失われた未来を頂きにあがります。 Part.1
今日のフォルトゥナの朝は騒がしい。
何処からともなく聞こえてくる大砲の音、戦士達の雄叫び、それから断末魔も聞こえてくる。
ただでさえ、審判の壁の向こうでは喧騒に包まれていて落ち着かないというのに、聖堂の中の教徒達は婚約の儀を前にしてざわついていた。
「こうして会うのは何年ぶりですかね」
「同じ教会にいたのはもう六年前です」
何も異例の婚約の話題で持ち切りというわけではない。
各地から集まった司祭達が顔を合わせて懐かしむ、いわば同窓会のような役割も婚約の儀は果たしているらしい。
「あの小さかったレオーナ様が婚約とは」
「まあ、レオーナ司教はもう三十になられてるのよ? そういう頃合いじゃないかしら」
先日までは女性のいなかった聖堂に、地方から出てきた女性司祭の姿もちらほら見受けられた。
各々に好き勝手喋りながらベンチに座り正面を見ると彼らの崇めるラグ・マリアの像。教団の本拠地であるフォルトゥナ大聖堂の像はどの教会よりも大きく、地方から出てきた司祭は誰しも一度は圧倒されるという。
しかし、彼らの視界の隅に映り込む前列を陣取った帝国兵達の仰々しい姿は一様に不快感を与えた。
何も彼らが皆皇帝政権反対派というわけではない。だがやはり、婚約の儀というめでたい席に鎧を纏った厳つい者達がいると祝福ムードを壊されてしまうのも事実。
今回は帝国の皇子と教団の次期総司教が契りを結ぶ席、彼ら帝国兵を見て「不快だ」「恐い」などと言っていられず、司祭達はそれを受け入れた。
前列から帝国兵、大聖堂に努める教徒、地方からやってきた司祭達教団関係者と全員が座り終えた頃、婚儀を祝う鐘が聖堂のみならずフォルトゥナ中に響き渡る。
それと同時に、礼拝堂の正面入り口が音を立てて開き、正装に身を包んだ青年が帝国兵を連れて足を踏み入れた。
エヴァネスヘイム帝国第八皇位継承候補エイジャース・シン・エヴァネスヘイム。婚約の儀の主役だ。
「あれがエイジャース皇子か」
「いやはや、時代は変わってラグ・マリアの聖典に記された新世界が現実のものとなるか」
凛々しい彼の姿に思い思いの言葉を口にする参列者達。
彼らの視線の先で、エイジャースは一歩ずつ赤い絨毯を踏みしめながら祭壇で待つ総司教コヨーテの下へ向かう。
元々、芸術的な装飾に彩られていた礼拝堂だが、昨夜からクラウドフィッツ商団が搬入した装飾品によって礼拝堂は一層豪華になり、幾らするのか見当もつかない巨大なシャンデリアの下を通過していくエイジャース。
彼が白い衣装に身を包むコヨーテの下へ辿り着くと同時に、取り囲んでいた兵士達は隅の方へはけていった。
「エイジャース皇子、此度はおめでとう」
手の届きそうな距離まで近付いたエイジャースにコヨーテは小さな声で言う。
「レオーナは私の全てを懸けて幸せにします、どうか私達の門出を祝福してくだされば幸いです」
するとエイジャースは少しだけ頭を下げて小声で応えた。
未だコヨーテの“未来を見通す魔眼”に映し出されているのは破滅の未来。娘の門出を満足に祝福してやれない自分の存在を感じながらも、彼はエイジャースの言葉に深く頷いてみせる。
エイジャースの登場から少し遅れて、再び礼拝堂の正面入り口が開かれた。
次に姿を見せたのは、純白のウェディングドレスに身を包んだラグナ教団司教レオーナ・ミルドバーグ。言うまでもなく、彼女もまた婚儀の主役である。
「なんと綺麗な」
「レオーナ様、大きくなられて……」
彼女の登場にもまた思い思いの言葉を口にする参列者達。
赤いローブを着た彼女の側近ともいえる男性教徒達に囲まれ、赤い絨毯を一歩ずつ歩んでいく。その表情は非常に穏やかで、微笑んでいるようにも見えた。
エイジャースと結ばれる幸せに。
――――否、ようやく最愛の母の復讐を果たせるという達成感に、彼女は満足している。
「レオーナ、綺麗だ」
祭壇の前へ辿り着いたレオーナに小さく声をかけたのはエイジャースだった。
「ありがとうございます、エイジャース」
暫し、二人の熱い視線が交わり合った後、コヨーテがラグ・マリアの聖典を手にする。
その間、レオーナの視線の先にあったのはエイジャースの顔でも、コヨーテの顔でもない。エイジャースが左手で握った白い指輪ケースだった。
指輪ケースの中の“熾天使の指輪”、それから祈りの塔の最上階に戻した“ネフティスの聖杯”。
これらが揃った時、彼女の復讐は実行される。そしてそれは、コヨーテの見ている破滅の未来の始まりでもあった。
思わず笑みが止まらない。しかし誰もその笑みの真意を理解できず、ただこうして愛する者と結ばれる幸福に表情が緩んでいると思い込んでいた。
帝国兵の大半は昨夜のうちにレオーナが自らの魔眼の能力を使用して、彼女の虜となっている。
邪魔をする目障りな泥棒も地下の牢獄に叩き込んだ。
何よりも、コヨーテの“未来を見通す魔眼”が自身の完全勝利を見ている。
レオーナが勝利を確信し、口角を吊り上げていたその時――――。
「こっ、これは!?」
祭壇の前で聖典を開いたコヨーテが驚きの声をあげた。
自分の世界に入り込んでいたレオーナがコヨーテの顔を見れば、彼の顔は見たこともないほど真っ青になっているではないか。
「なんだ、どうした」
そうレオーナが問いかけた次の瞬間、コヨーテの小刻みに震える手から聖典が零れ落ちる。
表紙こそ、彼女がこれまで何十年と見てきたラグ・マリアの聖典だったのだが、床で広げられたページは見慣れない血液で描かれた文章。
いや、レオーナはこの文字と文章を知っている。
昨日の今日のことだ、忘れるはずもない。
『失われた未来を頂きにあがります。
怪盗ハンターより、愛と共に――――。』
聖典のページが怪盗ハンターからの予告状だと理解した瞬間、レオーナに動揺や憤怒などする猶予も与えずして、礼拝堂の正面入り口が音を立てて開いた。
本日三度目の解放となる正面入り口から姿を現したのは――――純白のウェディングドレスを着た見知らぬ女。




