一無二の技能”を備えたアイテム。
ここまでは私もラーマも知ってたけど聖杯によって召喚されるネフティスの能力までは知らなかった」
剣を収め、難しい顔でアキラの言葉に聞き入るオズワルド。
「唯一無二の技能を携えたアイテムがあるというのは、噂程度に聞いたことはあるが実在したとは……」
「ネフティスは召喚と共にあらゆる命に死を与え、自らの命令だけを受け入れる歩く屍に作り変える……もしも召喚した瞬間に暴走した場合、使用者だって巻き込まれちゃうとかいうデメリットもあるけどね」
すると今度はラーマの操るオウドバームが大きな嘴をカタカタと鳴らした。
「その情報は確かなのかい?」
「実際に発動したところを見た人間はいないんだから、八割から九割ってとこ」
「なるほど、しかしそれなら国を一夜にして滅ぼしたという伝承も合点がいく、大方その情報通りなんだろうね」
刹那、鎖がこすれ合う騒がしい物音と共に、吊し上げられていたアキラの身体が土の地面に落ちてくる。
何が起こったのか分からないラーマとオズワルドは、ただ土の地面にボロボロの身体を転がすアキラに見入った。
「どうやって拘束を解いた!?」
腕にできた鎖の真っ青な痕を痛そうに指でなぞっていたアキラにオズワルドは、地下中に響くほどの怒号をあげる。
「あたたた……キツく縛り過ぎなのよ、嫁入り前の身体をこんなにしちゃって」
「なんだ? 犯されでもしたのかな?」
しかしオズワルドとは対照的に、アキラとラーマの口振りは冷静そのもの。
「私をすぐに殺さなかったみたいに、ここの奴らはラグ・マリアと同じ造形を持つ女って生き物を特別視してんの……そんな奴らがレイプなんてするわけないでしょ、お陰で私の膜は傷一つありません」
更にオズワルドを驚かせたのは、玩具の様に容易く首の金具を外すという想定外の行為。彼女の首に取り付けられていたのはあらゆるスキルの発動を封印する『スキル封印の錠』である。
アレが取り付けられている限り、盗賊スキルの『鍵開け』も使えるはずがないのだ。
「あ、これ? これ偽物よ」
「偽物? それはレオーナ様があの場で用意した教団のもので、すり替える暇なんて……」
「こういうことも見越して、この数日間で地道に偽物を作って本物と置き換えといたの、どうせ私は女だから捕まっても即死はないわけだし安全策ってやつよ」
セルバレム城での情報収集、ブラックマーケットでの工作。それ以前の犯行の際も、彼女はいつだって影で緻密な下準備を済ませている。
今回も同様だったようで、彼女の犯罪にかける情熱を前にオズワルドはただ呆気に取られていた。
「ところでオズワルド君さ、どうする? 私の邪魔する?」
「それは君が今から逃亡するという宣戦布告のつもりか」
凝り固まった身体を軽く動かすアキラの愉快そうな視線と、オズワルドの鋭利な視線がぶつかるもアキラが大きな溜息をついてすぐに視線を逸らす。
「逃げる? 冗談でしょ、私は未来を変える……これは私にしかできないの」
何気なく告げたアキラの一言が、二人の関心を一気に集めた。
「未来? それは気になる単語が出てきたものだ、詳しく聞かせて欲しいものだね」
「さっきから言っているが、君の言う未来とは一体何なんだ? 僕も興味がある」
一人、牢の中で地べたに座り込んだアキラ。拘束されて暴行を受け続け、ようやく一息ついた彼女が二人の疑問に応え、口を開く。
「コヨーテの“未来を見通す魔眼”の力で、あいつはこの国がネフティスの手で破滅させられる未来を見たの。
千人を討つ将でも皇帝陛下でも変えられない世界の約定を変えられるのは、別の世界から来た私だけ」
「未来が世界の約定か、面白い例えをするものだ……確かに私達がどう動こうと変えられない未来を君だけが変えられるというのは道理が通っている」
先程からアキラがやたらと気にしているのは、手首に残る鎖の痕。
「ちょっと待ってくれ、別の世界から来たというのは――――」
「どーでもいいのよ、そんなことは……今一番重要なのは私にしかレオーナを止めることはできないってこと」
アキラの突き放すような一言にオズワルドは「確かに、そうだが……」と一歩退く。
「待ってくれたまえ、ネフティスを召喚するのはレオーナなのかい?」
「私も最初は耳を疑ったけどね、ベルディヤヒの敵を取ろうとしているのは娘のレオーナよ」
「うむ、分かった……どうやら私は大きな勘違いをしていたらしが、そうなると敵はレオーナその人ということになる。
コヨーテの魔眼の力は君の言う“未来を見通す力”なんだろうが、肝心なのはレオーナの魔眼の力になるね……当然彼女の目にもスキルはあるんだろう?」
するとアキラは重たく頷き、再び口を開いた。
「あいつは“男を魅了する魔眼”、聖堂に常勤でいる教徒が男しかいないのはいざという時に魅了して服従させる為だし、エイジャース皇子を惚れさせたのも魔眼の力よ」
「馬鹿な、じゃあレオーナはエイジャース皇子すら最初からネフティスを召喚する為の駒としか思っていなかったということか」
エイジャースの名前が出た途端、オズワルドがこれまでにないほどの食いつきっぷりを見せる。
「大体の状況は把握したよ、おそらくレオーナは今頃聖堂内に入った帝国兵も万一に備えて魅了して回っていることだろう、君も例外ではないはずだ」
「祈りの塔でハンターが言っていたのはその魅了する魔眼ことか」
ラーマの言葉に首を頷かせ、オズワルドが神妙な面持ちで頭を抱えた。
彼もまた、アキラがここに来て何を成そうとするのか。そこに何が立ちはだかっているのか。それを大方理解したらしい。
「話をまとめよう、つまるところコヨーテ氏の見る未来はレオーナが召喚したネフティスによって帝国を滅ぼされる未来。
何者があがこうと変えられない未来を、ハンターだけは変えられる。そしておそらく、今頃帝国兵も教徒もレオーナの手駒と成り果てている」
オウドバーム越しに語りかけるラーマにアキラもオズワルドも時を同じくして頷いた。
「君達も薄々感付いているとは思うが、あえて言わせてもらおう。
怪盗ハンター、オズワルド・マッカーゼス、今この場にいてこのエヴァネスヘイム帝国を……いや、この世界を救えるのは君達だけだ。
この国に根付いたビジネスを展開する私としてもそれは困るのでね、是非この私ラーマ・クラウドフィッツから直々にお願いしたい……君達の手で未来を変えてくれ」
分かってはいたが、いざ言われるとオズワルドの口からは言葉も出てこず、アキラの方を見てしまう。
ここでアキラと目が合ってしまった時の恥ずかしさときたら、彼の顔をほんのり赤くさせた。
「ラーマはこう言ってるけど、どうすんの?」
言い淀むオズワルドを見てニヤけるアキラがからかう。
「ハンターは犯罪者だ……僕達の敵だ……」
オズワルドは下唇を噛み、拳を強く握った。
そんな彼を更に嘲るように、アキラはその場に立ち上がって口を開く。
「あっそ、じゃああんたはそこで私が帝国を救うの見てれば?」
自らを閉じ込める鉄格子を思い切り蹴る。一発で開かなくとも、アキラは諦めず何度も蹴った。
「――――分かった」
「ん? なんて? 聞こえないなぁ」
「分かったと言ったんだ! だが勘違いするなよ、一時的に手を組むだけだ」
「それツンデレの常套句だよ」
バーンと大きな音と共に鉄格子の扉が崩れ、地面の土を舞い上がらせながら倒れる。
ようやく外に出てきたアキラと、外で見張っていたはずのオズワルド。二人の視線が激しくぶつかると同時に、目的が交わった。




